リンテンスとグレンの戦いは激しさを増していた。
 そんな二人を見つめる二人。
 特にシトネは、心配そうに見つめている。

「リンテンス君……」

 彼が負けるわけない。
 そう思うことと、心配しないのは別だ。
 加えて相手は強者だとわかる。
 不安が彼女の表情からにじみ出ている。

「心配いりません」
「え?」

 そんな彼女に語りかけるセリカ。
 まっすぐグレンを見つめ、彼女はシトネに言う。

「グレン様は、お優しい方ですから」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「いくよ!」
  
 真紅の炎を剣に纏わせ振るい、渦のように巻いて放つ。
 俺は斜め上に跳んで躱し、思考を回らす。

 さて、ここからどうするか。
 速度はこちらが上。
 隙をつく程度なら容易だが、あの炎の衣を突破できないと意味がない。
 藍雷単体では難しいとなれば、赤雷の最大出力でも通らないだろう。
 緑雷はこの地形じゃ使えないし、そもそも炎相手は相性が悪すぎるしな。
 奥の手もここでは使えない。
 残された手段で、あいつの守りを崩す方法は……ある。
 あとは、どうやって当てるか。

「仕方ない。地道にいくか」

 作戦を頭の中で構築した俺は、グレンの懐へもぐりこむ。
 やはり速度はこちらが勝っている。
 グレンは反応こそできるが、ワンテンポ遅い。
 
「無駄だよ!」

 剣で弾き、炎を放つ。
 俺は余裕をもって躱し、続けて連続で斬りかかる。

「すさまじい剣技だな。受けるのでやっとだよ。でも――」

 連続攻撃の一部は、衣でガードしている。
 残る斬撃は剣で受け、次第にその比率は変化する。

「じき慣れるよ」
「かもな」

 恐るべき対応の速さだ。
 嘘やハッタリではなく、本当に慣れてきている。
 
 ガンッと剣同士がぶつかり合う音がして、鍔迫り合いになる。
 互いの顔がよく見える距離で、俺は彼に問う。

「あのさ。戦えばわかるって言ってたよな?」
「ん? そうだけど?」
「悪いけど全然わからないんだが」
「あれ? そうなの?」
「ああ」
「そうか……ひょっとして君、他人にあんまり興味ないでしょ?」

 ギクッとする。
 図星だったから、反論も出来ない。

「相手によるかな」
「そう。じゃあ、戦いの途中だけど、少しだけ周りに耳を傾けてごらん」
「周り?」
「うん」

 グレンの目配せは、クラスメイト達を示していた。
 鍔迫り合いの最中だが、俺は彼らの声に意識を向ける。
 すると――

「おい……やばいなあいつ。真紅と互角に張り合ってるぞ」
「あ、ああ……あんな熱量前にしたら、普通近寄ることも難しいのに」
「まぐれじゃ……なかったのかも」
「だ、だな」

 てっきり、悪態や罵声が続いていると思っていた。
 予想外の反応を聞いて、少し力が抜けてしまう。

「ほら、聞こえるだろ? 彼らも君を認めつつあるんだよ」
「……なるほど、そういう腹か」

 グレンは微笑む。
 彼は最初から、俺の実力を見せつけようとしていた。
 まぐれではないのだと。
 本物の魔術師であると証明して、彼らの評価を改めさせる。
 そのためだけに挑発して、この戦いを始めたのか。
 
 なんだよそれ。
 
 思わず俺も笑ってしまう。

「お人よしだな」
「ははっ、よく言われるよ」

 やっぱり、あの時の感覚は間違っていなかった。
 こいつは俺たちを見下していない。
 ちゃんと、一人の人として、魔術師として見ている。

「でも勘違いしないでほしい。立役者にはなっても、負け役になるつもりはないから」

 グレンが火力をあげる。
 さっきまでは手加減していたのか。

「全力でいくよ! そして僕が勝つ!」

 爆速で向かってくるグレン。
 最初より速度も上がっている。
 ただし、まだ俺の蒼雷の速度のほうが上だ。
 対応は容易に出来る。
 
「逃がさないよ」

 が、それはあちらも同じこと。
 慣れ始めている。
 俺の速さに、動きに。
 
 俺は地面を蹴り上げ、空高く跳びあがる。
 左手を前に、右手を後ろ。
 それぞれの藍雷を変形させ、左手は弓に、右手は四本の矢に変える。
  
「藍雷――(きゅう)

 四連射。
 矢がグレンに降り注ぐが、これを炎を纏った剣で弾き、炎を消して言う。

「弓も作れるのか! 驚いたけど、子供だましだよ!」

 再び炎を纏わせ、追撃の火炎を放つ。
 俺はぐるっと身をひねって躱し、二刀を生み出して応戦する。
 彼の言う通り、驚きはあっても不意はつけない。
 徐々に……しかし確実に、彼は俺の動きを捉えている。

 そして遂に――

「捉えたよ!」

 彼の反応が俺の動きを捉える。
 はずだった。

「なっ……」

 少なくとも彼の中では、間違いなく捉えていたのだろう。
 しかし、身体はそれに応えない。
 自分の思った通りに身体が動かなくて、魔力のコントロールも乱れている。
 という状態に、彼は陥っていて、自らの身体を見る。

「紫の……雷?」
「色源雷術、紫雷(しらい)

 俺は二刀を下ろし、彼に教える。

「その紫の雷は、対象の魔力の流れを著しく乱す。生物に当てれば肉体の動きを抑制し、魔力コントロールを狂わせる。結界とか術式に流れれば、発動や効果を妨害する」
「いつの間に……どうやって炎の衣を?」

 俺は答えを見せる。
 両手に持った二刀が、僅かに紫雷を帯びていた。

「紫雷は効果こそ優秀だけど、射程が短くて威力も弱い。だからこうして、他の雷撃に混ぜ込んで当てるのさ」

 さらに俺は指をさして言う。

「その剣、耐熱性に優れているみたいだけど、完全じゃないんだろ? だからお前は、定期的に炎を消して熱を冷ましていた。違うか?」
「そうか。剣から流していたんだね?」
「正解だ」
 
 衣に直接流し込む手もあったが、相手は相当な鍛錬を積んだ強者。
 途中で狙いがバレると思って、地道に流し込む方向でいった。
 しゃべっている鍔迫り合いの最中でも、こっそり流していたのに、あいつは気付かなかったな。

「やられたね……魔力の流れが乱れて、維持するのがやっとだ」
「むしろ維持できている時点で凄いんだけどな。まぁでも、その状態なら今度こそ貫けるかな?」

 藍雷を解除し、右手を前に突き出す。
 色源雷術最大出力。

「――赤雷」

 赤い稲妻が、紅蓮の炎を貫く。