視界が真黒く染まった。
いや、一瞬だけは真っ白で、気づけば真っ暗だった。
夜空に光る星のように、小さな光がぽつりぽつりと見える。
「リンテンス! おい聞こえるか!」
俺の名前を呼ぶ声が、かすかに聞こえたような気がする。
だけど今は眠くて、そっと目を閉じた。
パキッ――
何かにひびが入る音がした。
胸が痛い。
全身はもっと痛い。
その音と痛みで目覚めたとき、俺は屋敷のベッドで寝ていた。
「ここは……」
ガタンと扉が開く。
入って来たのは屋敷の使用人。
お盆に何か乗っていたが、確認する前にボトリと落とした。
「坊ちゃま……お目覚めになられたのですね!」
「あ、ああ」
「すぐに旦那様と奥様をお呼びします!」
落とした物など気にせず、使用人は部屋を出て行った。
ひどい慌てようには驚かされる。
というのも、目覚めてすぐの俺は、自分がどうして寝ていたのかわからなかった。
おぼろげに覚えていることを思い出してみる。
「……そうか」
確か任務の途中で、雷に打たれたんだ。
ゴロゴロと音が鳴っていたし、直前までそんな話をしていた記憶がある。
まさか落ちるとは……というより、よく無事だったな。
任務の途中だったし、魔力で肉体を強化していたのが功を奏したのだろう。
そうでなければ今ごろ豚の丸焼きよりこんがり焼かれている。
それにしても、何だろうかこの違和感は……
手や足はよく動く。
肉体的な異常は感じられない。
部屋にある鏡を見て確認しても、ぽっと見では異常は見当たらない。
「髪の色……目も」
いや、見た目の変化はあったようだ。
暗くて見落としていたが、髪と目の色が変わっている。
赤黒かった髪が真っ白になり、ルビーのような赤い瞳も、サファイアのごとく蒼に変化していた。
そして、身体に残った違和感。
あるのは胸の内……いや、右胸の奥。
魔力を生成する起点であり、起源と呼ばれる核がある場所。
「まさか……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
雷撃が俺の身体に与えた影響が、もしもそこに至っているのなら。
漠然とした不安が押し寄せてきて、試さずにはいられない。
俺は右手のひらを広げ、術式を形成し魔力を流す。
いつも通り、当たり前にやってきた動作を反復する。
「リンテンス! 目覚めたのか!」
「良かったわ。一時はどうなることかと……リンテンス?」
「はっ……はははは」
笑ってしまう。
おかしいわけじゃなくて、笑うしかないんだ。
だってそうだろ?
「どうしたんだ? 身体に異常があるのか?」
「異常……しかないよ」
魔力の循環、術式の構築、発動後のコントロール。
何度も練習して、考えなくても出来るようになっていた。
今さら間違えるはずもない。
「使えないんだ」
「え?」
「魔術が……使えない」
「なっ……」
その時に感じた絶望は、俺一人で収まるものではなかった。
異変に気付いた俺は、両親に連れられ王都にある高名な医者を尋ねた。
深夜だったがそこは魔術師家系の名門。
権力とコネを駆使して、誰にも見られないように診断を依頼。
特別な水晶を使った目に見えない異常を確かめてもらった。
「う~ん……」
「どうなんですか? リンテンスの身体に何が!」
「……大変申し上げにくいのですが……」
医者は言葉を詰まらせる。
余程のことなのだろうと、俺を含む全員がごくりと息をのんだ。
それを見た医者は、大きく息を吐いてから言う。
「ふぅ……結論だけ先に申し上げますと、リンテンス君の起源が変化してしまっています」
「なっ、起源が?」
起源とは、魔術師にとっての心臓に近い。
場所は明確にされておらず、形あるものでないが、もっとも重要な器官とされる。
なぜなら起源には、その人が使用できる術式の属性が刻まれているからだ。
魔術師が多彩な属性を使用できるのは、多くの属性が起源に刻まれているから。
一つしか刻まれていない者は、どうあがいても一種しか使えない。
そもそも術式を構築することすら出来ない。
唖然とする両親二人。
医者は眉をひそめて俺に尋ねてくる。
「雷に打たれたと聞きましたが?」
「はい」
「おそらくそれによって、起源が雷属性一種に変質してしまったようですね」
「そ、そんなことがあるんですか?」
信じられないという表情の父上が尋ねた。
医者は悩みながら答える。
「正直私も初めて見ます。ですが、お話を伺う限りそれしか考えられません。現に彼の起源は変わってしまっています」
「じゃ、じゃあ……息子は、雷属性しか使えないということですか?」
「……はい」
十一属性から一属性。
その大きな変化が、俺にとってだけでなく、エメロード家にとってどういう意味を持つのか。
考える必要もないくらい重大な問題だとわかる。
「治す方法はないのですか!」
「……申し訳ありませんが、現在の技術では人の起源に干渉できません。そもそも原理もわからない変化ですので……」
「そ、そんな……」
絶望の音が聞こえた。
音……そう、音だ。
あの時も音が聞こえた。
何かにひびが入ったような音。
あれはたぶん、起源に傷がついたからだ。
いいや、それだけじゃないのだろう。
砕けかけている。
これまで培ってきた自信や自負、両親から向けられる期待。
ガラス細工のように脆くて、ギリギリのバランスで立っていた透明な塔が、バラバラに崩壊していく。
右胸に手を当てて感じられる違和感を、俺は生涯忘れられないだろう。
いや、一瞬だけは真っ白で、気づけば真っ暗だった。
夜空に光る星のように、小さな光がぽつりぽつりと見える。
「リンテンス! おい聞こえるか!」
俺の名前を呼ぶ声が、かすかに聞こえたような気がする。
だけど今は眠くて、そっと目を閉じた。
パキッ――
何かにひびが入る音がした。
胸が痛い。
全身はもっと痛い。
その音と痛みで目覚めたとき、俺は屋敷のベッドで寝ていた。
「ここは……」
ガタンと扉が開く。
入って来たのは屋敷の使用人。
お盆に何か乗っていたが、確認する前にボトリと落とした。
「坊ちゃま……お目覚めになられたのですね!」
「あ、ああ」
「すぐに旦那様と奥様をお呼びします!」
落とした物など気にせず、使用人は部屋を出て行った。
ひどい慌てようには驚かされる。
というのも、目覚めてすぐの俺は、自分がどうして寝ていたのかわからなかった。
おぼろげに覚えていることを思い出してみる。
「……そうか」
確か任務の途中で、雷に打たれたんだ。
ゴロゴロと音が鳴っていたし、直前までそんな話をしていた記憶がある。
まさか落ちるとは……というより、よく無事だったな。
任務の途中だったし、魔力で肉体を強化していたのが功を奏したのだろう。
そうでなければ今ごろ豚の丸焼きよりこんがり焼かれている。
それにしても、何だろうかこの違和感は……
手や足はよく動く。
肉体的な異常は感じられない。
部屋にある鏡を見て確認しても、ぽっと見では異常は見当たらない。
「髪の色……目も」
いや、見た目の変化はあったようだ。
暗くて見落としていたが、髪と目の色が変わっている。
赤黒かった髪が真っ白になり、ルビーのような赤い瞳も、サファイアのごとく蒼に変化していた。
そして、身体に残った違和感。
あるのは胸の内……いや、右胸の奥。
魔力を生成する起点であり、起源と呼ばれる核がある場所。
「まさか……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
雷撃が俺の身体に与えた影響が、もしもそこに至っているのなら。
漠然とした不安が押し寄せてきて、試さずにはいられない。
俺は右手のひらを広げ、術式を形成し魔力を流す。
いつも通り、当たり前にやってきた動作を反復する。
「リンテンス! 目覚めたのか!」
「良かったわ。一時はどうなることかと……リンテンス?」
「はっ……はははは」
笑ってしまう。
おかしいわけじゃなくて、笑うしかないんだ。
だってそうだろ?
「どうしたんだ? 身体に異常があるのか?」
「異常……しかないよ」
魔力の循環、術式の構築、発動後のコントロール。
何度も練習して、考えなくても出来るようになっていた。
今さら間違えるはずもない。
「使えないんだ」
「え?」
「魔術が……使えない」
「なっ……」
その時に感じた絶望は、俺一人で収まるものではなかった。
異変に気付いた俺は、両親に連れられ王都にある高名な医者を尋ねた。
深夜だったがそこは魔術師家系の名門。
権力とコネを駆使して、誰にも見られないように診断を依頼。
特別な水晶を使った目に見えない異常を確かめてもらった。
「う~ん……」
「どうなんですか? リンテンスの身体に何が!」
「……大変申し上げにくいのですが……」
医者は言葉を詰まらせる。
余程のことなのだろうと、俺を含む全員がごくりと息をのんだ。
それを見た医者は、大きく息を吐いてから言う。
「ふぅ……結論だけ先に申し上げますと、リンテンス君の起源が変化してしまっています」
「なっ、起源が?」
起源とは、魔術師にとっての心臓に近い。
場所は明確にされておらず、形あるものでないが、もっとも重要な器官とされる。
なぜなら起源には、その人が使用できる術式の属性が刻まれているからだ。
魔術師が多彩な属性を使用できるのは、多くの属性が起源に刻まれているから。
一つしか刻まれていない者は、どうあがいても一種しか使えない。
そもそも術式を構築することすら出来ない。
唖然とする両親二人。
医者は眉をひそめて俺に尋ねてくる。
「雷に打たれたと聞きましたが?」
「はい」
「おそらくそれによって、起源が雷属性一種に変質してしまったようですね」
「そ、そんなことがあるんですか?」
信じられないという表情の父上が尋ねた。
医者は悩みながら答える。
「正直私も初めて見ます。ですが、お話を伺う限りそれしか考えられません。現に彼の起源は変わってしまっています」
「じゃ、じゃあ……息子は、雷属性しか使えないということですか?」
「……はい」
十一属性から一属性。
その大きな変化が、俺にとってだけでなく、エメロード家にとってどういう意味を持つのか。
考える必要もないくらい重大な問題だとわかる。
「治す方法はないのですか!」
「……申し訳ありませんが、現在の技術では人の起源に干渉できません。そもそも原理もわからない変化ですので……」
「そ、そんな……」
絶望の音が聞こえた。
音……そう、音だ。
あの時も音が聞こえた。
何かにひびが入ったような音。
あれはたぶん、起源に傷がついたからだ。
いいや、それだけじゃないのだろう。
砕けかけている。
これまで培ってきた自信や自負、両親から向けられる期待。
ガラス細工のように脆くて、ギリギリのバランスで立っていた透明な塔が、バラバラに崩壊していく。
右胸に手を当てて感じられる違和感を、俺は生涯忘れられないだろう。