【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 入学式が終わると、各クラスに分かれてオリエンテーションが行われる。
 五階建ての校舎の二階が、俺たち新入生の教室が並ぶ階層だ。
 特待クラスの教室は、階段を昇ってすぐ右隣りにある。
 三十人一クラス。
 弧を描くように席が並び、段々上に一つずつ上がっている。
 席の指定は特になくて、各々が好きな席へ座った。
 俺とシトネは、窓側の一番後ろの席を選んだ。

「いいのか? もっと近いほうが黒板見えやすいぞ」
「大丈夫! 私は目が良いから」
「ああ、そういえばそうだったな」

 入学試験でも見せつけられたっけ。

「リンテンス君こそいいの?」
「俺も端っこが良いんだ」

 この位置なら、嫌な視線も少ないだろうしな。
 席は四十あって、四つが並んでいる。
 俺の隣は空いているが、たぶん誰も座って来ないだろう。
 そう思っていたのだが……

「隣いいかな?」

 そいつは平然と声をかけてきた。
 燃えるような赤い髪は、近くで見るほど濃くて重たい。
 
「グレン・ボルフステン」
「ああ。君はリンテンス・エメロードだね?」
「そうだけど?」

 まさか彼から話しかけてくるとは予想外だった。
 周りの空気がぴりつく。
 シトネも俺の横で隠れるように、じっと身を潜めている。
 名家同士とは言え、面識はなかったはずだが。

「それでいいかな?」
「別に構わないよ」
「ありがとう。では失礼するよ」

 そう言って彼は俺の隣に座った。
 もう一人、銀色の髪の女の子が彼の隣に座る。
 師匠に似た髪色だけど、こっちは氷のように冷たい感じがする。

「ああ、彼女かい? 彼女はセリカ、僕の専属メイドで、同じクラスメイトだ」
「メイド?」
「初めましてリンテンス様。セリカ・ブラントと申します。以後お見知りおきを」
「どうも」

 丁寧なあいさつだが、どこか無機質で、感情がこもっていない。
 続けてグレンの視線は、俺の横にいるシトネに向く。
 シトネもそれに気づいて、びくっと大げさに反応した。

「そちらは、シトネさんだったかな?」
「は、はい!」
「そう畏まらないでくれ。ここでは貴族の位も関係ないから」
「……わ、わかりました」

 と言いながら、緊張はまったく取れていない。
 グレンからは貴族らしい風格も感じられて、シトネには神々しく見えるのかも。
 俺も一応貴族だが、出会い方があれだったし、随分と反応が違うな。

「僕のことはグレンでいいよ」
「そうか。じゃあ俺もリンテンスでいいよ」
「了解だ。これからよろしく頼むよ」
 
 グレンは俺に握手を求めてきた。 
 名門貴族の嫡男であれば、俺に対しての偏見は大きいだろう。
 と、勝手に思い込んでいたが、どうやら彼は違うようだ。
 ほっとした気持ちが半分と、申し訳なさが半分混ざり合う。

「ああ」

 彼とは仲良くなれそうだな。
 そう感じながら、俺は彼の手を取ろうとする。
 が、途中で気付いた。
 彼ではない。
 周囲から俺に向けられる敵意の視線。
 言葉にはしていなくとも、彼に対して馴れ馴れしく、対等のように話していることが気に入らない。
 そう言っているような視線が刺さって、俺は途中で手を止めた。

「こちらこそよろしく」

 すまないとは思っている。
 だが、これ以上余計な心配事は増やしたくない。
 前みたいに夜道を襲われたら面倒だからな。
 チラッと見えた彼の顔は、少し寂しそうにも見えた。

 そして時間が過ぎ、オリエンテーションが始まる。

「担任のガラドだ。今日から一年間、このクラスを受け持つことになった。皆、よろしく頼む」

 担任からの挨拶が淡々と終わり、続けて生徒の自己紹介に移る。
 順番は入学試験の成績順だと言われ、最初にグレンが立ち上がった。

「皆さんこんにちは、グレン・ボルフステンです。三年間、共に競い合い、高め合いましょう」

 彼は端的に済ませたようだ。
 パチパチと温かい拍手が響く。
 続けて名前を呼ばれたのは、次席である俺だった。

「リンテンス・エメロードです。よろしくお願いします」
「あいつが落ちこぼれの……」
「ああ、雷属性しか使えないんだろ?」

 ぼそぼそと噂を口にするクラスメイトたち。
 拍手こそ起こったが、グレンのときとはえらい差だな。
 仕方ないことだが、俺はもう慣れている。
 そう、俺は良いんだ。
 でも――

「シトネです。色々と初めてのことで緊張していますが、どうぞよろしくお願いします!」

 彼女の元気な挨拶にも、チラホラ心無い言葉が聞こえてくる。
 わかっていたことだ。
 彼女自身も覚悟していただろう。
 だが、それでも悲しいことは変わらない。
 聞いている俺も……不快だな。

 自己紹介が終わり、注意事項が話された。
 登校初日は午前中で終わる。
 正午前に自由行動を言い渡され、俺たちは一息つく。

「まだ時間があるな。シトネはどうする?」
「う~ん、ちょっと校舎を見て回りたいかな? でもあんまり遅くなるとさ」
「ああ」

 また師匠がブーブー言いそうだ。
 ただ、一時間くらいの余裕はあるし、簡単に見て回るなら大丈夫だろう。
 
「あれが次席って冗談だろ?」
「だよな。絶対何か不正を働いたんじゃないか? エメロード家って一応は名家だしさ」
「お金の力? 汚いな~」
「さすが名門貴族の落ちこぼれ」

 教室を出ようと立ち上がったとき、俺に向けられた視線と言葉に立ち止まる。
 先生がいなくなった途端にこれだ。
 やれやれ、本当にどうしようもないな。

「リンテンス君」
「気にするな」

 相手にするだけ損だ。
 無視して教室の出口へ向かう。

「獣臭そうな従者までつれてるしよ~」
「だな。趣味も気持ち悪いとか終わってるぜ」

 ピタリと、足を止める。
 俺のことは良い。
 どう言われようと、もう慣れてしまっている。
 だがな?
 シトネのことを知らない連中が、彼女を悪く言うなよ。

「やめないか」

 怒りと共に振り返る。
 そんな俺の視界に、グレンの姿が飛び込む。
 俺の怒りが爆発する寸前。
 グレンの言葉が引き留め、全員の視線が彼に集まる。

「根拠もなしに人を馬鹿にするなんて、良くないとは思わないのかな?」
「い、いやその……」
「ここは魔術学校だ。生まれも育ちも関係なく、魔術師としても力量が物差しになる。彼らは自らの力でその席を勝ち取り、ここにいる。そもそも、あの試験で不正が出来ると思っているのかな?」

 グレンの言葉に、全員が黙り込む。
 彼の言っていることは正しくて、何も言い返せない。
 加えて彼は主席であり、名門の生まれだ。
 社会的地位も高い。
 そんな彼が言うからこそ、皆も納得せざるを得ないだろう。
 俺が同じことを言っても、くだらないと一蹴されて終わるだろうな。
 お陰様で、俺も一先ず落ち着けた。
 シトネもホッとしたように胸をなでおろしているのがわかる。

「だが、まぁ……君たちの気持ちもわからなくはない」

 グレンには感謝しないとな。
 そう思ったが、話はそこで終わらなかった。
 彼は俺を睨むように見つめながら、続けて言う。

「彼が一属性しか使えない魔術師と言うのは事実なのだろうね。そんな彼が特待クラス……しかも次席だ。信じられないと目を疑う者もいて当然」
「そ、そうだ!」
「一属性だけで試験を通っただけでもおかしいだろ」

 水を得た魚のように、静かだった彼らは騒ぎ出す。

 どういうつもりだ?
 さっきまで俺たちのことを擁護していた癖に、手のひら返しで批判か。
 結局こいつも、他の奴らと同じなのか。

 ふと、握手を求められたときの彼が思い浮かぶ。
 あの表情、言葉に嘘はなかった。
 少なくとも俺はそう感じた。

「まぁ待ってくれ。リンテンス君、よければ僕と模擬戦闘をしてくれないかな?」
「は?」
「午後から自由だろう? 訓練室は学生なら自由に使って良いそうだし、僕と勝負してみないか? 親睦もかねてだ。みんなにも見てもらおう」

 グレンは平然とした顔で淡々と告げる。

 こいつ……本当に何を考えているんだ?
 クラスメイトの前で俺をぼこぼこにして、自分の地位を確かなものにでもしようって算段か?
 いや、それにしてはやり方が強引すぎるな。

「お断りだよ。何でお前と」
「そうかい?」
「逃げるなよ!」
「はっ、どうせ実力は大したことないんだろ? 次席になったのもまぐれだな」

 教室中にヤジが飛び交う。
 強い後ろ盾を得た途端にこれだ。
 虎の威を借りる狐という言葉を師匠から教えてもらったが、まさに今の光景だな。
 こっちの狐は可愛くて、素直で努力家なのに。

「ほら、みんなもこう言っているよ? いいのかい? このまま嘗められたままで」
「……何を考えている?」
「それは戦えばわかるよ」

 俺とグレンは睨み合う。
 今の所、こいつが何を考えているのかさっぱりだ。
 ただ……そうだな。
 嘗められっぱなし、馬鹿にされ続けるのも嫌なのは確かだ。

「いいだろう。受けて立つ」
「うん、決まりだね」

 グレンの意図は不明のまま、俺たちはゾロゾロと訓練室に足を運んだ。
 各クラスの教室は、二階が一年生、三階が二年生、四階が三年生と順に高くなっていく。
 訓練室は最上階の五階に設けられていた。
 専用の移動魔道設備を使えば、階段を昇らなくても五回にすぐ上がれる。
 最先端の魔道具技術が結集された校舎だ。
 できればもっとじっくり見て回りたかったな。

「ここが訓練場か」
「今は殺風景だが、設定をいじれば景色を変えられるよ」

 真四角の部屋だ。
 正方形の白いタイルが綺麗に並んだ壁と天井。
 魔力が流れていて、かなりの頑丈さを誇っていると聞く。
 また、仮に破壊されても自己修復するとか。

「城の壁に使われている技術と同じだ。ここならいくら暴れても問題ない」
「そうらしいな」

 俺とグレンは向かい合い、距離を取る。
 クラスメイトたちは離れた場所から俺たちを見ていて、グレンの横にはセリカが、俺の横にはシトネがいる。

「リンテンス君、良かったの?」
「ん? まぁ仕方ないだろ。あのまま無視してたら、後からずっとネチネチ言われ続けるし」
「でも……」
「俺だけじゃなくて、シトネのことも馬鹿にされたしな。普通に腹が立った」

 俺が素直にそう言うと、シトネはちょっぴり嬉しそうに頬が緩む。
 ただ、すぐに心配そうな表情に戻ってしまう。
 
「それともシトネは、俺が負けると思ってるのか?」
「ううん、思わない」
「ならしっかり見ていてくれ」
「うん!」

 シトネは尻尾をふり、クラスメイトたちとは反対側へ離れていく。
 セリカもシトネと同じ方へ歩いていき、二人が並んでこちらを向いた。

「準備は出来たようだね」
「ああ」

 俺とグレンは声が届く距離まで近づき、向かい合う。
 いつの間にか、彼は腰に剣を携えていた。

「では始めようか?」
「ああ……なぁグレン、この戦いに何の意味があるんだ?」
「さっきも言ったよ? 戦えばわかるってね」
「そうかい」

 答える気はないらしい。

「ただ、一つだけ教えておこう」
「何だ?」
「僕は君と本気で戦ってみたいと思っていたんだ」

 そう言って、グレンは右手を前にかざす。
 なるほど、それは本音っぽいな。
 ならば俺も、本音で答えよう。

「奇遇だな? 俺もだよ」

 俺も同じように右手を前にかざす。
 互いに笑みを浮かべた直後、戦いの火ぶたは落とされる。

「――赤雷」
真紅(しんく)!」

 赤い稲妻と紅蓮の炎。
 二つの赤がぶつかり合い、はじけ飛ぶ。
 エメロード家と並ぶ魔術師の名門ボルフステン家。
 多彩な属性術式を持つエメロード家に対して、ボルフステン家は炎属性の魔術に特化していた。
 もちろん他の属性が使えないわけではない。
 貴族らしく三属性以上の術式は使えるし、魔力量も家の名に恥じないレベルではある。
 そして、生まれてくる子供は、皆等しく炎魔術に対して絶大な適性を持つとされる。
 中でも相伝の術式【真紅】は、究極の炎魔術と賞されていた。

 今のがボルフステン家の真紅か。
 燃やすという特性をより強化した炎だと聞いていたが、まさか俺の赤雷も燃やすとは。
 炎すら燃やす紅蓮の炎。
 貫くという特性を強化した俺の赤雷に似ているな。
 色も近いし……いや、やっぱり別物か。
 あっちの術式は、先祖代々受け継がれてきた由緒正しきもの。
 同列に並べるのは失礼に値する。

「驚いたな。僕の真紅をかき消すなんて」
「それはお互い様だろ」
「確かにそうだね。今の赤い雷は、実戦試験でも使っていた術式だね?」
「ん? 何だ、見てたのか」
「ああ、偶々見かけてね。僕も戦闘中だったし、こうしてじっくり見れて嬉しいよ」

 グレンは両腕を左右に広げ、左右から真紅を発動させる。
 紅蓮の炎は二つの渦をつくり、俺の両サイドから迫りくる。
 俺は彼と同じ構えをとり、赤雷を発動させ相殺した。
 一度めと同様に大きな爆発音と煙が発生し、一時的に視界が塞がれる。

「――!」

 煙の中から振り下ろされる剣。
 グレンは腰の剣を抜き、真紅を纏わせ攻撃してきた。

「よく躱したね」
「俺に不意打ちは効かないぞ」

 生体電気で位置は丸わかりだ。
 煙に巻こうと、俺の感覚は敵を捕らえる。

「赤雷」

 至近距離で赤い雷を放つ。
 グレンは大きくのけぞり、炎の噴射で後方に跳び避けた。
 炎で移動の回避を加速させたか。
 それに……

「腰の剣は飾りじゃなかったんだな」
「ん? 当然だよ。これでも僕は、騎士としての訓練も積んでいる。自慢じゃないが、剣術にも自信はあるよ」
「ふっ、そうか」

 さすがにわかっているか。
 俺やシトネと同じように、魔術だけに偏った戦い方はしていない。
 こいつも、師匠の言う優れた魔術師の一人か。

「なるほど、じゃあ俺も剣を取ろうか」

 色源雷術――

藍雷(あいらい)二刀」

 藍色の雷が両手から発生し、一本に収束して剣の形を作り出す。
 雷で創造した二刀に、グレンは目を見開き驚く。

「藍色の剣……いや刀か。雷を高密度に圧縮させて刀の形状に留めているんだね?」
「ああ、見ての通りな」
「恐ろしく緻密な魔力コントロールが必要な術だろう? それに相当な魔力を消費し続ける」
「まぁな」
「維持し続けられるのかな?」

 グレンが地面を強く蹴って飛び出す。
 炎を足に纏わせ、炎の放出で加速しての突進。
 俺は二刀を構えて迎え撃つ。

「あと俺も剣術は得意なんだよ」

 師匠直伝の剣術だ。
 王国の騎士でも相手にならないぞ。
 炎を纏った剣と、藍色の刀が斬り結ぶ。
 喉元に迫る刃をグレンはギリギリで躱し、炎を纏わせた剣で振り抜く。
 すさまじい熱量だが、躱せば問題ない。
 
「驚いた! 本当に得意なんだね」
「お前もな!」

 ギリギリの攻防が繰り広げられる。
 訓練であるから多少の手加減はあれど、ここまで食い下がられるとは思わなかった。
 彼の剣からは相当な鍛錬が感じられる。
 このまま戦っても、互いに消耗するだけだ。
 ならば一手――

「蒼雷」
「っ――」

 身体強化による速度上昇。
 一瞬で彼の背後に回り込み、二刀の藍雷で切り抜く。
 が、刃は彼の肉体には届かない。
 
「炎の衣!?」

 彼は真紅の炎を高密度に圧縮し、自身の身体を覆っていた。
 肉眼では見えないレベルで薄くして。
 藍雷はその衣に阻まれ、振り返ってグレンの斬撃を交わし、俺は距離を取る。

「また驚かされたよ。急に加速するなんてね」
「それはこっちのセリフだ」

 藍雷は色源雷術の中でも一番の密度を誇る。
 その刃が全く入らないとは……真紅の衣の密度のほうが上だということ。
 まったく恐れ入ったよ。

「赤い雷、藍色の雷……そして蒼い雷か」

 グレンがぼそりと呟き、不敵に笑って俺に問いかける。

「一体何色持っているんだい?」
「さぁな」
「普通、一つの属性だけでこれだけ多彩な術式は行使できない。それも無詠唱かつ術式展開もなしで……初めて見るものばかりだ」
「ふっ」

 そりゃそうだろ。
 色源雷術は俺だけが使える術式だ。
 本来、起源に刻まれていない属性の術式は、知っていても構成すら出来ない。
 だが、俺の場合は後天的にそれらが使用不可能となった。
 発動はしないだけで、術式構築までは出来る。
 単体では何の意味もないが、それを雷属性の術式と合成することで様々な効果を付与した雷撃を生み出す。
 それを総じて、『色源雷術』と呼ぶ。

 最初にこの可能性に気付いたのは師匠だ。
 同時に別々の術式を発動することは出来ても、それを直接重ねて発動させた場合、どちらも上手く効果を発揮しない。
 互いの術式が邪魔をし合ってしまうからだ。
 でも、俺の場合は少し違う。
 片方は発動しない術式であり、効果そのものは術式として残っている。
 故に、重ねて発動させた場合でも、主の術式は雷属性のもの。
 競合はせず、上手く溶け合うことが出来る。

 初めて言われた時は半信半疑だった。
 そこから改良を重ね、この術式は完成している。
 師匠曰く、どんな術式より緻密な魔力コントロールが必要であるため、より優れた術師でなくては成立しない。
 本当の意味で、俺だけに許された絶技。

「予想以上だよ、リンテンス君。じゃあ、第二ラウンドを始めようか」
「ああ」
 リンテンスとグレンの戦いは激しさを増していた。
 そんな二人を見つめる二人。
 特にシトネは、心配そうに見つめている。

「リンテンス君……」

 彼が負けるわけない。
 そう思うことと、心配しないのは別だ。
 加えて相手は強者だとわかる。
 不安が彼女の表情からにじみ出ている。

「心配いりません」
「え?」

 そんな彼女に語りかけるセリカ。
 まっすぐグレンを見つめ、彼女はシトネに言う。

「グレン様は、お優しい方ですから」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「いくよ!」
  
 真紅の炎を剣に纏わせ振るい、渦のように巻いて放つ。
 俺は斜め上に跳んで躱し、思考を回らす。

 さて、ここからどうするか。
 速度はこちらが上。
 隙をつく程度なら容易だが、あの炎の衣を突破できないと意味がない。
 藍雷単体では難しいとなれば、赤雷の最大出力でも通らないだろう。
 緑雷はこの地形じゃ使えないし、そもそも炎相手は相性が悪すぎるしな。
 奥の手もここでは使えない。
 残された手段で、あいつの守りを崩す方法は……ある。
 あとは、どうやって当てるか。

「仕方ない。地道にいくか」

 作戦を頭の中で構築した俺は、グレンの懐へもぐりこむ。
 やはり速度はこちらが勝っている。
 グレンは反応こそできるが、ワンテンポ遅い。
 
「無駄だよ!」

 剣で弾き、炎を放つ。
 俺は余裕をもって躱し、続けて連続で斬りかかる。

「すさまじい剣技だな。受けるのでやっとだよ。でも――」

 連続攻撃の一部は、衣でガードしている。
 残る斬撃は剣で受け、次第にその比率は変化する。

「じき慣れるよ」
「かもな」

 恐るべき対応の速さだ。
 嘘やハッタリではなく、本当に慣れてきている。
 
 ガンッと剣同士がぶつかり合う音がして、鍔迫り合いになる。
 互いの顔がよく見える距離で、俺は彼に問う。

「あのさ。戦えばわかるって言ってたよな?」
「ん? そうだけど?」
「悪いけど全然わからないんだが」
「あれ? そうなの?」
「ああ」
「そうか……ひょっとして君、他人にあんまり興味ないでしょ?」

 ギクッとする。
 図星だったから、反論も出来ない。

「相手によるかな」
「そう。じゃあ、戦いの途中だけど、少しだけ周りに耳を傾けてごらん」
「周り?」
「うん」

 グレンの目配せは、クラスメイト達を示していた。
 鍔迫り合いの最中だが、俺は彼らの声に意識を向ける。
 すると――

「おい……やばいなあいつ。真紅と互角に張り合ってるぞ」
「あ、ああ……あんな熱量前にしたら、普通近寄ることも難しいのに」
「まぐれじゃ……なかったのかも」
「だ、だな」

 てっきり、悪態や罵声が続いていると思っていた。
 予想外の反応を聞いて、少し力が抜けてしまう。

「ほら、聞こえるだろ? 彼らも君を認めつつあるんだよ」
「……なるほど、そういう腹か」

 グレンは微笑む。
 彼は最初から、俺の実力を見せつけようとしていた。
 まぐれではないのだと。
 本物の魔術師であると証明して、彼らの評価を改めさせる。
 そのためだけに挑発して、この戦いを始めたのか。
 
 なんだよそれ。
 
 思わず俺も笑ってしまう。

「お人よしだな」
「ははっ、よく言われるよ」

 やっぱり、あの時の感覚は間違っていなかった。
 こいつは俺たちを見下していない。
 ちゃんと、一人の人として、魔術師として見ている。

「でも勘違いしないでほしい。立役者にはなっても、負け役になるつもりはないから」

 グレンが火力をあげる。
 さっきまでは手加減していたのか。

「全力でいくよ! そして僕が勝つ!」

 爆速で向かってくるグレン。
 最初より速度も上がっている。
 ただし、まだ俺の蒼雷の速度のほうが上だ。
 対応は容易に出来る。
 
「逃がさないよ」

 が、それはあちらも同じこと。
 慣れ始めている。
 俺の速さに、動きに。
 
 俺は地面を蹴り上げ、空高く跳びあがる。
 左手を前に、右手を後ろ。
 それぞれの藍雷を変形させ、左手は弓に、右手は四本の矢に変える。
  
「藍雷――(きゅう)

 四連射。
 矢がグレンに降り注ぐが、これを炎を纏った剣で弾き、炎を消して言う。

「弓も作れるのか! 驚いたけど、子供だましだよ!」

 再び炎を纏わせ、追撃の火炎を放つ。
 俺はぐるっと身をひねって躱し、二刀を生み出して応戦する。
 彼の言う通り、驚きはあっても不意はつけない。
 徐々に……しかし確実に、彼は俺の動きを捉えている。

 そして遂に――

「捉えたよ!」

 彼の反応が俺の動きを捉える。
 はずだった。

「なっ……」

 少なくとも彼の中では、間違いなく捉えていたのだろう。
 しかし、身体はそれに応えない。
 自分の思った通りに身体が動かなくて、魔力のコントロールも乱れている。
 という状態に、彼は陥っていて、自らの身体を見る。

「紫の……雷?」
「色源雷術、紫雷(しらい)

 俺は二刀を下ろし、彼に教える。

「その紫の雷は、対象の魔力の流れを著しく乱す。生物に当てれば肉体の動きを抑制し、魔力コントロールを狂わせる。結界とか術式に流れれば、発動や効果を妨害する」
「いつの間に……どうやって炎の衣を?」

 俺は答えを見せる。
 両手に持った二刀が、僅かに紫雷を帯びていた。

「紫雷は効果こそ優秀だけど、射程が短くて威力も弱い。だからこうして、他の雷撃に混ぜ込んで当てるのさ」

 さらに俺は指をさして言う。

「その剣、耐熱性に優れているみたいだけど、完全じゃないんだろ? だからお前は、定期的に炎を消して熱を冷ましていた。違うか?」
「そうか。剣から流していたんだね?」
「正解だ」
 
 衣に直接流し込む手もあったが、相手は相当な鍛錬を積んだ強者。
 途中で狙いがバレると思って、地道に流し込む方向でいった。
 しゃべっている鍔迫り合いの最中でも、こっそり流していたのに、あいつは気付かなかったな。

「やられたね……魔力の流れが乱れて、維持するのがやっとだ」
「むしろ維持できている時点で凄いんだけどな。まぁでも、その状態なら今度こそ貫けるかな?」

 藍雷を解除し、右手を前に突き出す。
 色源雷術最大出力。

「――赤雷」

 赤い稲妻が、紅蓮の炎を貫く。
 最大出力の赤雷。
 その威力は、ドラゴンブレスと張り合えるほど。
 生身の人間に使って直撃すれば、死は確実と言えるだろう。
 グレンは紫雷の影響で魔力の流れが乱され、炎の衣の維持が困難になっている。
 だからこそ、赤雷でも貫通できると踏んだ。
 そして同時、彼ならば紫雷を受けた状態でも、赤雷に耐えると考えた。

「はぁ……くっ……」

 爆発の煙が晴れ、グレンが片膝をついている。
 額からは血を流し、息も絶え絶え。
 炎の衣は完全に消失しており、剣も床に転がっている。

「さすがだな。予想通り、赤雷にも耐えたか」
「ははっ……いや、ギリギリだったよ。お陰で魔力はもう空さ。しかし思った以上に強いんだな君は」
「そっちこそだ」

 正直、学生のレベルで俺と張り合える奴がいるなんて思わなかった。
 最高の師匠に鍛え上げられた俺が、生ぬるい環境で育った奴らに劣るはずがないと。
 シトネのことと言い、考えを改めたほうが良さそうだ。
 誰だろうと、どんな環境だろうと、努力した奴はちゃんと強い。
 当たり前のことだけど、忘れてしまっていたことを思い出した。

 俺は小さくため息をもらし、グレンに手を差し伸べる。

「立てるか?」
「ああ、何とかね」

 グレンは俺の手をとり、ぐっと引き上げる。

「なぁ、何でこんなことしたんだ?」
「何でとは?」
「この模擬戦はお前の作戦だろ? それも初対面の俺のためにさ」
「いいや、僕は君のことを知っていた。同じ名門だから、小さい頃はよく比較されたんだよ」
「そうだったのか?」
「ああ」

 エメロード家とボルフステン家は、古くから関りのある家柄と聞く。
 初代の当主が友人同士で、共に競い合い高め合ったとか。
 そこから長い年月と共に交流はなくなっていったが、同じ土俵にたつ家柄として、互いを意識せずにはいられなかった。

「君に負けるな、劣るな。そう散々言われて、毎日を魔術の修行に費やしたよ。でも、君に悲劇が起こってからは、そう言われなくなった。お前は凄いとか、手のひらを反すように褒められるようになったよ」

 グレンはちっとも嬉しそうに語らない。
 褒められる理由が、彼にとっては嬉しいことではなかったのだろう。
 むしろ、腹立たしかったかもしれない。
 自分の努力を認められたのではなく、相手が勝手に失速して、ようやく追い抜けただけ。
 もしも俺が彼の立場なら、素直に喜べないと思う。

「正直悔しかったし、可哀想だと思った。見てもいない相手なのに、僕は勝手に哀れんだんだ。でも、入学試験で見た君は、僕の想像をはるかに超えていた。迫りくる受験者たちをものともせず、雷のように煌めき貫く。その姿を見て、自分の愚かさを痛感したよ」

 彼は愚かさと言った。
 他人を哀れんだ自分を愚かだと。
 そう言える彼はきっと、心の強い人だと思う。

「それと同じくらい、こうも思ったよ。君と戦ってみたい。戦って、今の僕とどちらが上なのか確かめたい。だからこの戦いは、僕自身のためでもあったんだ。完敗だったけどね」
「完敗? 本気も出してないくせによく言う」
「本気だったよ?」
「炎魔術しか使ってないじゃないか。俺じゃないんだから、他の魔術だって使えるだろ? それを使わなくて何が全力だ」

 俺が呆れたようにそう言うと、グレンは小さく笑い首を横に振る。

「確かに使えるよ。ただ、君も知っている通り僕の家は炎魔術を極めた一族だ。他の魔術は使えても、炎魔術には及ばない。仮に掛け合わせたとして、多少の変化が出る程度さ。大して状況は変わらない。あれが僕にとって一番強い戦い方だったんだよ」
「誇りってやつか?」
「う~ん、どちらかというと意地かな?」
「意地か」

 それは何となく、俺と似ている気がして、少し嬉しくなった。
 グレンは俺を下から上に見回して、呆れたように言う。

「それに君のほうこそ全力ではなかっただろう?」
「どうしてそう思う?」
「だって、あれだけの戦闘の後だっていうのに、君は汗一つかいていないじゃないか」
「え、ああ……」

 本当だ。
 言われて気付いたが、俺は一滴も汗をかいていない。

「君には余裕があった。僕と違ってね」
「……まぁ、毎日死ぬギリギリまで追い込まれてるからな」
「ふっ、僕も相当追い込んでいるつもりだったが、まだまだ努力不足だったということか」

 グレンはそう言って納得したように頷き、改めて俺を見つめる。

「これで目標が出来たよ。僕は必ず君を超える。聖域者になるのは僕だ」

 そう宣言し、右手を前に出し握手を求めている。

 俺を超える……か。
 そんな風に言われるなんて、修行してた頃はこれっぽっちも思わなかったな。

 感慨深いものを感じつつ、俺は彼の手を握る。

「だったら俺は、誰も届かないくらい前に進むさ。聖域者になるのは俺だ」

 俺とグレンは、握る手に力を込める。
 すると――

 パチパチパチ。
 
 拍手が沸き起こった。
 振り向いた先にいるクラスメイトたちからだ。
 戦う前に感じていた侮蔑の視線は一つもない。
 聞こえてくるのは称賛の声と、温かい拍手だけだった。
 どうやら今の戦いを見て、彼らの考えも変わってくれたようだ。
 グレンの思惑通りに。

「あーそうだ。一つ忘れていた」
「ん?」
「もしよければ、僕の友人になってくれないかい?」
「はっ、今さらだろ」
「はっはっはっ、確かにそうだね」

 互いの力を確かめ合い、認め合った。
 戦いを終えて握手を交わした時点で、言葉など必要ない。
 同じ頂を目指すライバルであり、これから共に戦う仲間でもあり。
 俺とグレンは、こうして友達になった。
 
 熱い握手を交わした俺とグレン。
 そこへシトネが駆け寄ってきて、心配そうに言う。

「リンテンス君! 大丈夫? 怪我とかしてない?」
「大丈夫だ。それより、グレンの傷を治してもらえるか?」
「え、あ、うん!」
「助かるよ。僕とセリカは治癒術が使えなくてね」

 シトネが治癒術式を発動させ、グレンの傷を癒す。
 その間に、セリカも俺たちのところまで近寄ってきていた。

「これで治りましたよ」
「ありがとう、シトネさん」

 グレンがお礼を口にすると、シトネは照れて笑う。
 目をそらして照れ隠しをしても、素直な尻尾で丸わかりだ。
 
「お疲れさまでした。グレン様」
「すまないセリカ、負けてしまった。不甲斐ないところを見せてしまったね」
「いいえ、グレン様はいつでも凛々しく勇ましいです」
「負けた僕にそう言ってくれるのは君くらいだよ。次は勝つ」
「はい。信じております」

 グレンとセリカは互いに顔を見合いながら微笑む。
 この二人の関係は、単なる主従だけに収まらないような気がする。

「さて、いつまでもここを占領していては他の生徒たちの迷惑だな」
「そうだな。俺たちも早く帰らないと、お腹を空かせた師匠に文句を言われそうだ」

 持っている時計を確認すると、帰ると言った時間はとうに過ぎている。
 師匠のことだから、千里眼で見て気付いているかもしれないけど、後から駄々をこねられると面倒だ。
 とか考えていると、グレンがぼそりと口にする。

「師匠……君の師匠はどんな人なんだい?」
「ん?」
「いや、少し気になってね。君をここまで鍛え上げた人だろ?」
「ああ、そういうことか。なら今から会ってみるか?」
「いいのかい?」
「ああ。時間があればだけど」
「ぜひ頼むよ! この後は丁度予定が空いているからね」
「決まりだな」

 そういう話の流れで、グレンがうちへ来ることになった。
 もちろんセリカも一緒だ。
 道中、誰なのかと聞かれたけど、会えばわかると回答を濁しておいた。
 二人が師匠に会ってどんなリアクションをするのか楽しみだな。

 そして――

 屋敷に到着し、玄関の扉を開ける。

「ただいま戻りました」
「その声は!」

 奥の部屋から師匠の声が聞こえた。
 ドンドンと走る音が近寄ってきて、師匠が颯爽と姿を現す。

「遅いじゃないか~ まったく君は、空腹の師匠を忘れてどこで遊んでいたんだい?」
「あ、貴方は……アルフォース様?」
「ん、おや? 君はボルフステン家の子かな」
「は、はい! グレン・ボルフステンです」
「何だ、二人とも面識はあったのか」

 いや、名門の生まれと聖域者の師匠だ。
 一度くらい会っていても不思議じゃないか。

「あ、ああ、お会いするのは二度目だが……まさか君の師匠というのは」
「そう。目の前にいるこの人だ」
「なっ……」
「おぉ~ いい反応だね~ いかにも! リンテンスは僕の弟子だ」

 グレンは驚いて、口を大きく開けたまま固まっていた。
 ナイスなリアクションに大満足の師匠は、一時的に空腹も忘れている。
 すぐに思い出して、早く昼食を用意してくれと駄々をこね始めたから、俺は急いで準備をして、料理をテーブルに並べる。
 グレンとセリカも同席することになって、五人で一つのテーブルを囲む。

「いやーめでたいね~ まさかリンテンスが、初日から友人を連れてくるなんて。嬉しくて涙が出てくるよ」
「そういうわざとらしい芝居は止めてくださいよ、師匠」
「いやいや、嬉しいのは本当さ。君はてっきり、シトネちゃん以外と仲良くする気はないと思っていたからね」
「えっ」

 シトネがピクリと反応する。

「俺も最初はそのつもりでしたよ」
「へっ?」
「そうかそうか。だそうだよシトネちゃん? 君は特別らしい」
「えっ、あ……はぃ」

 シトネは恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向く。
 無意識にからかうネタを与えてしまったようだ。
 俺も後から恥ずかしくなって、ちょっと気まずい雰囲気になる。
 それを壊す様に、グレンが言う。

「しかし驚いたな。まさかアルフォース様が君の師匠とは……道理で強いわけだ」
「はっはっはっ、自慢の弟子だよ。君も一度戦ってみると良い」
「もう戦いました」
「なっ、そうなのかい?」

 師匠が驚きながら俺に視線で確認を求めてくる。
 俺が頷くと、ガーンと落ち込んだ様子で頭に手をあてて言う。

「しまった……僕としたことが、そんな面白そうな場面を見逃すとは……」

 落ち込む師匠。
 意外だな。
 てっきり師匠なら、常に盗み見していると思ったのに。
 何かほかに見るものでもあったのか?

 と言う感じて初日は過ぎ、俺たちは翌日を迎える。
 ちなみに、俺とシトネが一緒に暮らしている点は、二人とも何も言わないでくれた。
 
 翌日から普通に授業を受ける。
 基本的には座学で、基礎と歴史の続きだ。
 ハッキリ言ってつまらない。
 というのは、俺以外も思っているに違いない。
 歴史はさておき、基礎が重要だと理解していても、すでに熟知している身としては退屈だ。

「魔術の基本は魔力コントロールだ。ここを勘違いする魔術師は大成しないからな」

 と、先生が熱弁している。
 師匠から散々教えられたことだ。
 今さらはき違えることはない。

「ふぁ~」

 失礼だとわかっていても、無意識に欠伸が出てしまう。
 対してシトネたちは熱心だな。
 先生の話を聞きながら、ちゃんとメモをとっている。
 三人ともこれくらいの内容なら、とっくに熟知しているだろうに。

「真面目だな~」
「あれ? リンテンス君はメモとらないの?」
「俺もちゃんと聞いてるよ。知らない内容だったらメモするけど」
「そうなの? 私は一応メモだけしているけど」
「知ってることはいらないんじゃないか?」
「う~ん、そうなのかな~」

 と二人で話していると、それに気づいた先生がこちらを向く。

「そこの二人! 私語は慎みなさい!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「すみません。気を付けます」
「やれやれ」

 シトネはびくりと反応して、慌てて頭を下げていた。
 隣でグレンは、俺たちを呆れた顔で見ている。
 退屈な授業には良い刺激になったかな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 午前中の授業が終わり、昼休憩の時間になる。
 生徒たちはパラパラと歩き出し、教室を出て行った。

「俺たちも食堂にいくか」
「うん!」

 俺とシトネ、グレンとセリカも一緒に一階の食堂へ向かう。
 昼食はここで食べる決まりになっていて、厨房ではせっせと料理を作っている。
 メニューから何か注文する生徒もいれば、自分で作ってくる生徒もいて、こういう場所でも個性が出るな。
 ちなみに俺とシトネは……
 
「ほい、シトネの分」
「ありがとう!」

 俺はお弁当をシトネに手渡した。
 手作りの弁当を開けて、一緒に手を合わせて「いただきます」を言う。
 さぁ食べようと口を開いたとき、目の前から視線を感じる。

「何だよ」
「いや凄いな。弁当まで自分で作っているのか。それもシトネさんの分まで」
「まぁな」

 一人暮らしの影響か、料理は日課になってしまった。
 そんなに嫌いじゃないし、苦にはならない。
 むしろシトネが美味しそうに食べてくれるから、毎日張り切ってしまうことも。

「とーっても美味しいんだよ!」
「ああ。前にいただいた昼食も良かったな。料理も出来るなんて憧れるよ」
「よしてくれ」

 料理を覚えた経緯を考えたら、とても褒められることじゃないからな。
 仕方なくというのが正解だ。

「そうだ! 今度僕たちの分も作ってきてくれないかい?」
「え、嫌だけど」
「うっ……即答とは」

 だって面倒だし。
 という本音は口にせず、黙ってパクパク食事を続ける。
 すると、グレンは悪戯をしかける子供ようのに笑い、俺を見ながら言う。

「そうか、なるほど……シトネさん以外に自分の弁当は作らない、ということだね」
「は? 何言って」
「いや良い、わかっているさ。彼女は特別なんだね」
「っ! ごほっ……」

 シトネがビックリしてむせてしまった。
 グレンがそんな冗談を言うなんて。
 まるで師匠みたいだと思って、俺は呆れ顔をする。

「やれやれ。というか、お前はセリカに作ってもらえば良いだろ」
「ん、あーそうだね。でもセリカも忙しいから、余計な仕事を増やすのは忍びないな」

 俺ならいいのか?
 グレンの奴、中々良い性格しているな。
 ちょっとずつ素が出てきたらしい。

「心配いりません。グレン様がお望みであれば、昼食は私が用意いたします」
「本当かい? じゃあ明日は頼むよ」
「かしこまりました」

 淡々と会話を進める二人。
 もっと慌てたり、恥ずかしがることを期待したのだが……
 からかうつもりで失敗したようだ。

「あーそうだ。来週から実技訓練が始まるそうだけど、チームはどうする?」
「チーム?」
「何だ? もしかして聞いていなかったのかい?」

 朧げに覚えているような……いないような。
 グレンに言われて思い出そうとしているが、ピンとこない。
 そんな俺に呆れたグレンが、ため息交じりに説明する。

「実技訓練は三人以上のチームで受ける決まりだ。来週までに各々でチームを組むよう言われていただろう?」
「そうだったけ? シトネは知ってた?」
「うん」
「あ、そう……」

 普通に聞き漏らしたな。

「魔術師はチームで行動することが多いからね。その一環だろう」
「それは知ってる」

 魔術師団の任務でもそうだった。
 単独で任務にあたるのは、魔術師でもごく一部。
 それこそ師匠のような人だけだ。

「で、どうする?」
「この四人で良いんじゃないか?」
「最大五人だけど、一人は追加しなくていいかな?」
「必要ない。ここにいる四人で十分最強のチームだろ」
「ははっ、確かにね」

 グレンはたぶん、わかっていて尋ねたのだろう。
 俺に直接確認して、口で言わせるために。
 本当に良い性格しているよ。
 教室に入って、先生が来るのを待つ。
 時間になって鐘の音が鳴ると、ガラガラと扉を開けて先生がやってくる。
 連絡事項をさらっと流し、一枚の紙をヒラヒラを示しながら言う。

「えぇ~ 昨日も伝えたが、明後日から学外研修だ。三日間あるから、各々準備しておくように」
「学外……研修?」
「リンテンス?」

 隣のグレンがちょっぴり怖い顔をしている。
 声に出さなくとも、聞いてなかったのかという言葉が聞こえるようだ。
 師匠との会話なら、しょうもないダジャレまで覚えているのに。
 とりあえず俺は素直に謝って、説明を求める。

「お願いします」
「はぁ……君はどこまで他人に興味がないんだい?」
「いや、そういうわけじゃにんだけど」

 じっと睨まれたので、そっと目を逸らす。
 その後、グレンはため息をこぼしつつ、簡単に説明してくれた。
 どうやら明後日、新入生全員で学校が管理する別の領地へ行き、三日間実技訓練を受けるらしい。
 目的の大部分は、生徒同士の交流を深め、互いの実力や能力を共有し、今後の授業や試験に活かすためだとか。
 ちなみに毎年恒例というわけでもなく、年度によってない時もあるそうだ。

「何で恒例じゃないんだ?」
「開催地となっている場所の気候だな。この時期は特に荒れやすくて、訓練どころじゃなくなるらしい。しかも一度崩れると長く続くらしいからな」

 なるほど。
 入学してすぐに学外研修なんて不自然だと思った。
 今年は気候の関係もあって、早めに開催することになったらしい。

「今なら大丈夫そうって話か」
「ああ。それと実技訓練はチームで行われるからな」

 チームか。
 そういえば、グレンたちと一緒のチームを組んだんだっけ?
 何とかそこは覚えているようで、自分の記憶力にホッとしている。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 学外研修について知ってから、日にちはあっという間に過ぎて。
 研修を明日に控えた今日の夜は、夕食を食べながらシトネと話していた。

「楽しみだな~ 明日からの研修!」
「そんなにか?」
「うん! リンテンス君は楽しみじゃないの?」
「う~ん、正直よくわからないな」

 学外研修の内容は、森や山、川などの大自然を用いた訓練をするらしい。
 詳しくどんなことをするのかは、向こうについてから教えてもらえるそうだ。
 ちなみに、場所は王都から東にある魔術学校の特別施設。
 本来は実戦訓練などで用いられるフィールドでもある。

「何をするか知らないけど、結局普段の訓練よりずっと楽だろうからさ」
「それは……そうだね。うん、間違いないと思う」
「だろ? 別にキツければ良いってわけじゃないけどさ」

 学校での授業もそうだが、師匠から教わった内容を反復しているだけだ。
 最近はこれなら一人で特訓していたほうが効率がいいのではないか?
 と思い始めていたり。
 決して授業を受けるのが面倒だからとか、そういう不真面目な理由ではない。

「でもでも! グレン君たちも一緒にお泊りだよ?」
「そうだな」
「……それだけ?」
「どんな反応を期待してたんだよ」
「だってお友達と一日中一緒なんて普通ないよ? もっと楽しみにしてもいいのにな~」
「いや、それなら始終シトネといるだろ?」
「あ、そういえばそっか」

 うっかりしてました、みたいな顔をするシトネ。
 彼女の笑顔を見ながら、ふと思ったことを口にする。

「シトネといる落ち着くからな。一日一緒にいるなら、俺はシトネ一人のほうが嬉しい」
「えっ……」

 あれ?
 
 口走った後で気付く。
 また俺の口は、感情をそのままに出してしまったな。
 チラッとシトネの顔を見ると、恥ずかしそうに頬を赤らめて、目を逸らしたり合わせたりしていた。
 尻尾は上機嫌にフリフリと左右に動いている。
 そんな彼女を見ていたら、こっちまで同じくらい恥ずかしくなって、しばらく無言のまま夕食を食べていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 いつものように登校、するのではなく、見た目の三倍の容量が入るバッグの魔道具を持ち学校へ行く。
 校舎に到着する途中でグレンたちと合流。
 そのまま校舎へ向かうと、すでに新入生たちが校門前にずらっと列を作っていた。

「移動って徒歩なんだよな?」
「ああ。専用の地下トンネルがあって、まっすぐ進めば二時間くらいで着くぞ」
「に、二時間も歩くんだね」

 うぇーっと嫌そうな顔をするシトネ。
 研修には新入生全員が参加するから、この人数で移動となると大変そうだな。
 俺たちがじゃなく、引率の先生たちが。

「各クラスで点呼をとってください! 全員が集まったクラスから出発します!」

 どこからか先生の大きな指示が聞こえてきた。
 指示通り、それぞれのクラスで集まる。
 さすが特待クラスの俺たちは、一番最初に全員が集まって、そのまま校舎裏にある専用トンネルへ向かった。
 校舎の裏にある倉庫の中に、人工的に掘られた穴がある。
 壁や天井は補強されており、左右には明かりもあって視界は良好。

「本当にまっすぐなんだね」
「果てしないな……」

 当たり前だけど先が見えない。
 二時間ただ歩くというのも、それはそれでキツそうだな。
 と思いながら別にやることもなく、他愛もない会話を楽しんでいたら、案外退屈せずに移動時間を過ごせた。
 そして、トンネルを抜けた先には、校舎によく似た建物が森のど真ん中に建っていた。

「ここが特別実習施設グレモーラだ」

 森に囲まれたその施設は、元々軍事施設として建てられたそうだ。
 三十年前まで、この辺りは多数のモンスターが出没する危険地帯だった。
 特に恐ろしかったのは、ドラゴンやワイバーンなど空を飛ぶモンスターが生息していたこと。
 一時期に大量発生して、王都まできた個体も少なくなかったとか。
 その事態に対処するため、このグレモーラは建造された。

「対モンスターの施設だから、校舎より頑丈に作られている。まぁと言っても、今ではモンスターなど出現しないから安心してくれ」
「何だ、モンスターいないのか」
「一人だけガッカリしている人がいるな」
「そのようですね」
「あはははは……」

 シトネの苦笑いが聞こえる。
 モンスターでも出現するなら、良い訓練相手になるかと思ったんだけど。

「いっそドラゴンでも出てくれると嬉しいのにな」
「ぶ、物騒なこと言わないでよリンテンス君」
「そうなったら君が戦ってくれるのか?」
「ああ。久しぶりだけど、中々手強いんだぞ」

 ちょっと思い出すなぁ。
 師匠がいなかった間にこなした冒険者としての依頼の数々。
 一番しんどかったのは、ドラゴンの巣穴から卵を持ち出す依頼だったな。
 研究サンプルにしたいからって内容だったけど、十匹以上に追い回されて肝を冷やしたよ。

「その話あとで聞かせてもらえるか?」
「え?」
「私も聞きたいな~」
「別にいいけどさ」

 それなら道中にすればよかったと思ったけど、二人とも興味津々な様子だったから言わないでおく。
 俺たちが到着してから三十分後。 
 全クラスが揃い、グレモーラの前に集合した。
 特待クラスの先生が今回の研修を取り仕切っているらしく、全員の前で説明を始める。

「ここでの注意事項はすでに把握していると思う。よって今から訓練を開始する」

 さっそくか。
 自然を活かした訓練と聞いているが、一体何からするのだろう。
 隣でシトネがワクワクして尻尾を振っている。

「まず最初に身体を慣らす! 全員で今から伝えるルートを通り、この領地を一周してきてもらうぞ!」
「領地を一周って、どのくらいあるんだ?」
「さすがに僕でもわからないな。ただ単純な広さだけなら、王都と同じくらいだったはずだ」

 王都を一周ぐるりと歩いた場合、大体三時間くらいかかる距離だ。
 それと同じで、尚且つこの大自然となれば、もっと時間がかかるだろう。
 身体慣らしという意味では、確かに悪くない。

「コースは特に険しいルートを選択しておいた。強化魔術の使用は許可するが、それ以外は禁止とする。もし破れば最初からやり直しになるから注意してくれ。それと各クラスごとに目標タイムを設けてある! 特待クラスは一時間以内、そのほかのクラスは二時間以内だ!」

 達成できなかった生徒は、グレモーラの掃除を早朝からしてもらうというペナルティーも付け加えて説明された。
 朝から起きて広い建物を掃除……みんな嫌そうな顔をているな。
 俺は屋敷の掃除を一人でやっているし、綺麗にするのは嫌いじゃないけど。

「一時間か」
「私たちだけ倍の速さでゴールしろってことだね」
「それくらい余裕で出来るだろうってことじゃないか?」
「だろうな」
「なぁグレン、せっかくだし競争しないか?」
「もちろんいいとも! 君との勝負は望むところだ」

 炎魔術を使っていないのに燃えたように熱くなるグレン。
 勝負事が好きなのか、ただの負けず嫌いなのか。
 どっちにしろ、グレンがいてくれると張り合いがあって良い。
 
 先生からコースを教えられる。
 まず、森の中心部にある湖まで直進し、湖の中央を渡る。
 そのまま真っすぐ行くと、かつてドラゴンの巣があったという渓谷に入る。
 渓谷を下って、反対側へ渡ったら、今度は岩山を駆け登っていく。
 後は山を下りて森を大回りすればゴール。
 徒歩で移動すれば、半日はかかる距離らしい。

「は、半日? それって一時間はギリギリなんじゃないかな?」
「大丈夫だろ。妨害があるわけでもないらしいし」
「リンテンス君は良いと思うけどさぁ~」
「シトネも大丈夫だよ」
「本当?」
「ああ。俺が保証する」

 シトネは元々身体能力が高い。
 先祖返りだからというのもあるが、鍛錬を積んできた成果のほうが大きいだろう。
 強化魔術も洗練されているし、このくらいの課題なら余裕だと思う。
 俺がそう言うと、シトネは「そっか~」と言いながらニコッと微笑む。

「リンテンス君が言うなら間違いないね!」
「ああ。もっと自信もって良いと思うぞ」
「うん! じゃあリンテンス君を追い越せるように頑張るよ!」
「おぉ、シトネさんもやる気だね? 一緒に彼に一泡吹かせてやろうじゃないか」
「そうだね! 頑張るぞ~」
「僕も負けないさ」

 なぜか勝手に二人で盛り上がり出した。
 仲良さげに話す様子を見ていると、何だかモヤっとする。
 このモヤモヤの意味はわからないけど、とりあえず本気で引き離そうと決めた。

 準備を進め、スタート地点につく。
 俺は脚に意識を集中して、駆け抜けるルートを目で確認する。
 緑の葉っぱで光が遮られ、昼間だというのに森は薄暗い。
 整備された道とは違うから、迷ったり変な盛り上がりに躓くこともあるだろう。
 足底の感覚と、視覚情報を瞬時に処理して、正しい体の使い方が出来ないと駄目だ。
 こういう環境での訓練に慣れていないと、思わぬ失敗をするかもしれないな。

「全員準備は出来たな? では――はじめ!」
 
 まぁ、俺は普段からやっていることだから問題ないが。

「なっ――」
「速っ!」

 グレンとシトネが二人して驚く。
 いや、彼らだけではなくて、周囲にいた全員……先生も驚いていた。
 俺はただ、力いっぱい地面を蹴って走り抜けただけだ。
 ちょっと目で追えないスピード達しただけなのに、後ろを向けば誰もいない。

「あれ? 速すぎたかな」

 とか言いながら、さっきのモヤモヤの解消にはなってスッキリ。
 一人の独走状態の俺は、森の中を最短ルートで駆け抜ける。
 枝やツルを上手くつかい、一番近くて速い道順を、次へ次へと探っていく。
 早々に森を抜け、湖へと到着した。
 思っていたより大きな湖で、向こう岸まで千メートルくらいある。
 泳いだらさぞ大変だろう。
 そう言う場合は、水面を走れば問題ない。

「冷たっ!」
 
 水面を駆けるコツは、次の脚をとにかく出すこと。
 出し続ければ沈まない。
 単純な理由だ。
 強化魔術で魔力の流れを加速させれば、身体能力も極限まで高められる。
 そういえば、昔よく師匠と競争させられたな。
 大人げなく本気でやるから、俺は一度も勝てなかったけど。

「懐かしいな」

 とつぶやきながら、俺は当然のように水面を駆け抜ける。