鬼ごっこは続く。
 逃げる俺と、追いかけるグレンたち。
 他の者たちからも追われ、一度も止まれない。

「速すぎる……」
「はっ! いくら速くてもそのうち体力の限界が来るだろ!」
「一位の人ってしんどそう」

 追手を躱す最中、彼らから色々な声を貰う。
 一時間も休憩なしの全力疾走を続けることが、どれほど負担か言うまでもない。
 想像しただけでもどっと疲れるようだ。

 ちなみに当の本人はというと……

「いいぞこれ! 良い運動になるな」

 意外と楽しんでいるなんて、誰も予想できなかっただろう。
 退屈だと思っていた学外研修。
 いきなりハードモードだが、俺にとっては好都合。
 戦うことが出来ず、百四十九人から逃げ続けるこの状況は、今までに体験したこともない。
 下手したら師匠から追い回されていたときよりキツイかもしれないな。

 残り三十分と少し。
 俺はひたすら走り続け、全員から逃げ切った。
 スタートと同じ爆発音が鳴り響いて、訓練の終わりを知る。
 
「もう終わり? あと一時間くらいやってもいいのに」

 他のみんなが「はぁはぁ」と息を切らしているのに対して、俺は名残惜しさを感じていた。
 ちなみにグレンたちも自分の順位は守り切っている。
 何度もチャンスを逃して悔しがっていたな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 一日目の訓練は鬼ごっこで終わりだった。
 まだ時間的な余裕こそあったものの、初日と言うこともあり短い。
 加えて猛ダッシュで疲れている者も多かった。

「確かに疲れたな~」
「そうは見えないが?」

 俺とグレンは同じ部屋で寛いでいる。
 二人一部屋が用意され、今は夕食まで待機中だ。
 俺はベッドに座り、グレンは目の前の椅子に座っている。

「あれでも呼吸一つ乱さないとはさすがだな」
「いや、さすがに結構きつかったよ。あの人数から逃げるのは大変だな」
「そう言いながら、途中笑っていただろ?」
「見てたのか」
「ああ。あの状況で笑えるなんて、正気の沙汰じゃないと思ったぞ」

 中々の言われようだが、実際その通りなのだろう。
 疲れはあるけど、楽しさのほうが勝っていた。
 師匠の訓練しているときの感覚に近い。
 要するに、満足したということだ。

「なぁリンテンス、今度また僕と手合わせしてくれないか?」
「ん、別にいいけど」
「ありがとう。やはり君と戦う方が訓練になる。出来るなら定期的にやりたいほどだよ」
「いいなそれ。じゃあ三日おきとか?」
「いいのか?」
「ああ。俺も師匠がいなくて退屈してたところだから」

 グレンは良い訓練相手になる。
 この間、親善試合の間に相手をしてもらって、そう感じていた。
 師匠はいつ戻るかわからないし、俺にとっても好都合だ。

「ならこの研修が終わったら」
「ああ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 男女で宿泊施設は分かれている。
 リンテンスとグレンが同部屋であるように、シトネとセリカも同じ部屋だった。
 男二人が修行トークで盛り上がる中、女性二人はというと……

「……思ったより広いね」
「そうですね」

 何とも言えない雰囲気を漂わせていた。

(うぅ~ どうしよう、気まずい)

 シトネは困っていた。
 部屋割りは基本的に希望に沿う。
 知り合い同士のほうがいいからと、同じ部屋になるよう提案したのはシトネだった。
 しかし、後になってから気付いたようだが、シトネはセリカとそこまで話したことがない。
 大抵はリンテンスが傍にいて、向こうにもグレンがいる。
 その中でちょっと話した程度である。

(な、何か話題提供しなきゃ)

「ね、ねぇセリカちゃん」
「何でしょう?」
「セリカちゃんってグレン君のメイドさんだよね?」
「はい」
「すっごく仲が良いけど、いつから一緒にいるの?」
「そうですね……」

 シトネの質問を聞いたセリカは、少し間をあけてから答える。

「私がグレン様のメイドになったのは、物心ついてすぐのことでした」
「そんなに早くから?」
「はい。私の家系は代々、ボルフステン家に仕えてきましたので」
「そっか~ だから二人とも仲が良いんだね」

 シトネはちょっぴり羨ましかった。
 自分ももっと前から、リンテンスと知り合っていれば、もっと仲良くなれたのかと。
 そんなことを考えていたシトネに、セリカが教える。

「そう見えるのはきっと、グレン様のお陰です」
「え、どうして?」
「私はあくまで使用人。父や母からも、節度をもって接するよう教え込まれました。ですがグレン様は、使用人の私にも優しく接してくださいました」

 主と使用人の関係は、決して仲睦まじいものではない。
 従える者と、従う者。
 完全な上下関係が成立している時点で、友人や知人とは明らかに異なる。
 グレンとセリカの場合が特別なだけだと、シトネは知らなかった。

「私にだけではありません。グレン様は誰に対しても平等に接してくださいます。中にはそれを快く思わない方もみえますが、多くの方がグレン様を支持してくださいます」
「そうなんだ。何だかリンテンス君と似てるね」
「はい。私もそう感じております。おそらくグレン様もだと思います」
「うん。二人ともすっかり仲よしだもん」

 グレンのことになると言葉数が増えるセリカ。
 気まずい雰囲気は解消され、それぞれの出会いを話し出すと、止まらなくなっていた。
 こうして二人は少しだけ、仲良くなれたと実感する。