ずっと感じていた。
昨日、シトネと王都の街を回っていた時からだ。
多くの視線の中にポツリポツリと、気味が悪い視線が混ざっていた。
悪意や敵とも異なる。
無機質で、不透明な感情の視線……その中に潜む僅かな殺気を、俺は感じ取っていた。
「もちろん確信はなかったけどな。当たったみたいで良かったよ」
「……どうやって見抜いた?」
「気づいたのは俺だけど、見つけたのは俺じゃない。俺の師匠は目が良くてね? 盗み見しているのが、自分たちだけだと思ったら大間違いだぞ」
俺とシトネの様子を、師匠は千里眼で見ていた。
理由はまったく別のことだったけど、偶然にもそのお陰で、怪しいこいつらを発見出来たわけだ。
そう言う意味では、師匠の盗み見も悪く言えないな。
やれやれ。
「あーちなみに、今の話をしているなら答えはこれだ」
バチバチ。
俺は纏っている電撃を見せて言う。
「生体電気。音や気配を消していても、身体の中を流れる電気は誤魔化せない。俺はそういう微弱な電気の流れがわかるんだよ」
「なるほど……参考になった」
暗殺者は武器を構える。
「参考ねぇ~ 残念ながらそれを生かす機会は、金輪際訪れない」
俺も拳を握り、戦闘態勢をとる。
敵は暗殺者三人。
三人とも結構な手練れだ。
気配の誤魔化し方、身のこなしや雰囲気。
もしも襲われたのが俺じゃなければ、殺されていただろうな。
トン――と音はしない。
三人は音を置き去りにする速度で動き、刃を俺の喉元へ振るう。
が、これはかすりもしない。
彼らの視界から俺は消え、続けて二人が倒れる。
「ぐほっ!」
「うっ!」
「――また躱しただと!?」
「当たり前だろ? 俺のほうが速いんだからな」
色源雷術――蒼雷。
俺が纏っている蒼い雷は、俺が新たに編み出した魔術の一つ。
いわば強化魔術の一種で、蒼雷を発動している間、身体能力が爆発的に高まる。
肉体強度はもちろん、五感も研ぎ澄まされ、あらゆる状況への対応力が向上する。
従来の強化魔術と併用すれば、拳でドラゴンと殴り合えるほどだ。
後ずさる暗殺者。
俺は再び構えを取り、纏った雷を光速で巡らせる。
そして、蒼雷発動中の速度はまさに――
「くっ……」
「逃がさない」
雷のごとし!
「っ……おぁ」
「恨むなら、お前たちを雇ったあいつを恨んでくれ」
俺の拳が暗殺者の鳩尾を抉り、血反吐を吐いて倒れ込む。
静かに、あっけなく戦いは終わった。
「ふぅ、これで一安心……ってわけにもいかないか」
暗殺は失敗しても、雇い主をどうにかしないとな。
一応目星はついているとはいえ、相手は貴族だ。
下手に動くと、逆にこっちが不利になるかもしれない。
ここは慎重に、慎重にどうしようか。
確実な証拠は最低限必要だとして、あとは俺の発言を聞いてくれるかどうか。
「こいつらから情報を読み取る魔術が使えたらな~」
「なればその役、ワシが請け負おうか」
「えっ……あなたは――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある貴族の屋敷。
夜遅いというのに一室だけ明かりがついている。
といっても小さな明かりだ。
机一つを照らせる程度の弱々しい明かり。
その中に一人、ニヤニヤと笑う男がいた。
トントントン――
「ん? こんな時間に誰だ?」
彼は徐に立ち上がり、扉の前へと歩み寄る。
道中に大きいほうの明かりをつけて、扉を開ける。
「父上?」
扉の前では、彼の父親が立っていた。
険しい表情で彼を見つめている。
そして、彼は父親の後ろにもう一人の姿を見る。
その瞬間、彼は動揺し三歩下がった。
「こんばんは」
「な、なぜお前がここにいる!」
「なぜ……か。いろんな意味を含んでいそうな問いだな。一先ず今は、さっきはお世話になりました、とだけ答えておこう」
「……何の話だ?」
「わかっている癖に」
「何の話かさっぱりわからないな。それよりこんな夜遅くに貴族の屋敷を尋ねてくるなんて、無礼じゃないか?」
彼はしらを切ろうとする。
知らぬ存ぜずを通せば誤魔化せると思っているのだろう。
「ルフス」
父親が彼の名を呼んだ。
ピリッとした空気が立ち込める中、父親は彼に言う。
「お前が彼に……暗殺者を仕向けたのだな?」
「なっ、何を言っているのですか父上。この僕がそんなことをするはずないじゃないですか! まさか、そこの男の意見に耳を傾けたとでも? 証拠も何もないというのに」
「……」
父親は黙り込む。
悲しそうに目を瞑り、後ろへと振り向く。
「証拠ならあるさ。暗殺者の記憶から、依頼のやり取りまでのぞかせてもらったよ」
「は? ありえないな。君は雷魔術しか使えないだろう?」
「ああ、だから俺じゃない」
俺の後ろから一人、
白く長い髭を生やした老人がやってくる。
彼はその老人を見た途端、顔色を変え、目を丸くする。
「記憶を読み取ったのはワシじゃよ」
「な……ナベリウス学校長!? なぜ貴方がここに!」
「なに、彼とは縁があってのう。それよりルフス君、ワシはとても残念じゃよ。君の合格は取り消させてもらおう」
「っ……待ってください!」
「ならん」
学校長はハッキリと、力強い言葉で言う。
「君は人を殺めようとした。それも他人の手を借り、自らは手を汚さない方法でじゃ。これより君は罪人として処罰される」
「そ、そんな……」
「悔い改めよ。自らの行いを見つめ、反省し、これからの償いに活かしなさい」
学校長のありがたい言葉は、たぶん彼には届いていない。
あるのは純粋な絶望だけだ。
でも、全然不憫には思わない。
強いて一つ謝ることがあるとすれば……
ごめんな。
お前の名前……今初めて知ったよ。
昨日、シトネと王都の街を回っていた時からだ。
多くの視線の中にポツリポツリと、気味が悪い視線が混ざっていた。
悪意や敵とも異なる。
無機質で、不透明な感情の視線……その中に潜む僅かな殺気を、俺は感じ取っていた。
「もちろん確信はなかったけどな。当たったみたいで良かったよ」
「……どうやって見抜いた?」
「気づいたのは俺だけど、見つけたのは俺じゃない。俺の師匠は目が良くてね? 盗み見しているのが、自分たちだけだと思ったら大間違いだぞ」
俺とシトネの様子を、師匠は千里眼で見ていた。
理由はまったく別のことだったけど、偶然にもそのお陰で、怪しいこいつらを発見出来たわけだ。
そう言う意味では、師匠の盗み見も悪く言えないな。
やれやれ。
「あーちなみに、今の話をしているなら答えはこれだ」
バチバチ。
俺は纏っている電撃を見せて言う。
「生体電気。音や気配を消していても、身体の中を流れる電気は誤魔化せない。俺はそういう微弱な電気の流れがわかるんだよ」
「なるほど……参考になった」
暗殺者は武器を構える。
「参考ねぇ~ 残念ながらそれを生かす機会は、金輪際訪れない」
俺も拳を握り、戦闘態勢をとる。
敵は暗殺者三人。
三人とも結構な手練れだ。
気配の誤魔化し方、身のこなしや雰囲気。
もしも襲われたのが俺じゃなければ、殺されていただろうな。
トン――と音はしない。
三人は音を置き去りにする速度で動き、刃を俺の喉元へ振るう。
が、これはかすりもしない。
彼らの視界から俺は消え、続けて二人が倒れる。
「ぐほっ!」
「うっ!」
「――また躱しただと!?」
「当たり前だろ? 俺のほうが速いんだからな」
色源雷術――蒼雷。
俺が纏っている蒼い雷は、俺が新たに編み出した魔術の一つ。
いわば強化魔術の一種で、蒼雷を発動している間、身体能力が爆発的に高まる。
肉体強度はもちろん、五感も研ぎ澄まされ、あらゆる状況への対応力が向上する。
従来の強化魔術と併用すれば、拳でドラゴンと殴り合えるほどだ。
後ずさる暗殺者。
俺は再び構えを取り、纏った雷を光速で巡らせる。
そして、蒼雷発動中の速度はまさに――
「くっ……」
「逃がさない」
雷のごとし!
「っ……おぁ」
「恨むなら、お前たちを雇ったあいつを恨んでくれ」
俺の拳が暗殺者の鳩尾を抉り、血反吐を吐いて倒れ込む。
静かに、あっけなく戦いは終わった。
「ふぅ、これで一安心……ってわけにもいかないか」
暗殺は失敗しても、雇い主をどうにかしないとな。
一応目星はついているとはいえ、相手は貴族だ。
下手に動くと、逆にこっちが不利になるかもしれない。
ここは慎重に、慎重にどうしようか。
確実な証拠は最低限必要だとして、あとは俺の発言を聞いてくれるかどうか。
「こいつらから情報を読み取る魔術が使えたらな~」
「なればその役、ワシが請け負おうか」
「えっ……あなたは――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある貴族の屋敷。
夜遅いというのに一室だけ明かりがついている。
といっても小さな明かりだ。
机一つを照らせる程度の弱々しい明かり。
その中に一人、ニヤニヤと笑う男がいた。
トントントン――
「ん? こんな時間に誰だ?」
彼は徐に立ち上がり、扉の前へと歩み寄る。
道中に大きいほうの明かりをつけて、扉を開ける。
「父上?」
扉の前では、彼の父親が立っていた。
険しい表情で彼を見つめている。
そして、彼は父親の後ろにもう一人の姿を見る。
その瞬間、彼は動揺し三歩下がった。
「こんばんは」
「な、なぜお前がここにいる!」
「なぜ……か。いろんな意味を含んでいそうな問いだな。一先ず今は、さっきはお世話になりました、とだけ答えておこう」
「……何の話だ?」
「わかっている癖に」
「何の話かさっぱりわからないな。それよりこんな夜遅くに貴族の屋敷を尋ねてくるなんて、無礼じゃないか?」
彼はしらを切ろうとする。
知らぬ存ぜずを通せば誤魔化せると思っているのだろう。
「ルフス」
父親が彼の名を呼んだ。
ピリッとした空気が立ち込める中、父親は彼に言う。
「お前が彼に……暗殺者を仕向けたのだな?」
「なっ、何を言っているのですか父上。この僕がそんなことをするはずないじゃないですか! まさか、そこの男の意見に耳を傾けたとでも? 証拠も何もないというのに」
「……」
父親は黙り込む。
悲しそうに目を瞑り、後ろへと振り向く。
「証拠ならあるさ。暗殺者の記憶から、依頼のやり取りまでのぞかせてもらったよ」
「は? ありえないな。君は雷魔術しか使えないだろう?」
「ああ、だから俺じゃない」
俺の後ろから一人、
白く長い髭を生やした老人がやってくる。
彼はその老人を見た途端、顔色を変え、目を丸くする。
「記憶を読み取ったのはワシじゃよ」
「な……ナベリウス学校長!? なぜ貴方がここに!」
「なに、彼とは縁があってのう。それよりルフス君、ワシはとても残念じゃよ。君の合格は取り消させてもらおう」
「っ……待ってください!」
「ならん」
学校長はハッキリと、力強い言葉で言う。
「君は人を殺めようとした。それも他人の手を借り、自らは手を汚さない方法でじゃ。これより君は罪人として処罰される」
「そ、そんな……」
「悔い改めよ。自らの行いを見つめ、反省し、これからの償いに活かしなさい」
学校長のありがたい言葉は、たぶん彼には届いていない。
あるのは純粋な絶望だけだ。
でも、全然不憫には思わない。
強いて一つ謝ることがあるとすれば……
ごめんな。
お前の名前……今初めて知ったよ。