入学式が終わると、各クラスに分かれてオリエンテーションが行われる。
五階建ての校舎の二階が、俺たち新入生の教室が並ぶ階層だ。
特待クラスの教室は、階段を昇ってすぐ右隣りにある。
三十人一クラス。
弧を描くように席が並び、段々上に一つずつ上がっている。
席の指定は特になくて、各々が好きな席へ座った。
俺とシトネは、窓側の一番後ろの席を選んだ。
「いいのか? もっと近いほうが黒板見えやすいぞ」
「大丈夫! 私は目が良いから」
「ああ、そういえばそうだったな」
入学試験でも見せつけられたっけ。
「リンテンス君こそいいの?」
「俺も端っこが良いんだ」
この位置なら、嫌な視線も少ないだろうしな。
席は四十あって、四つが並んでいる。
俺の隣は空いているが、たぶん誰も座って来ないだろう。
そう思っていたのだが……
「隣いいかな?」
そいつは平然と声をかけてきた。
燃えるような赤い髪は、近くで見るほど濃くて重たい。
「グレン・ボルフステン」
「ああ。君はリンテンス・エメロードだね?」
「そうだけど?」
まさか彼から話しかけてくるとは予想外だった。
周りの空気がぴりつく。
シトネも俺の横で隠れるように、じっと身を潜めている。
名家同士とは言え、面識はなかったはずだが。
「それでいいかな?」
「別に構わないよ」
「ありがとう。では失礼するよ」
そう言って彼は俺の隣に座った。
もう一人、銀色の髪の女の子が彼の隣に座る。
師匠に似た髪色だけど、こっちは氷のように冷たい感じがする。
「ああ、彼女かい? 彼女はセリカ、僕の専属メイドで、同じクラスメイトだ」
「メイド?」
「初めましてリンテンス様。セリカ・ブラントと申します。以後お見知りおきを」
「どうも」
丁寧なあいさつだが、どこか無機質で、感情がこもっていない。
続けてグレンの視線は、俺の横にいるシトネに向く。
シトネもそれに気づいて、びくっと大げさに反応した。
「そちらは、シトネさんだったかな?」
「は、はい!」
「そう畏まらないでくれ。ここでは貴族の位も関係ないから」
「……わ、わかりました」
と言いながら、緊張はまったく取れていない。
グレンからは貴族らしい風格も感じられて、シトネには神々しく見えるのかも。
俺も一応貴族だが、出会い方があれだったし、随分と反応が違うな。
「僕のことはグレンでいいよ」
「そうか。じゃあ俺もリンテンスでいいよ」
「了解だ。これからよろしく頼むよ」
グレンは俺に握手を求めてきた。
名門貴族の嫡男であれば、俺に対しての偏見は大きいだろう。
と、勝手に思い込んでいたが、どうやら彼は違うようだ。
ほっとした気持ちが半分と、申し訳なさが半分混ざり合う。
「ああ」
彼とは仲良くなれそうだな。
そう感じながら、俺は彼の手を取ろうとする。
が、途中で気付いた。
彼ではない。
周囲から俺に向けられる敵意の視線。
言葉にはしていなくとも、彼に対して馴れ馴れしく、対等のように話していることが気に入らない。
そう言っているような視線が刺さって、俺は途中で手を止めた。
「こちらこそよろしく」
すまないとは思っている。
だが、これ以上余計な心配事は増やしたくない。
前みたいに夜道を襲われたら面倒だからな。
チラッと見えた彼の顔は、少し寂しそうにも見えた。
そして時間が過ぎ、オリエンテーションが始まる。
「担任のガラドだ。今日から一年間、このクラスを受け持つことになった。皆、よろしく頼む」
担任からの挨拶が淡々と終わり、続けて生徒の自己紹介に移る。
順番は入学試験の成績順だと言われ、最初にグレンが立ち上がった。
「皆さんこんにちは、グレン・ボルフステンです。三年間、共に競い合い、高め合いましょう」
彼は端的に済ませたようだ。
パチパチと温かい拍手が響く。
続けて名前を呼ばれたのは、次席である俺だった。
「リンテンス・エメロードです。よろしくお願いします」
「あいつが落ちこぼれの……」
「ああ、雷属性しか使えないんだろ?」
ぼそぼそと噂を口にするクラスメイトたち。
拍手こそ起こったが、グレンのときとはえらい差だな。
仕方ないことだが、俺はもう慣れている。
そう、俺は良いんだ。
でも――
「シトネです。色々と初めてのことで緊張していますが、どうぞよろしくお願いします!」
彼女の元気な挨拶にも、チラホラ心無い言葉が聞こえてくる。
わかっていたことだ。
彼女自身も覚悟していただろう。
だが、それでも悲しいことは変わらない。
聞いている俺も……不快だな。
自己紹介が終わり、注意事項が話された。
登校初日は午前中で終わる。
正午前に自由行動を言い渡され、俺たちは一息つく。
「まだ時間があるな。シトネはどうする?」
「う~ん、ちょっと校舎を見て回りたいかな? でもあんまり遅くなるとさ」
「ああ」
また師匠がブーブー言いそうだ。
ただ、一時間くらいの余裕はあるし、簡単に見て回るなら大丈夫だろう。
「あれが次席って冗談だろ?」
「だよな。絶対何か不正を働いたんじゃないか? エメロード家って一応は名家だしさ」
「お金の力? 汚いな~」
「さすが名門貴族の落ちこぼれ」
教室を出ようと立ち上がったとき、俺に向けられた視線と言葉に立ち止まる。
先生がいなくなった途端にこれだ。
やれやれ、本当にどうしようもないな。
「リンテンス君」
「気にするな」
相手にするだけ損だ。
無視して教室の出口へ向かう。
「獣臭そうな従者までつれてるしよ~」
「だな。趣味も気持ち悪いとか終わってるぜ」
ピタリと、足を止める。
俺のことは良い。
どう言われようと、もう慣れてしまっている。
だがな?
シトネのことを知らない連中が、彼女を悪く言うなよ。
「やめないか」
怒りと共に振り返る。
そんな俺の視界に、グレンの姿が飛び込む。
五階建ての校舎の二階が、俺たち新入生の教室が並ぶ階層だ。
特待クラスの教室は、階段を昇ってすぐ右隣りにある。
三十人一クラス。
弧を描くように席が並び、段々上に一つずつ上がっている。
席の指定は特になくて、各々が好きな席へ座った。
俺とシトネは、窓側の一番後ろの席を選んだ。
「いいのか? もっと近いほうが黒板見えやすいぞ」
「大丈夫! 私は目が良いから」
「ああ、そういえばそうだったな」
入学試験でも見せつけられたっけ。
「リンテンス君こそいいの?」
「俺も端っこが良いんだ」
この位置なら、嫌な視線も少ないだろうしな。
席は四十あって、四つが並んでいる。
俺の隣は空いているが、たぶん誰も座って来ないだろう。
そう思っていたのだが……
「隣いいかな?」
そいつは平然と声をかけてきた。
燃えるような赤い髪は、近くで見るほど濃くて重たい。
「グレン・ボルフステン」
「ああ。君はリンテンス・エメロードだね?」
「そうだけど?」
まさか彼から話しかけてくるとは予想外だった。
周りの空気がぴりつく。
シトネも俺の横で隠れるように、じっと身を潜めている。
名家同士とは言え、面識はなかったはずだが。
「それでいいかな?」
「別に構わないよ」
「ありがとう。では失礼するよ」
そう言って彼は俺の隣に座った。
もう一人、銀色の髪の女の子が彼の隣に座る。
師匠に似た髪色だけど、こっちは氷のように冷たい感じがする。
「ああ、彼女かい? 彼女はセリカ、僕の専属メイドで、同じクラスメイトだ」
「メイド?」
「初めましてリンテンス様。セリカ・ブラントと申します。以後お見知りおきを」
「どうも」
丁寧なあいさつだが、どこか無機質で、感情がこもっていない。
続けてグレンの視線は、俺の横にいるシトネに向く。
シトネもそれに気づいて、びくっと大げさに反応した。
「そちらは、シトネさんだったかな?」
「は、はい!」
「そう畏まらないでくれ。ここでは貴族の位も関係ないから」
「……わ、わかりました」
と言いながら、緊張はまったく取れていない。
グレンからは貴族らしい風格も感じられて、シトネには神々しく見えるのかも。
俺も一応貴族だが、出会い方があれだったし、随分と反応が違うな。
「僕のことはグレンでいいよ」
「そうか。じゃあ俺もリンテンスでいいよ」
「了解だ。これからよろしく頼むよ」
グレンは俺に握手を求めてきた。
名門貴族の嫡男であれば、俺に対しての偏見は大きいだろう。
と、勝手に思い込んでいたが、どうやら彼は違うようだ。
ほっとした気持ちが半分と、申し訳なさが半分混ざり合う。
「ああ」
彼とは仲良くなれそうだな。
そう感じながら、俺は彼の手を取ろうとする。
が、途中で気付いた。
彼ではない。
周囲から俺に向けられる敵意の視線。
言葉にはしていなくとも、彼に対して馴れ馴れしく、対等のように話していることが気に入らない。
そう言っているような視線が刺さって、俺は途中で手を止めた。
「こちらこそよろしく」
すまないとは思っている。
だが、これ以上余計な心配事は増やしたくない。
前みたいに夜道を襲われたら面倒だからな。
チラッと見えた彼の顔は、少し寂しそうにも見えた。
そして時間が過ぎ、オリエンテーションが始まる。
「担任のガラドだ。今日から一年間、このクラスを受け持つことになった。皆、よろしく頼む」
担任からの挨拶が淡々と終わり、続けて生徒の自己紹介に移る。
順番は入学試験の成績順だと言われ、最初にグレンが立ち上がった。
「皆さんこんにちは、グレン・ボルフステンです。三年間、共に競い合い、高め合いましょう」
彼は端的に済ませたようだ。
パチパチと温かい拍手が響く。
続けて名前を呼ばれたのは、次席である俺だった。
「リンテンス・エメロードです。よろしくお願いします」
「あいつが落ちこぼれの……」
「ああ、雷属性しか使えないんだろ?」
ぼそぼそと噂を口にするクラスメイトたち。
拍手こそ起こったが、グレンのときとはえらい差だな。
仕方ないことだが、俺はもう慣れている。
そう、俺は良いんだ。
でも――
「シトネです。色々と初めてのことで緊張していますが、どうぞよろしくお願いします!」
彼女の元気な挨拶にも、チラホラ心無い言葉が聞こえてくる。
わかっていたことだ。
彼女自身も覚悟していただろう。
だが、それでも悲しいことは変わらない。
聞いている俺も……不快だな。
自己紹介が終わり、注意事項が話された。
登校初日は午前中で終わる。
正午前に自由行動を言い渡され、俺たちは一息つく。
「まだ時間があるな。シトネはどうする?」
「う~ん、ちょっと校舎を見て回りたいかな? でもあんまり遅くなるとさ」
「ああ」
また師匠がブーブー言いそうだ。
ただ、一時間くらいの余裕はあるし、簡単に見て回るなら大丈夫だろう。
「あれが次席って冗談だろ?」
「だよな。絶対何か不正を働いたんじゃないか? エメロード家って一応は名家だしさ」
「お金の力? 汚いな~」
「さすが名門貴族の落ちこぼれ」
教室を出ようと立ち上がったとき、俺に向けられた視線と言葉に立ち止まる。
先生がいなくなった途端にこれだ。
やれやれ、本当にどうしようもないな。
「リンテンス君」
「気にするな」
相手にするだけ損だ。
無視して教室の出口へ向かう。
「獣臭そうな従者までつれてるしよ~」
「だな。趣味も気持ち悪いとか終わってるぜ」
ピタリと、足を止める。
俺のことは良い。
どう言われようと、もう慣れてしまっている。
だがな?
シトネのことを知らない連中が、彼女を悪く言うなよ。
「やめないか」
怒りと共に振り返る。
そんな俺の視界に、グレンの姿が飛び込む。