水面を駆け抜け、反対岸へ回る。
 再び森へ入り、すぐそこは崖になっていた。

「うおっと!」
 
 ギリギリで気付いていなかったら、そのまま落下するところだった。
 底は深すぎて見えない。
 このまま落下していたら、さすがの俺でも骨を折っていただろう。
 蒼雷を使って良いのなら話は別だけど。

「さて、ここを降りるんだったな」

 渓谷の反対側へ渡る際、一度降りてから昇れという指示があった。
 湖とは違って、反対側は目視できる距離だ。
 思いっきりジャンプすれば俺なら届きそうだけど、ルール違反になるから出来ない。
 仕方ないので、壁ギリギリを下ることにした。
 両脚を集中的に強化して、壁をガリガリ削りながら落ちていく。
 速度さえある程度殺してしまえば、落下の衝撃は防げる。
 これが出来ないなら、正直に壁を掴んで降りていくしかないだろう。

「強化魔術だけって言われると、選択肢が狭まるな~ まっ、俺は元々選択できるほど手数はないけどさ」

 誰もいないから暇になりつつあって、独り言を口にする。
 そのまま落下して、渓谷の底にたどり着いた。
 何だか異様な雰囲気だ。
 暗くてよく見えないが、ごつごつとした岩が並んでいて、風が吹き抜けている。
 それもちょっと臭い。
 嗅いだことのある匂いではあったけど、すぐ何かはわからなかった。
 ただ――

「これ……」

 あるものを見つけて、期待が過る。
 いや、この場合は不安と言ったほうが適切なのだろう。
 やれやれ。
 この研修中に、一波乱がありそうな予感だ。

 その後は普通に崖を垂直に登って、渓谷の反対側へ到達。
 岩山を登ったら、後は降りて走るだけ。
 一周を終えて、先生のいるスタート地点へ戻ってくる。
 
「速いなリンテンス! もう戻ってきたのか?」
「ええ。ちなみに何分でしたか?」
「二十九分だ。凄いぞ! 歴代二位の記録だな」
「二位?」
 
 あれ?
 てっきり一位とか思っていたんだが……
 いや、もしかして――

「ちなみに一位は、アルフォース様だ」
「……やっぱり」

 ここでも師匠に負けたのか。
 中々勝たせてくれない人だな、まったく。

 俺から十五分遅れて、二番手にグレンが到着する。
 続けてシトネが二分遅れでゴール。
 二人とも息を切らしてヘトヘトのご様子。

「リンテンス君、速すぎだよぉ」
「そうか? でも残念ながら師匠はもっと速いらしいぞ」
「えぇ……」

 疲れと呆れが同時に出たような顔をするシトネ。
 その横で息を切らしながら悔しそうにグレンが言う。

「まだまだ修行が足りなかったか……だが次こそ勝ってみせるよ」
「はははっ、負けず嫌いだな」
「君と同じさ」
「確かに。お互い負けてられないよな」

 もしも次やるなら、師匠の記録を超えて見せる。
 そう思った俺だったが、結局これに挑んだのは一回きりだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 スタートから二時間後。

「よーし、時間内にゴールできた者はそのまま次の訓練に移るぞ! 皆、ゴールした時にベルトは貰っているな?」

 ゴールした際、黒いベルトを配られている。
 先生から腰に巻くよう指示され、言われた通りにする。
 すると、ベルトの背中側から半透明なヒラヒラの布が出現し、胸の所には数字が現れた。

「一?」
「私は三だよ」
「ボクは二だな」
「私は七です。おそらく先ほどの順位ではないでしょうか?」

 セリカがそう言って、納得する。
 胸に表示されているのは、準備運動のレースでついた順位と一緒だ。
 続けて先生が説明を始める。

「今から行う訓練は先ほどと同じ個人戦だ! 背から出ている尾、それを奪い合ってもらう」

 先生が説明したルール。
 尾を奪うと、相手の順位と入れ替わる。
 胸の数字を目印に、自分より高い順位の尾を奪って最終的に上位を目指せ。
 さっきと同じで、強化魔術以外は使用禁止。
 簡単に言うとそんな感じだった。
 
「順位に応じてポイントも付与する! 皆、頑張ってくれ」

 ポイントって?
 とはさすがにならなかった。
 魔術学校での成績は、定期試験の結果と、こういう訓練や競技などで配られるポイントで決まる。
 このポイントが少なかったり、定期試験で悪い結果を出すと、特待クラスから落とされることもあるから注意しよう。

「要するに鬼ごっこだね!」
「いや、だとしたら理不尽すぎるだろ」
 
 一位の俺は全員から狙われる。
 自分以外の百人以上が鬼って……どんな鬼ごっこだ。

「鬼ごっことは何だ?」
「あれ? グレン君やったことないの?」
「王都じゃあんまりやらないからな」
「そうなんだ。じゃあ何でリンテンス君は知ってるの?」
「師匠に教えてもらった」
「あぁ~ なるほど」

 鬼ごっこだ~
 とか言って、一日中追い掛け回された過去がある。
 修行の一環とはいえ、本気で怖かったよ。

「制限時間は一時間! スタート地点はこちらで指定する。各々最善を尽くす様に」
「一時間か」
「リンテンス、今度は君を捕まえるよ」
「いいや、今回も逃げ切ってみせる」