【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 熱い握手を交わした俺とグレン。
 そこへシトネが駆け寄ってきて、心配そうに言う。

「リンテンス君! 大丈夫? 怪我とかしてない?」
「大丈夫だ。それより、グレンの傷を治してもらえるか?」
「え、あ、うん!」
「助かるよ。僕とセリカは治癒術が使えなくてね」

 シトネが治癒術式を発動させ、グレンの傷を癒す。
 その間に、セリカも俺たちのところまで近寄ってきていた。

「これで治りましたよ」
「ありがとう、シトネさん」

 グレンがお礼を口にすると、シトネは照れて笑う。
 目をそらして照れ隠しをしても、素直な尻尾で丸わかりだ。
 
「お疲れさまでした。グレン様」
「すまないセリカ、負けてしまった。不甲斐ないところを見せてしまったね」
「いいえ、グレン様はいつでも凛々しく勇ましいです」
「負けた僕にそう言ってくれるのは君くらいだよ。次は勝つ」
「はい。信じております」

 グレンとセリカは互いに顔を見合いながら微笑む。
 この二人の関係は、単なる主従だけに収まらないような気がする。

「さて、いつまでもここを占領していては他の生徒たちの迷惑だな」
「そうだな。俺たちも早く帰らないと、お腹を空かせた師匠に文句を言われそうだ」

 持っている時計を確認すると、帰ると言った時間はとうに過ぎている。
 師匠のことだから、千里眼で見て気付いているかもしれないけど、後から駄々をこねられると面倒だ。
 とか考えていると、グレンがぼそりと口にする。

「師匠……君の師匠はどんな人なんだい?」
「ん?」
「いや、少し気になってね。君をここまで鍛え上げた人だろ?」
「ああ、そういうことか。なら今から会ってみるか?」
「いいのかい?」
「ああ。時間があればだけど」
「ぜひ頼むよ! この後は丁度予定が空いているからね」
「決まりだな」

 そういう話の流れで、グレンがうちへ来ることになった。
 もちろんセリカも一緒だ。
 道中、誰なのかと聞かれたけど、会えばわかると回答を濁しておいた。
 二人が師匠に会ってどんなリアクションをするのか楽しみだな。

 そして――

 屋敷に到着し、玄関の扉を開ける。

「ただいま戻りました」
「その声は!」

 奥の部屋から師匠の声が聞こえた。
 ドンドンと走る音が近寄ってきて、師匠が颯爽と姿を現す。

「遅いじゃないか~ まったく君は、空腹の師匠を忘れてどこで遊んでいたんだい?」
「あ、貴方は……アルフォース様?」
「ん、おや? 君はボルフステン家の子かな」
「は、はい! グレン・ボルフステンです」
「何だ、二人とも面識はあったのか」

 いや、名門の生まれと聖域者の師匠だ。
 一度くらい会っていても不思議じゃないか。

「あ、ああ、お会いするのは二度目だが……まさか君の師匠というのは」
「そう。目の前にいるこの人だ」
「なっ……」
「おぉ~ いい反応だね~ いかにも! リンテンスは僕の弟子だ」

 グレンは驚いて、口を大きく開けたまま固まっていた。
 ナイスなリアクションに大満足の師匠は、一時的に空腹も忘れている。
 すぐに思い出して、早く昼食を用意してくれと駄々をこね始めたから、俺は急いで準備をして、料理をテーブルに並べる。
 グレンとセリカも同席することになって、五人で一つのテーブルを囲む。

「いやーめでたいね~ まさかリンテンスが、初日から友人を連れてくるなんて。嬉しくて涙が出てくるよ」
「そういうわざとらしい芝居は止めてくださいよ、師匠」
「いやいや、嬉しいのは本当さ。君はてっきり、シトネちゃん以外と仲良くする気はないと思っていたからね」
「えっ」

 シトネがピクリと反応する。

「俺も最初はそのつもりでしたよ」
「へっ?」
「そうかそうか。だそうだよシトネちゃん? 君は特別らしい」
「えっ、あ……はぃ」

 シトネは恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向く。
 無意識にからかうネタを与えてしまったようだ。
 俺も後から恥ずかしくなって、ちょっと気まずい雰囲気になる。
 それを壊す様に、グレンが言う。

「しかし驚いたな。まさかアルフォース様が君の師匠とは……道理で強いわけだ」
「はっはっはっ、自慢の弟子だよ。君も一度戦ってみると良い」
「もう戦いました」
「なっ、そうなのかい?」

 師匠が驚きながら俺に視線で確認を求めてくる。
 俺が頷くと、ガーンと落ち込んだ様子で頭に手をあてて言う。

「しまった……僕としたことが、そんな面白そうな場面を見逃すとは……」

 落ち込む師匠。
 意外だな。
 てっきり師匠なら、常に盗み見していると思ったのに。
 何かほかに見るものでもあったのか?

 と言う感じて初日は過ぎ、俺たちは翌日を迎える。
 ちなみに、俺とシトネが一緒に暮らしている点は、二人とも何も言わないでくれた。
 
 翌日から普通に授業を受ける。
 基本的には座学で、基礎と歴史の続きだ。
 ハッキリ言ってつまらない。
 というのは、俺以外も思っているに違いない。
 歴史はさておき、基礎が重要だと理解していても、すでに熟知している身としては退屈だ。

「魔術の基本は魔力コントロールだ。ここを勘違いする魔術師は大成しないからな」

 と、先生が熱弁している。
 師匠から散々教えられたことだ。
 今さらはき違えることはない。

「ふぁ~」

 失礼だとわかっていても、無意識に欠伸が出てしまう。
 対してシトネたちは熱心だな。
 先生の話を聞きながら、ちゃんとメモをとっている。
 三人ともこれくらいの内容なら、とっくに熟知しているだろうに。

「真面目だな~」
「あれ? リンテンス君はメモとらないの?」
「俺もちゃんと聞いてるよ。知らない内容だったらメモするけど」
「そうなの? 私は一応メモだけしているけど」
「知ってることはいらないんじゃないか?」
「う~ん、そうなのかな~」

 と二人で話していると、それに気づいた先生がこちらを向く。

「そこの二人! 私語は慎みなさい!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「すみません。気を付けます」
「やれやれ」

 シトネはびくりと反応して、慌てて頭を下げていた。
 隣でグレンは、俺たちを呆れた顔で見ている。
 退屈な授業には良い刺激になったかな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 午前中の授業が終わり、昼休憩の時間になる。
 生徒たちはパラパラと歩き出し、教室を出て行った。

「俺たちも食堂にいくか」
「うん!」

 俺とシトネ、グレンとセリカも一緒に一階の食堂へ向かう。
 昼食はここで食べる決まりになっていて、厨房ではせっせと料理を作っている。
 メニューから何か注文する生徒もいれば、自分で作ってくる生徒もいて、こういう場所でも個性が出るな。
 ちなみに俺とシトネは……
 
「ほい、シトネの分」
「ありがとう!」

 俺はお弁当をシトネに手渡した。
 手作りの弁当を開けて、一緒に手を合わせて「いただきます」を言う。
 さぁ食べようと口を開いたとき、目の前から視線を感じる。

「何だよ」
「いや凄いな。弁当まで自分で作っているのか。それもシトネさんの分まで」
「まぁな」

 一人暮らしの影響か、料理は日課になってしまった。
 そんなに嫌いじゃないし、苦にはならない。
 むしろシトネが美味しそうに食べてくれるから、毎日張り切ってしまうことも。

「とーっても美味しいんだよ!」
「ああ。前にいただいた昼食も良かったな。料理も出来るなんて憧れるよ」
「よしてくれ」

 料理を覚えた経緯を考えたら、とても褒められることじゃないからな。
 仕方なくというのが正解だ。

「そうだ! 今度僕たちの分も作ってきてくれないかい?」
「え、嫌だけど」
「うっ……即答とは」

 だって面倒だし。
 という本音は口にせず、黙ってパクパク食事を続ける。
 すると、グレンは悪戯をしかける子供ようのに笑い、俺を見ながら言う。

「そうか、なるほど……シトネさん以外に自分の弁当は作らない、ということだね」
「は? 何言って」
「いや良い、わかっているさ。彼女は特別なんだね」
「っ! ごほっ……」

 シトネがビックリしてむせてしまった。
 グレンがそんな冗談を言うなんて。
 まるで師匠みたいだと思って、俺は呆れ顔をする。

「やれやれ。というか、お前はセリカに作ってもらえば良いだろ」
「ん、あーそうだね。でもセリカも忙しいから、余計な仕事を増やすのは忍びないな」

 俺ならいいのか?
 グレンの奴、中々良い性格しているな。
 ちょっとずつ素が出てきたらしい。

「心配いりません。グレン様がお望みであれば、昼食は私が用意いたします」
「本当かい? じゃあ明日は頼むよ」
「かしこまりました」

 淡々と会話を進める二人。
 もっと慌てたり、恥ずかしがることを期待したのだが……
 からかうつもりで失敗したようだ。

「あーそうだ。来週から実技訓練が始まるそうだけど、チームはどうする?」
「チーム?」
「何だ? もしかして聞いていなかったのかい?」

 朧げに覚えているような……いないような。
 グレンに言われて思い出そうとしているが、ピンとこない。
 そんな俺に呆れたグレンが、ため息交じりに説明する。

「実技訓練は三人以上のチームで受ける決まりだ。来週までに各々でチームを組むよう言われていただろう?」
「そうだったけ? シトネは知ってた?」
「うん」
「あ、そう……」

 普通に聞き漏らしたな。

「魔術師はチームで行動することが多いからね。その一環だろう」
「それは知ってる」

 魔術師団の任務でもそうだった。
 単独で任務にあたるのは、魔術師でもごく一部。
 それこそ師匠のような人だけだ。

「で、どうする?」
「この四人で良いんじゃないか?」
「最大五人だけど、一人は追加しなくていいかな?」
「必要ない。ここにいる四人で十分最強のチームだろ」
「ははっ、確かにね」

 グレンはたぶん、わかっていて尋ねたのだろう。
 俺に直接確認して、口で言わせるために。
 本当に良い性格しているよ。
 教室に入って、先生が来るのを待つ。
 時間になって鐘の音が鳴ると、ガラガラと扉を開けて先生がやってくる。
 連絡事項をさらっと流し、一枚の紙をヒラヒラを示しながら言う。

「えぇ~ 昨日も伝えたが、明後日から学外研修だ。三日間あるから、各々準備しておくように」
「学外……研修?」
「リンテンス?」

 隣のグレンがちょっぴり怖い顔をしている。
 声に出さなくとも、聞いてなかったのかという言葉が聞こえるようだ。
 師匠との会話なら、しょうもないダジャレまで覚えているのに。
 とりあえず俺は素直に謝って、説明を求める。

「お願いします」
「はぁ……君はどこまで他人に興味がないんだい?」
「いや、そういうわけじゃにんだけど」

 じっと睨まれたので、そっと目を逸らす。
 その後、グレンはため息をこぼしつつ、簡単に説明してくれた。
 どうやら明後日、新入生全員で学校が管理する別の領地へ行き、三日間実技訓練を受けるらしい。
 目的の大部分は、生徒同士の交流を深め、互いの実力や能力を共有し、今後の授業や試験に活かすためだとか。
 ちなみに毎年恒例というわけでもなく、年度によってない時もあるそうだ。

「何で恒例じゃないんだ?」
「開催地となっている場所の気候だな。この時期は特に荒れやすくて、訓練どころじゃなくなるらしい。しかも一度崩れると長く続くらしいからな」

 なるほど。
 入学してすぐに学外研修なんて不自然だと思った。
 今年は気候の関係もあって、早めに開催することになったらしい。

「今なら大丈夫そうって話か」
「ああ。それと実技訓練はチームで行われるからな」

 チームか。
 そういえば、グレンたちと一緒のチームを組んだんだっけ?
 何とかそこは覚えているようで、自分の記憶力にホッとしている。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 学外研修について知ってから、日にちはあっという間に過ぎて。
 研修を明日に控えた今日の夜は、夕食を食べながらシトネと話していた。

「楽しみだな~ 明日からの研修!」
「そんなにか?」
「うん! リンテンス君は楽しみじゃないの?」
「う~ん、正直よくわからないな」

 学外研修の内容は、森や山、川などの大自然を用いた訓練をするらしい。
 詳しくどんなことをするのかは、向こうについてから教えてもらえるそうだ。
 ちなみに、場所は王都から東にある魔術学校の特別施設。
 本来は実戦訓練などで用いられるフィールドでもある。

「何をするか知らないけど、結局普段の訓練よりずっと楽だろうからさ」
「それは……そうだね。うん、間違いないと思う」
「だろ? 別にキツければ良いってわけじゃないけどさ」

 学校での授業もそうだが、師匠から教わった内容を反復しているだけだ。
 最近はこれなら一人で特訓していたほうが効率がいいのではないか?
 と思い始めていたり。
 決して授業を受けるのが面倒だからとか、そういう不真面目な理由ではない。

「でもでも! グレン君たちも一緒にお泊りだよ?」
「そうだな」
「……それだけ?」
「どんな反応を期待してたんだよ」
「だってお友達と一日中一緒なんて普通ないよ? もっと楽しみにしてもいいのにな~」
「いや、それなら始終シトネといるだろ?」
「あ、そういえばそっか」

 うっかりしてました、みたいな顔をするシトネ。
 彼女の笑顔を見ながら、ふと思ったことを口にする。

「シトネといる落ち着くからな。一日一緒にいるなら、俺はシトネ一人のほうが嬉しい」
「えっ……」

 あれ?
 
 口走った後で気付く。
 また俺の口は、感情をそのままに出してしまったな。
 チラッとシトネの顔を見ると、恥ずかしそうに頬を赤らめて、目を逸らしたり合わせたりしていた。
 尻尾は上機嫌にフリフリと左右に動いている。
 そんな彼女を見ていたら、こっちまで同じくらい恥ずかしくなって、しばらく無言のまま夕食を食べていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 いつものように登校、するのではなく、見た目の三倍の容量が入るバッグの魔道具を持ち学校へ行く。
 校舎に到着する途中でグレンたちと合流。
 そのまま校舎へ向かうと、すでに新入生たちが校門前にずらっと列を作っていた。

「移動って徒歩なんだよな?」
「ああ。専用の地下トンネルがあって、まっすぐ進めば二時間くらいで着くぞ」
「に、二時間も歩くんだね」

 うぇーっと嫌そうな顔をするシトネ。
 研修には新入生全員が参加するから、この人数で移動となると大変そうだな。
 俺たちがじゃなく、引率の先生たちが。

「各クラスで点呼をとってください! 全員が集まったクラスから出発します!」

 どこからか先生の大きな指示が聞こえてきた。
 指示通り、それぞれのクラスで集まる。
 さすが特待クラスの俺たちは、一番最初に全員が集まって、そのまま校舎裏にある専用トンネルへ向かった。
 校舎の裏にある倉庫の中に、人工的に掘られた穴がある。
 壁や天井は補強されており、左右には明かりもあって視界は良好。

「本当にまっすぐなんだね」
「果てしないな……」

 当たり前だけど先が見えない。
 二時間ただ歩くというのも、それはそれでキツそうだな。
 と思いながら別にやることもなく、他愛もない会話を楽しんでいたら、案外退屈せずに移動時間を過ごせた。
 そして、トンネルを抜けた先には、校舎によく似た建物が森のど真ん中に建っていた。

「ここが特別実習施設グレモーラだ」

 森に囲まれたその施設は、元々軍事施設として建てられたそうだ。
 三十年前まで、この辺りは多数のモンスターが出没する危険地帯だった。
 特に恐ろしかったのは、ドラゴンやワイバーンなど空を飛ぶモンスターが生息していたこと。
 一時期に大量発生して、王都まできた個体も少なくなかったとか。
 その事態に対処するため、このグレモーラは建造された。

「対モンスターの施設だから、校舎より頑丈に作られている。まぁと言っても、今ではモンスターなど出現しないから安心してくれ」
「何だ、モンスターいないのか」
「一人だけガッカリしている人がいるな」
「そのようですね」
「あはははは……」

 シトネの苦笑いが聞こえる。
 モンスターでも出現するなら、良い訓練相手になるかと思ったんだけど。

「いっそドラゴンでも出てくれると嬉しいのにな」
「ぶ、物騒なこと言わないでよリンテンス君」
「そうなったら君が戦ってくれるのか?」
「ああ。久しぶりだけど、中々手強いんだぞ」

 ちょっと思い出すなぁ。
 師匠がいなかった間にこなした冒険者としての依頼の数々。
 一番しんどかったのは、ドラゴンの巣穴から卵を持ち出す依頼だったな。
 研究サンプルにしたいからって内容だったけど、十匹以上に追い回されて肝を冷やしたよ。

「その話あとで聞かせてもらえるか?」
「え?」
「私も聞きたいな~」
「別にいいけどさ」

 それなら道中にすればよかったと思ったけど、二人とも興味津々な様子だったから言わないでおく。
 俺たちが到着してから三十分後。 
 全クラスが揃い、グレモーラの前に集合した。
 特待クラスの先生が今回の研修を取り仕切っているらしく、全員の前で説明を始める。

「ここでの注意事項はすでに把握していると思う。よって今から訓練を開始する」

 さっそくか。
 自然を活かした訓練と聞いているが、一体何からするのだろう。
 隣でシトネがワクワクして尻尾を振っている。

「まず最初に身体を慣らす! 全員で今から伝えるルートを通り、この領地を一周してきてもらうぞ!」
「領地を一周って、どのくらいあるんだ?」
「さすがに僕でもわからないな。ただ単純な広さだけなら、王都と同じくらいだったはずだ」

 王都を一周ぐるりと歩いた場合、大体三時間くらいかかる距離だ。
 それと同じで、尚且つこの大自然となれば、もっと時間がかかるだろう。
 身体慣らしという意味では、確かに悪くない。

「コースは特に険しいルートを選択しておいた。強化魔術の使用は許可するが、それ以外は禁止とする。もし破れば最初からやり直しになるから注意してくれ。それと各クラスごとに目標タイムを設けてある! 特待クラスは一時間以内、そのほかのクラスは二時間以内だ!」

 達成できなかった生徒は、グレモーラの掃除を早朝からしてもらうというペナルティーも付け加えて説明された。
 朝から起きて広い建物を掃除……みんな嫌そうな顔をているな。
 俺は屋敷の掃除を一人でやっているし、綺麗にするのは嫌いじゃないけど。

「一時間か」
「私たちだけ倍の速さでゴールしろってことだね」
「それくらい余裕で出来るだろうってことじゃないか?」
「だろうな」
「なぁグレン、せっかくだし競争しないか?」
「もちろんいいとも! 君との勝負は望むところだ」

 炎魔術を使っていないのに燃えたように熱くなるグレン。
 勝負事が好きなのか、ただの負けず嫌いなのか。
 どっちにしろ、グレンがいてくれると張り合いがあって良い。
 
 先生からコースを教えられる。
 まず、森の中心部にある湖まで直進し、湖の中央を渡る。
 そのまま真っすぐ行くと、かつてドラゴンの巣があったという渓谷に入る。
 渓谷を下って、反対側へ渡ったら、今度は岩山を駆け登っていく。
 後は山を下りて森を大回りすればゴール。
 徒歩で移動すれば、半日はかかる距離らしい。

「は、半日? それって一時間はギリギリなんじゃないかな?」
「大丈夫だろ。妨害があるわけでもないらしいし」
「リンテンス君は良いと思うけどさぁ~」
「シトネも大丈夫だよ」
「本当?」
「ああ。俺が保証する」

 シトネは元々身体能力が高い。
 先祖返りだからというのもあるが、鍛錬を積んできた成果のほうが大きいだろう。
 強化魔術も洗練されているし、このくらいの課題なら余裕だと思う。
 俺がそう言うと、シトネは「そっか~」と言いながらニコッと微笑む。

「リンテンス君が言うなら間違いないね!」
「ああ。もっと自信もって良いと思うぞ」
「うん! じゃあリンテンス君を追い越せるように頑張るよ!」
「おぉ、シトネさんもやる気だね? 一緒に彼に一泡吹かせてやろうじゃないか」
「そうだね! 頑張るぞ~」
「僕も負けないさ」

 なぜか勝手に二人で盛り上がり出した。
 仲良さげに話す様子を見ていると、何だかモヤっとする。
 このモヤモヤの意味はわからないけど、とりあえず本気で引き離そうと決めた。

 準備を進め、スタート地点につく。
 俺は脚に意識を集中して、駆け抜けるルートを目で確認する。
 緑の葉っぱで光が遮られ、昼間だというのに森は薄暗い。
 整備された道とは違うから、迷ったり変な盛り上がりに躓くこともあるだろう。
 足底の感覚と、視覚情報を瞬時に処理して、正しい体の使い方が出来ないと駄目だ。
 こういう環境での訓練に慣れていないと、思わぬ失敗をするかもしれないな。

「全員準備は出来たな? では――はじめ!」
 
 まぁ、俺は普段からやっていることだから問題ないが。

「なっ――」
「速っ!」

 グレンとシトネが二人して驚く。
 いや、彼らだけではなくて、周囲にいた全員……先生も驚いていた。
 俺はただ、力いっぱい地面を蹴って走り抜けただけだ。
 ちょっと目で追えないスピード達しただけなのに、後ろを向けば誰もいない。

「あれ? 速すぎたかな」

 とか言いながら、さっきのモヤモヤの解消にはなってスッキリ。
 一人の独走状態の俺は、森の中を最短ルートで駆け抜ける。
 枝やツルを上手くつかい、一番近くて速い道順を、次へ次へと探っていく。
 早々に森を抜け、湖へと到着した。
 思っていたより大きな湖で、向こう岸まで千メートルくらいある。
 泳いだらさぞ大変だろう。
 そう言う場合は、水面を走れば問題ない。

「冷たっ!」
 
 水面を駆けるコツは、次の脚をとにかく出すこと。
 出し続ければ沈まない。
 単純な理由だ。
 強化魔術で魔力の流れを加速させれば、身体能力も極限まで高められる。
 そういえば、昔よく師匠と競争させられたな。
 大人げなく本気でやるから、俺は一度も勝てなかったけど。

「懐かしいな」

 とつぶやきながら、俺は当然のように水面を駆け抜ける。
 水面を駆け抜け、反対岸へ回る。
 再び森へ入り、すぐそこは崖になっていた。

「うおっと!」
 
 ギリギリで気付いていなかったら、そのまま落下するところだった。
 底は深すぎて見えない。
 このまま落下していたら、さすがの俺でも骨を折っていただろう。
 蒼雷を使って良いのなら話は別だけど。

「さて、ここを降りるんだったな」

 渓谷の反対側へ渡る際、一度降りてから昇れという指示があった。
 湖とは違って、反対側は目視できる距離だ。
 思いっきりジャンプすれば俺なら届きそうだけど、ルール違反になるから出来ない。
 仕方ないので、壁ギリギリを下ることにした。
 両脚を集中的に強化して、壁をガリガリ削りながら落ちていく。
 速度さえある程度殺してしまえば、落下の衝撃は防げる。
 これが出来ないなら、正直に壁を掴んで降りていくしかないだろう。

「強化魔術だけって言われると、選択肢が狭まるな~ まっ、俺は元々選択できるほど手数はないけどさ」

 誰もいないから暇になりつつあって、独り言を口にする。
 そのまま落下して、渓谷の底にたどり着いた。
 何だか異様な雰囲気だ。
 暗くてよく見えないが、ごつごつとした岩が並んでいて、風が吹き抜けている。
 それもちょっと臭い。
 嗅いだことのある匂いではあったけど、すぐ何かはわからなかった。
 ただ――

「これ……」

 あるものを見つけて、期待が過る。
 いや、この場合は不安と言ったほうが適切なのだろう。
 やれやれ。
 この研修中に、一波乱がありそうな予感だ。

 その後は普通に崖を垂直に登って、渓谷の反対側へ到達。
 岩山を登ったら、後は降りて走るだけ。
 一周を終えて、先生のいるスタート地点へ戻ってくる。
 
「速いなリンテンス! もう戻ってきたのか?」
「ええ。ちなみに何分でしたか?」
「二十九分だ。凄いぞ! 歴代二位の記録だな」
「二位?」
 
 あれ?
 てっきり一位とか思っていたんだが……
 いや、もしかして――

「ちなみに一位は、アルフォース様だ」
「……やっぱり」

 ここでも師匠に負けたのか。
 中々勝たせてくれない人だな、まったく。

 俺から十五分遅れて、二番手にグレンが到着する。
 続けてシトネが二分遅れでゴール。
 二人とも息を切らしてヘトヘトのご様子。

「リンテンス君、速すぎだよぉ」
「そうか? でも残念ながら師匠はもっと速いらしいぞ」
「えぇ……」

 疲れと呆れが同時に出たような顔をするシトネ。
 その横で息を切らしながら悔しそうにグレンが言う。

「まだまだ修行が足りなかったか……だが次こそ勝ってみせるよ」
「はははっ、負けず嫌いだな」
「君と同じさ」
「確かに。お互い負けてられないよな」

 もしも次やるなら、師匠の記録を超えて見せる。
 そう思った俺だったが、結局これに挑んだのは一回きりだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 スタートから二時間後。

「よーし、時間内にゴールできた者はそのまま次の訓練に移るぞ! 皆、ゴールした時にベルトは貰っているな?」

 ゴールした際、黒いベルトを配られている。
 先生から腰に巻くよう指示され、言われた通りにする。
 すると、ベルトの背中側から半透明なヒラヒラの布が出現し、胸の所には数字が現れた。

「一?」
「私は三だよ」
「ボクは二だな」
「私は七です。おそらく先ほどの順位ではないでしょうか?」

 セリカがそう言って、納得する。
 胸に表示されているのは、準備運動のレースでついた順位と一緒だ。
 続けて先生が説明を始める。

「今から行う訓練は先ほどと同じ個人戦だ! 背から出ている尾、それを奪い合ってもらう」

 先生が説明したルール。
 尾を奪うと、相手の順位と入れ替わる。
 胸の数字を目印に、自分より高い順位の尾を奪って最終的に上位を目指せ。
 さっきと同じで、強化魔術以外は使用禁止。
 簡単に言うとそんな感じだった。
 
「順位に応じてポイントも付与する! 皆、頑張ってくれ」

 ポイントって?
 とはさすがにならなかった。
 魔術学校での成績は、定期試験の結果と、こういう訓練や競技などで配られるポイントで決まる。
 このポイントが少なかったり、定期試験で悪い結果を出すと、特待クラスから落とされることもあるから注意しよう。

「要するに鬼ごっこだね!」
「いや、だとしたら理不尽すぎるだろ」
 
 一位の俺は全員から狙われる。
 自分以外の百人以上が鬼って……どんな鬼ごっこだ。

「鬼ごっことは何だ?」
「あれ? グレン君やったことないの?」
「王都じゃあんまりやらないからな」
「そうなんだ。じゃあ何でリンテンス君は知ってるの?」
「師匠に教えてもらった」
「あぁ~ なるほど」

 鬼ごっこだ~
 とか言って、一日中追い掛け回された過去がある。
 修行の一環とはいえ、本気で怖かったよ。

「制限時間は一時間! スタート地点はこちらで指定する。各々最善を尽くす様に」
「一時間か」
「リンテンス、今度は君を捕まえるよ」
「いいや、今回も逃げ切ってみせる」
 続いての訓練内容は鬼ごっこ。
 より上位の順位を捕まえて、自分の順位を上げていく。
 ただし、一人だけ全く状況が異なっていた。
 
「では各自指定されたポイントに向ってくれ!」
「すぐに見つけるぞ、リンテンス」
「ああ、待ってる」
「ふっ、その余裕もいつまでもつかな?」

 グレンは俺にそう言って、反対方向へと歩いて行った。
 シトネとセリカも同様に異なる位置へ向かう。
 どこへ向かったのはは、配布された個人にしかわからない。
 ちなみに俺は、このスタート地点だったりする。

「ふぅ、一時間逃げ切れば勝ち……か」

 今回のルール上、参加者は二つに分かれるだろう。
 一つは自分の順位を守りながら、より上位の参加者を追う者。
 そして、順位が最初から低い者は、逃げることは考えず上位陣を探し、追い回すことに徹する。
 対して俺の場合は、この二つには当てはならない。
 なぜなら、俺より上はいないから。
 一位である俺は、一時間残りの約一五〇人から逃げ続けなければならない。

 正直、ちょっとしんどいと予想している。
 強化魔術以外は使えず、相手を必要以上に攻撃することも禁止されているから、俺は逃げるしか出来ない。
 せめて攻撃が許可されていれば、追ってきた人たちを返り討ちに出来るのに……

 とか物騒なことを考えている内に、全員が所定のポイントへたどり着いたようだ。
 合図は先生がもっている大筒の魔道具。
 とても大きな音がなるから、森全域に聞こえるそうだ。

「リンテンス、君も準備はいいか?」
「はい」
「よし、では始める。両耳を塞いでくれ」

 先生の指示に従い、両耳を手で覆う。
 大筒を構え、発射ボタンを押せば――

 ドンッ!

 空気の振動で身体がゆれるほどの爆発音が響き渡った。

 うるさっ!

 心の中でそうツッコンで、俺も森の中へと駆けていく。
 さて、早々に何人かの気配があるな。

「いたぞ!」
「ラッキーだぜ」

 さっそく二人。
 開始から十秒足らずで接敵した。
 スタート地点が近かった者だろう。
 一人は幸運を喜んでいるようだが、果たしてそれはどうかな?

「捕まえられるかな?」
「なっ――」
「速すぎんだろ……」

 一瞬で目の前から消えた俺に、唖然とする二人。
 直接声が聞こえなかったが、嘘だろとか言ってたと思う。
 数人ならこの通り、簡単に引き離せるが……

「エメロードだ!」
「おい待て!」
「はっはは! 次から次へと」

 止まらない。
 どこへ逃げようとも、俺以外の百四十九人が襲ってくる。
 見つかれば追われ、隠れていてもこの人数ならすぐにバレる。
 ならば走り回るしかない。
 休んでいる暇など、今の俺にはないようだ。

「リンテンス!」
「グレンか」

 開始十五分。
 早々に大本命の鬼と出くわしたな。

「今度こそ捕まえるぞ!」
「次も逃げきってやるさ!」

 追うグレン、逃げる俺。
 木々の間をすり抜け、他のクラスメイトたちも避けていく。
 最短ルートかつ人が少ない場所を選びながら進む。
 少しでも判断を誤れば、後ろから迫る鬼に丸のみにされるぞ。

「みーつけた!」

 今度はシトネか。
 グレンに追われる途中で、木の枝を掴んでシトネが現れる。
 
「ほい! あー惜しい」
「危ないなぁ」

 シトネは枝から枝へ飛び移り、上から落ちるようにして俺を捕まえようとした。
 横に跳んで躱したけど、思ったよりスレスレだったな。
 地上を走る他のクラスメイトと違って、シトネは周囲の地形を巧みに使ってくる。
 立体的な攻め方をされると、単純に速い相手より厄介だな。

「やるな! シトネさん」
「えっへへ~ リンテンス君はグレン君には渡さないよ」
「いいや、彼は僕が貰うよ」

 何だか別の意味に聞こえてくるな。
 複数人から詰め寄られているのも、何だか新鮮味を感じる。
 そんなことをシミジミと感じていた俺の背後に、新しい気配が出現。

「油断しましたね」
「セリカ!?」

 背後にいたのはセリカだった。
 恐ろしいことに、接近されるまで気配がまったく感じられなかったんだ。
 すでに彼女の手は、俺の腰から伸びるそれに触れている。

 とられる――

 瞬時の状況判断。
 俺の身体は、その直感に反応して動く。
 両脚で急ブレーキをかけ、そのまま後ろへ一回転。
 セリカの背後へ回る。

「――! これを躱すのですね」
「ギリッギリだよ」

 まったく油断できない。
 グレンとシトネ以上に注意が必要だな。

「しかし、よろしいのですか?」

 ふと、後になってから気付く。
 俺はずっと追われていた。
 そこへセリカの奇襲。
 宙返りで躱した先は、当然グレンとシトネがいる。

「そちらは死地ですよ」

 そうだった。
 改めて、自分以外は全て敵だと思い知る。
 前方にはグレンとシトネ、後ろにはセリカ。
 左右の木々の間からも、他のクラスメイトが迫っている。
 示し合わせたわけではないだろう。
 ただ、俺を捕まえるという彼らの目的は一致していた。
 故に偶然が重なって、共闘したようになっている。

 平面上に逃げ場はない。
 ならばどうするか?
 当然上に逃げるしかない。
 俺は大ジャンプで空中へ回避する。
 しかし、そうなると当然グレンたちも追ってくるだろう。
 最初に反応したのはやはりグレンだった。

「空中では避けられないだろ?」

 後から跳んだグレンは、俺に目掛けて突っ込んでくる。
 確かに、強化魔術しか使えないルール上、空中へ逃げることは自殺行為だろう。
 でもそれは――

「そっちも同じだろ」

 俺は身を捻ってグレンを躱す。
 そのまま脚を掴んで、背を踏み台にする。

「じゃあな」

 思いっきり踏んで、俺は斜め前へ跳び出す。
 攻撃は禁止のルールだけど、相手に触ることは禁止されていない。

「くっ……やられたな」

 現在十五分。
 残り時間……四十五分。
 鬼ごっこは続く。
 逃げる俺と、追いかけるグレンたち。
 他の者たちからも追われ、一度も止まれない。

「速すぎる……」
「はっ! いくら速くてもそのうち体力の限界が来るだろ!」
「一位の人ってしんどそう」

 追手を躱す最中、彼らから色々な声を貰う。
 一時間も休憩なしの全力疾走を続けることが、どれほど負担か言うまでもない。
 想像しただけでもどっと疲れるようだ。

 ちなみに当の本人はというと……

「いいぞこれ! 良い運動になるな」

 意外と楽しんでいるなんて、誰も予想できなかっただろう。
 退屈だと思っていた学外研修。
 いきなりハードモードだが、俺にとっては好都合。
 戦うことが出来ず、百四十九人から逃げ続けるこの状況は、今までに体験したこともない。
 下手したら師匠から追い回されていたときよりキツイかもしれないな。

 残り三十分と少し。
 俺はひたすら走り続け、全員から逃げ切った。
 スタートと同じ爆発音が鳴り響いて、訓練の終わりを知る。
 
「もう終わり? あと一時間くらいやってもいいのに」

 他のみんなが「はぁはぁ」と息を切らしているのに対して、俺は名残惜しさを感じていた。
 ちなみにグレンたちも自分の順位は守り切っている。
 何度もチャンスを逃して悔しがっていたな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 一日目の訓練は鬼ごっこで終わりだった。
 まだ時間的な余裕こそあったものの、初日と言うこともあり短い。
 加えて猛ダッシュで疲れている者も多かった。

「確かに疲れたな~」
「そうは見えないが?」

 俺とグレンは同じ部屋で寛いでいる。
 二人一部屋が用意され、今は夕食まで待機中だ。
 俺はベッドに座り、グレンは目の前の椅子に座っている。

「あれでも呼吸一つ乱さないとはさすがだな」
「いや、さすがに結構きつかったよ。あの人数から逃げるのは大変だな」
「そう言いながら、途中笑っていただろ?」
「見てたのか」
「ああ。あの状況で笑えるなんて、正気の沙汰じゃないと思ったぞ」

 中々の言われようだが、実際その通りなのだろう。
 疲れはあるけど、楽しさのほうが勝っていた。
 師匠の訓練しているときの感覚に近い。
 要するに、満足したということだ。

「なぁリンテンス、今度また僕と手合わせしてくれないか?」
「ん、別にいいけど」
「ありがとう。やはり君と戦う方が訓練になる。出来るなら定期的にやりたいほどだよ」
「いいなそれ。じゃあ三日おきとか?」
「いいのか?」
「ああ。俺も師匠がいなくて退屈してたところだから」

 グレンは良い訓練相手になる。
 この間、親善試合の間に相手をしてもらって、そう感じていた。
 師匠はいつ戻るかわからないし、俺にとっても好都合だ。

「ならこの研修が終わったら」
「ああ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 男女で宿泊施設は分かれている。
 リンテンスとグレンが同部屋であるように、シトネとセリカも同じ部屋だった。
 男二人が修行トークで盛り上がる中、女性二人はというと……

「……思ったより広いね」
「そうですね」

 何とも言えない雰囲気を漂わせていた。

(うぅ~ どうしよう、気まずい)

 シトネは困っていた。
 部屋割りは基本的に希望に沿う。
 知り合い同士のほうがいいからと、同じ部屋になるよう提案したのはシトネだった。
 しかし、後になってから気付いたようだが、シトネはセリカとそこまで話したことがない。
 大抵はリンテンスが傍にいて、向こうにもグレンがいる。
 その中でちょっと話した程度である。

(な、何か話題提供しなきゃ)

「ね、ねぇセリカちゃん」
「何でしょう?」
「セリカちゃんってグレン君のメイドさんだよね?」
「はい」
「すっごく仲が良いけど、いつから一緒にいるの?」
「そうですね……」

 シトネの質問を聞いたセリカは、少し間をあけてから答える。

「私がグレン様のメイドになったのは、物心ついてすぐのことでした」
「そんなに早くから?」
「はい。私の家系は代々、ボルフステン家に仕えてきましたので」
「そっか~ だから二人とも仲が良いんだね」

 シトネはちょっぴり羨ましかった。
 自分ももっと前から、リンテンスと知り合っていれば、もっと仲良くなれたのかと。
 そんなことを考えていたシトネに、セリカが教える。

「そう見えるのはきっと、グレン様のお陰です」
「え、どうして?」
「私はあくまで使用人。父や母からも、節度をもって接するよう教え込まれました。ですがグレン様は、使用人の私にも優しく接してくださいました」

 主と使用人の関係は、決して仲睦まじいものではない。
 従える者と、従う者。
 完全な上下関係が成立している時点で、友人や知人とは明らかに異なる。
 グレンとセリカの場合が特別なだけだと、シトネは知らなかった。

「私にだけではありません。グレン様は誰に対しても平等に接してくださいます。中にはそれを快く思わない方もみえますが、多くの方がグレン様を支持してくださいます」
「そうなんだ。何だかリンテンス君と似てるね」
「はい。私もそう感じております。おそらくグレン様もだと思います」
「うん。二人ともすっかり仲よしだもん」

 グレンのことになると言葉数が増えるセリカ。
 気まずい雰囲気は解消され、それぞれの出会いを話し出すと、止まらなくなっていた。
 こうして二人は少しだけ、仲良くなれたと実感する。
 待機時間を過ごし、夕食で再び全員が集まる。
 広々とした部屋に長テーブルが連なっていて、そこに百五十人が座っている。
 さすがに圧巻の光景だと思った。
 俺たちもそのうちの一テーブルを使い、夕食をとる。

「食事は魔力回復に良いし、たくさん食べないとな」
「うん! いっただきまーす!」

 シトネは何だか上機嫌だ。
 セリカとも親し気に話している様子を見れたし、いい関係を築けているようでほっとする。

「明日からは何するのかな~」
「例年通りであれば、本格的な訓練は次回からのはずですね」
「先生もそんなこと言ってたね。ってことは明日も鬼ごっこ?」
「あれは今日の一回限りだと思いますよ。準備運動としてなら、一番最初に行った森を一周を優先するでしょうし」
「えぇ~ あれは走るばっかりで面白くないよぉ」

 シトネがぐでーっとしながらそう言った。
 確かに、ただ走るだけも詰まらないのは事実だ。
 俺も準備運動と言うなら、鬼ごっこのほうが嬉しい。
 あれを準備運動と捉えるかは、先生たち次第になると思うけど。

 二人の会話を聞きながら、グレンが言う。

「いやしかし、あれも中々に刺激的だったと思うよ。特に湖と渓谷は渡るのに苦労させられたからね」
「そうですね。噂では、リンテンス様は水上を走っていたと聞きますが」
「えぇ! そうなの?」

 シトネの視線がこちらに向く。
 そんなに驚くようなことなのかと、俺は首を傾げた。
 そうして渓谷でのことを思い出す。

「渓谷か」
「どうかしたか?」
「いや、そういえば渓谷に面しろ……妙な痕跡があったんだよ」
「痕跡?」

 グレンが聞き返す。
 この様子だと、気づいたのは俺だけのようだ。

「でかいものが落下した跡と、引きずって動いた跡だったかな」
「そんなものがあったのか」
「全然気づかなかったよ」
「移動に集中していましたからね。リンテンス様と違い、余裕はありませんでしたので」

 そうでなくても暗かったし、よく見ないとわからない。
 加えてそれの存在を知らなければ、痕跡を痕跡としてとらえられなかっただろう。
 二重の意味で仕方がないと言うと、グレンが尋ねてくる。

「それで何の痕跡だったんだ?」
「たぶんドラゴンだと思う」

 三秒。
 シーンと静まり返る。

「「「ドラゴン!?」」」
「うおっ、ビックリしたなぁ」

 突然の大声で身体がのけぞる。
 他のクラスメイトたちも、急なことで驚いている様子。
 やれやれとジェスチャーする俺に、驚いたままのシトネが言う。

「驚いたのはこっちだよ! ドラゴン!?」
「本当なのか? リンテンス」
「ああ、うん。あれと同じ痕跡を、前にドラゴンの巣で見たことがあるからな」

 大きく太い尻尾を引きずったような跡もあった。
 巨体と尻尾の跡を残し、渓谷となればドラゴンの可能性が一番高い。
 話によれば、ここは昔ドラゴンの生息地だったらしいし、いても不思議ではない……か?

「事実だとすれば大問題です」
「ああ。研修が中止されることもあるぞ」

 セリカとグレンが深刻な表情で言う。

「中止はさすがにいきすぎじゃないか?」
「何を言っているんだ。ドラゴンは一級災害指定のモンスターだ。それがいるとわかっているのに、研修を続けるのはリスクが高すぎる」
「一級災害指定……そういえばそうだったな」

 世界中に存在するモンスター。
 その種類は年々増え続け、現在五百を超えているらしい。
 等級別災害指定は、大きさ、強さ、繁殖能力などを基準として、どれだけの脅威があるかを分類するもの。
 一級災害指定は、一匹でもいれば都市が半壊する可能性が高いことを示している。
 ドラゴンは強力な存在だ。
 年が経つにつれ数も減ってきたが、その脅威は薄れていないと聞く。

「いや、でも大丈夫だと思うぞ? いても一匹だし」
「それは君の基準だろう? 判断するのは先生たちだ。あとで報告しに行こう」
「まぁ、そうだな」

 正直、ちょっとガッカリしている自分がいる。
 ドラゴンは久しく戦っていないし、強敵だから訓練相手にもピッタリだ。
 あわよくばと言う期待もあったから、その分もきているな。

 その後、俺とグレンで先生に報告をした。
 結論だけ先に言うと、研修は続行することになった。
 この周辺に関しては、常に数名の監視がいる。
 研修前から観察されているが、ドラゴンらしき影はなかったそうだ。
 痕跡も最近のものではないという判断となった。
 
「中止は免れたか」
「みたいだな」

 グレンも納得している様子。
 確かに監視がいて、見ていないとなれば安全と判断できなくはない。
 ただ、俺は密かに思っていた。
 あの痕跡は、少なくとも戦いがあったという時代に出来たものではなかった。
 もしかすると、何か起ころうとしているのかもしれない……と。
「今日は校舎の案内をする。皆、私の後についてきなさい」

 先生が教壇でそう言う。
 黒板には長々と注意事項と説明が書かれていた。
 学外研修一回目は特に変わったこともなく終わり、翌日から普通の授業が始まる。
 不穏な気配はあったが……二回目に期待といった所か。
 そして今日は、今更かと思えるオリエンテーションの続きで、校舎の紹介がされることになった。
 俺たちは席を立ち、先生の後に続いていった。
 
 一階から順番にみていく。
 特別教室や職員室、食堂なんかはすべて一階だ。
 続く二階は一年生の教室で、さっと流してみていく。
 三階も二年生の教室で、造りや風景はさほど変わらない。
 四階も同様なのだが、俺はちょっと憂鬱だった。
 この階層には、あの人がいる。

「そういえば、君のお兄さんが三年にいるのではなかったかい?」
「……ああ」
「え、リンテンス君ってお兄さんがいたの?」
「おや? シトネさんは知らなかったのか。アクト・エメロード三年首席。この学校で今、最も聖域者に近い人だよ」
「そ、そうだったんだ」

 そう言いながら、シトネは俺に目を向ける。
 俺が浮かない顔をしていることに気付いたのか、シトネが声をかけてくる。

「リンテンス君?」
「ん? ああ、そうだな。兄さんは凄いよ」

 無論、それだけじゃないけど。
 と、思った直後だった。

「久しぶりだな、リンテンス」

 その声は―― 

「兄さん」

 青黒い髪に、サファイアより濃い瞳。
 立ち姿、その風格は強者そのものであり、どことなく似ている。
 雷に打たれる前の自分と、姿が重なる。

 アクト・エメロード。
 俺の兄で、魔術学校三年首の座についている。
 いることは知っていた。
 この階層にくれば、出くわす可能性が高いことも。
 そして、会えば必ず、不穏な雰囲気になることも、容易に想像できた。
 今まさに、ピリピリと肌に刺さる緊張感が立ち込める。
 それを感じ取ったのか、三人を除く生徒たちは、目を背けながら先に進んでいった。

「お久しぶりです。兄さん」
「……ああ、十年ぶりか」
「……はい」

 淡々とした会話だ。
 仲の良い兄弟ではないと、誰もが思うだろう。
 冷たいその視線は、身内に向けられるような目ではない。
 まるで、親の仇を睨むように、兄さんは俺から眼を離さない。
 俺も……目は背けない。
 互いに無言のまま、気持ちの悪い静寂が続く。

「父上から」

 兄さんがぽつりと口を開く。

「入学したとは聞いていた。それも次席で……正直驚いたぞ。お前のような落ちこぼれが、ここへ入学出来ただけでも奇跡に等しいというのに」
「……そうでしょうね。特に、父上にとっては予想外だったでしょう」
「ああ。だが、それまでだ。お前ではこれより先に進めない」
「どういう意味です?」
「お前では聖域者にはなれないと言っているんだ」

 兄さんはそう断言して、俺にもっと冷たい視線を向ける。
 もはや殺意と言っても過言ではないレベルだ。
 常人なら震えあがってしまうかもしれない。
 でも、俺は引くことなく言う。

「それは、やってみないとわかりませんよ?」
「ほう、言うようになったな」

 バチバチと視線が火花を散らすようだ。
 途中、後ろ隣に立つシトネが、僅かに震えていることに気付く。
 俺に向けられたそれを、一番近くにいる彼女が感じ取ってしまっているようだ。

 兄さんは他の生徒たちに視線を向ける。
 小さく短く息をはき、俺の横を通り過ぎながら――

「いずれ思い知るぞ」

 そう言って、兄さんは去っていった。
 後姿が見えなくなるまで、俺はじっと兄さんを見つめ続ける。
 しばらくして、置いて行かれないようクラスメイトの元へ駆け寄った。

「大丈夫だったか? シトネ」
「う、うん……私よりリンテンス君は?」
「俺は平気だ。会えばこうなるってわかってたし」
「そ、そうなんだね」

 シトネは不安そうな表情で、俺をチラチラ見ては目を逸らす。
 兄さんのことが気になるけど、聞いてもいいのかわからない、という感じか。
 そういえば、兄さんのことは全く話していなかったな。
 機会もなかったし、話す理由もなかったからか。
 なら、今がちょうど良い機会なのだろう。

「シトネ」
「な、何?」
「帰ったら話すよ」
「……うん」

 シトネは優しく微笑み頷いた。
 こうして、午前のオリエンテーションは終わり、午後から授業が開始される。
 初めての授業は、魔術の基礎と歴史について。
 知っていることの反復でつまらない内容だった……と思う。
 正直、あまり集中できなかった。
 久しぶりに会った兄さんの顔が、言葉が頭に浮かんで離れないから。
  
 悶々としたまま時間は過ぎ、放課後となる。
 グレンとセリカと別れ、俺とシトネは屋敷に帰った。

「ただいま戻りました」
「おかえり。おや? 今日は随分としょぼくれているね」
「ええ……まぁ」
「うんうん、大体予想はつく。兄に会ったんだね?」

 師匠はずばり言い当てた。
 たぶん、千里眼で見ていたのだろう。 
 俺は頷き、ため息をつく。

「まぁまぁ、一先ず夕食にしようじゃないか」
「そうですね」

 作るのは俺なんだけど。

 それから普段通りに夕食をとって、片付けて。
 シャワーを浴びてから、俺は一人でベランダに顔を出した。
 すると、後ろから近づく足音に気付く。

「シトネか?」
「正解! よくわかったね」
「何となくだよ」

 師匠はもっと変な登場の仕方をするし、騒がしいからな。
 消去法でシトネしかいない。
 という分析は置いておいて、俺はシトネに話すことがあったんだ。
 シトネは俺の隣にくる。

「兄さんのことだけど……今でもいい?」
「うん、聞きたいな」
「わかった。俺が神童って呼ばれていたのは教えたよな?」
「うん」
「兄さんも最初は、同じように呼ばれてたんだよ」

 エメロード家に神童が生まれた。
 そうもてはやされ、周囲からも期待されていた。
 だが、それも長くは続かなかった。
 
 そう、俺と言う弟の誕生で、兄さんの人生は大きく狂ったんだ。

「簡単に言うとさ。俺のほうが才能を秘めていたんだよ。それで両親は喜んで、俺を鍛えることに全霊を注ぐことにした」
「じゃあお兄さんは?」
「放置された。この屋敷も元々は、兄さんが十二歳の頃まで暮らしていたんだよ」
「そうだったの?」
「ああ」

 そのことを知ったのは、師匠と出会ってしばらく後のことだった。
 古くて放置されていたはずの建物だったのに、なぜか最低限の手入れがされていたから、疑問には感じていたんだ。
 その後の経緯は簡単だ。
 俺が落ちぶれたことで、両親は兄さんを呼び戻し、代わりに俺をここへ放り込んだ。

「兄さんにとっては散々だろうね。俺の所為で振り回されたんだ。恨まれてても不思議じゃないよ」
「……」

 シトネは何も言わなかった。
 何を言っても、この時の俺には響かないと思ったのだろうか。