入学式の一週間前。
 俺は普段通りの時間に起きて朝食をとり、午前中は日課の自主トレーニングに励んでいた。
 すると、玄関側からヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえる。
 誰か来たのかと思い、玄関側に回ってみると、一台の馬車が停まっていた。
 チラッと、黄色いふさふさの尻尾が見える。

「ただいま! リンテンス君!」
「おかえり、シトネ」

 馬車に乗っていたのはシトネだった。
 合格発表の日に、彼女は荷物整理をするため生まれ故郷の村に戻っていたが、無事に戻ってこられたようだ。
 彼女はぴょんと馬車から飛び降りて、俺の所まで駆け寄ってくる。

「元気だった?」
「見ての通り。そっちは?」
「私も元気だよ!」
「なら良かった。思ったより早かったね」

 予想では入学の三日前くらいに戻ってくるものだろうと思っていた。
 何の根拠もない予想だけど、引っ越しとなれば準備にそれなりの時間がかかるのかと。

 シトネはちょっと恥ずかしそうに笑い、ちょんちょんと頬に手を当てながら、満面の笑みを見せて言う。

「えっへへ~ 早くリンテンス君に会いたくて、急いで準備してきたんだ!」

 その笑顔に、思わずドキっとしてしまう。
 前々から感じていたけど、シトネはこういうことをストレートに言うから、いろんな意味で心臓に悪いな。
 いや、めちゃくちゃ嬉しいのだけど。

「ありがとう。俺も会いたかったよ」
「本当?」
「ああ」
「そっか~ えへへ~」

 ニタニタと嬉しそうに笑うシトネ。
 微笑ましくも恥じらいのある表情を見ながら、俺もほっとしたように息をつく。

「おやおや、再会早々イチャつくなんて、見せびらかせてくれるじゃーないか」
「うっ、師匠……」
「アルフォース様! ただいま戻りました!」

 いつの間にやら師匠が後ろに立っていた。
 俺が気付けないってことは、隠ぺいと気配遮断の魔術でも使っていたのか。
 聖域者の力をこんな場面で使わないでほしいよ。

「やぁ、シトネちゃん。無事にここまで戻ってこられたようで安心したよ。道中危険はなかったかい?」
「はい! ぜーんぜん平気でした。王都の周りは平和ですね」
「いやいや最近はそうでもないさ。ついこの間も、どこかの誰かさんが街で暗殺者に狙われたようだし」
「そ、そうなんですか? その人は大丈夫だったのかな」

 その人は彼女の隣に立っているのだが……

「安心したまえ。暗殺者を返り討ちにしてピンピンしているよ」
「返り討ち? 凄いですね! どんな人なのかな~」

 だから……いや、あえて説明することでもないか。
 褒められているはずなのに、何だか全然嬉しくもないし。
 師匠も面白がっているな。

「やれやれ」

 また賑やかな毎日が始まる。
 そう思うとちょっぴり嬉しくて、二人に見えないように笑った。

 そして――

「どう? 制服似合ってるかな?」
「ああ」
「やった! リンテンス君も良い感じだね」
「ありがと」

 支給された制服に着替えて、俺とシトネは屋敷の玄関に集まっていた。
 そこへ師匠がやってきて言う。

「二人とも忘れ物はないかい?」
「はい!」
「大丈夫ですよ」
「そうかそうか! これで君たちも、晴れて魔術学校の一年生だね」

 サルマーニュ魔術学校。
 その入学式が今日、これから行われる。
 初めて着た制服は、どちらかというと着せられている感じが凄い。
 何だか落ち着かないが、じきに慣れるだろう。
 
「じゃあ師匠、昼過ぎには帰ってくると思うので」
「ああ、いってらっしゃい」
「「行ってきます」」

 師匠と屋敷にあいさつをして、俺たちは魔術学校へと向かった。
 ソワソワしたり、ワクワクしたり。
 せわしない様子のシトネが隣にいて、こっちにも緊張が伝わってくる。
 道中、校舎へ近づくにつれ、徐々に同じ制服の人たちが増えてきた。
 皆、俺たちと同じ新入生だろう。
 ちなみに、胸に黄金のバッチを付けている生徒は、特待クラスに属する生徒だ。
 俺もシトネもつけていて、光の反射で光るから目立つ。

「ま、また見られてるよぉ」
「はははっ、これにも慣れないとな」

 これから三年間。
 俺とシトネは色々な意味で注目されるだろうからな。
 
 入学式が行われるのは闘技場だ。
 百五十人に加え、在校生徒の三百人弱と、教員や一部保護者も参列している。
 さらにはこの国のトップである陛下も、特等席からご観覧されているそうだ。

「き、緊張するね」
「そうか? 俺たちには役目もないし、気楽だと思うけど」
「う~ん……でもやっぱり緊張する」

 シトネは尻尾を小さく揺らしてそう言った。
 人混みの中にいることも、彼女にとってはストレスなのかもしれない。
 とは言え、本当に立って話を聞いているだけだから、俺たちは気楽なものだ。
 大変なのは主席に選ばれた生徒。
 新入生代表としてあいさつをしなくちゃならない。

「続いて新入生代表挨拶。新入生代表――グレン・ボルフステン君」
「はい!」

 ちょうど代表挨拶の時間になったらしい。
 豪華に用意された壇上へ上がったのは、燃えるような赤い髪の美男子。
 彼こそ入学試験を首席で合格した生徒であり、名家ボルフステン家の嫡男。
 聖域者を目指す俺にとって、最大のライバルになり得る生徒だ。

 淡々と定型文を読み上げていく。
 堂々とした立ち振る舞いは、さすが名門貴族と言える。

「最後に、私と同じく入学した皆さん。共に学び、競い合い、魔術師の頂である聖域者を目指しましょう。仲間として、ライバルとして」

 ん?
 今、彼が俺を見たように思う。
 パチパチと拍手が聞こえる中で、確かに目が合った。