俺たちが到着してから三十分後。 
 全クラスが揃い、グレモーラの前に集合した。
 特待クラスの先生が今回の研修を取り仕切っているらしく、全員の前で説明を始める。

「ここでの注意事項はすでに把握していると思う。よって今から訓練を開始する」

 さっそくか。
 自然を活かした訓練と聞いているが、一体何からするのだろう。
 隣でシトネがワクワクして尻尾を振っている。

「まず最初に身体を慣らす! 全員で今から伝えるルートを通り、この領地を一周してきてもらうぞ!」
「領地を一周って、どのくらいあるんだ?」
「さすがに僕でもわからないな。ただ単純な広さだけなら、王都と同じくらいだったはずだ」

 王都を一周ぐるりと歩いた場合、大体三時間くらいかかる距離だ。
 それと同じで、尚且つこの大自然となれば、もっと時間がかかるだろう。
 身体慣らしという意味では、確かに悪くない。

「コースは特に険しいルートを選択しておいた。強化魔術の使用は許可するが、それ以外は禁止とする。もし破れば最初からやり直しになるから注意してくれ。それと各クラスごとに目標タイムを設けてある! 特待クラスは一時間以内、そのほかのクラスは二時間以内だ!」

 達成できなかった生徒は、グレモーラの掃除を早朝からしてもらうというペナルティーも付け加えて説明された。
 朝から起きて広い建物を掃除……みんな嫌そうな顔をているな。
 俺は屋敷の掃除を一人でやっているし、綺麗にするのは嫌いじゃないけど。

「一時間か」
「私たちだけ倍の速さでゴールしろってことだね」
「それくらい余裕で出来るだろうってことじゃないか?」
「だろうな」
「なぁグレン、せっかくだし競争しないか?」
「もちろんいいとも! 君との勝負は望むところだ」

 炎魔術を使っていないのに燃えたように熱くなるグレン。
 勝負事が好きなのか、ただの負けず嫌いなのか。
 どっちにしろ、グレンがいてくれると張り合いがあって良い。
 
 先生からコースを教えられる。
 まず、森の中心部にある湖まで直進し、湖の中央を渡る。
 そのまま真っすぐ行くと、かつてドラゴンの巣があったという渓谷に入る。
 渓谷を下って、反対側へ渡ったら、今度は岩山を駆け登っていく。
 後は山を下りて森を大回りすればゴール。
 徒歩で移動すれば、半日はかかる距離らしい。

「は、半日? それって一時間はギリギリなんじゃないかな?」
「大丈夫だろ。妨害があるわけでもないらしいし」
「リンテンス君は良いと思うけどさぁ~」
「シトネも大丈夫だよ」
「本当?」
「ああ。俺が保証する」

 シトネは元々身体能力が高い。
 先祖返りだからというのもあるが、鍛錬を積んできた成果のほうが大きいだろう。
 強化魔術も洗練されているし、このくらいの課題なら余裕だと思う。
 俺がそう言うと、シトネは「そっか~」と言いながらニコッと微笑む。

「リンテンス君が言うなら間違いないね!」
「ああ。もっと自信もって良いと思うぞ」
「うん! じゃあリンテンス君を追い越せるように頑張るよ!」
「おぉ、シトネさんもやる気だね? 一緒に彼に一泡吹かせてやろうじゃないか」
「そうだね! 頑張るぞ~」
「僕も負けないさ」

 なぜか勝手に二人で盛り上がり出した。
 仲良さげに話す様子を見ていると、何だかモヤっとする。
 このモヤモヤの意味はわからないけど、とりあえず本気で引き離そうと決めた。

 準備を進め、スタート地点につく。
 俺は脚に意識を集中して、駆け抜けるルートを目で確認する。
 緑の葉っぱで光が遮られ、昼間だというのに森は薄暗い。
 整備された道とは違うから、迷ったり変な盛り上がりに躓くこともあるだろう。
 足底の感覚と、視覚情報を瞬時に処理して、正しい体の使い方が出来ないと駄目だ。
 こういう環境での訓練に慣れていないと、思わぬ失敗をするかもしれないな。

「全員準備は出来たな? では――はじめ!」
 
 まぁ、俺は普段からやっていることだから問題ないが。

「なっ――」
「速っ!」

 グレンとシトネが二人して驚く。
 いや、彼らだけではなくて、周囲にいた全員……先生も驚いていた。
 俺はただ、力いっぱい地面を蹴って走り抜けただけだ。
 ちょっと目で追えないスピード達しただけなのに、後ろを向けば誰もいない。

「あれ? 速すぎたかな」

 とか言いながら、さっきのモヤモヤの解消にはなってスッキリ。
 一人の独走状態の俺は、森の中を最短ルートで駆け抜ける。
 枝やツルを上手くつかい、一番近くて速い道順を、次へ次へと探っていく。
 早々に森を抜け、湖へと到着した。
 思っていたより大きな湖で、向こう岸まで千メートルくらいある。
 泳いだらさぞ大変だろう。
 そう言う場合は、水面を走れば問題ない。

「冷たっ!」
 
 水面を駆けるコツは、次の脚をとにかく出すこと。
 出し続ければ沈まない。
 単純な理由だ。
 強化魔術で魔力の流れを加速させれば、身体能力も極限まで高められる。
 そういえば、昔よく師匠と競争させられたな。
 大人げなく本気でやるから、俺は一度も勝てなかったけど。

「懐かしいな」

 とつぶやきながら、俺は当然のように水面を駆け抜ける。