深き森の中。
 暴れまわる大量の魔物たち。
 それに立ち向かう魔術師二人は、数に押されて苦戦を強いられていた。

「くそっ! 数が多すぎる」
「予想以上だな。一時撤退するか?」
「馬鹿を言うな。ここで引いたら村まで行くぞ」
「ちっ……とは言え、我々だけでは対処しきれんぞ。増援を呼んだのはついさっきだ。支部から急いで来ても十分以上かかる」

 話している二人ににじり寄る魔物の群れ。
 一歩一歩と後ずさりながら、刺激しないように注意を払う。
 額から頬にかけて流れる汗がポツリと落ちた時、魔物たちが一斉に襲い掛かる。

「くっ……」

 もう駄目か。
 脳裏によぎったあきらめの気持ちを、天から降った氷の柱が貫く。

「こ、この魔術は……」
「無事ですか?」

 空から聞こえた声にひかれ、二人が同時に見上げる。
 空気を踏みしめるように立っていたのは、マントを靡かせている俺だ。

「リンテンス君か!」
「増援に来ました。お二人とも伏せてください!」
「あ、ああ!」

 ここは森の中。
 二人と魔物たちの距離も近い。
 広範囲の魔術は二人を巻き込んでしまう。
 ならばコンパクトかつ一撃で、全ての魔物を貫く。

「降れ! 氷の雨よ!」

 最初に降らせた氷の柱と同系統の魔術。
 今度は細く短くして、魔物一匹一匹を正確に貫ていく。
 さながら雨にように降り注ぐつららは、魔物を次々と串刺しにしていった。

「お、おぉ……」
「これが神童の力か」
 
 驚き呆然とする二人の前に、俺はゆっくりと降り立つ。

「無事で何よりです」

 ニコリと微笑んで二人の身体を見る。
 怪我はしていないみたいだし、治療の必要性もなさそうだ。

「ありがとうリンテンス君、助かったよ」
「しかしよくこの短時間で来れたね。君は確か本部にいるはずではなかったかい?」
「はい。ですが支部への救援要請はこちらにも届いていましたから。私は転移魔術が使えますし」
「そうだったな。いやーそれにしても驚いた。訓練では何度か見せてもらったが、実際に戦うとこれほどとは」
「私なんてまだまだです」
「謙遜する必要はないよ。あの大群を一瞬で倒してしまうんだから。むしろ誇って良いと思う」

 べた褒めする二人。
 彼らは王国の魔術師団に属する魔術師。
 サルバーレ王国におけるプロ魔術師のライセンスを持った者だけが入れるエリートだ。
 十歳になった俺は、父上の計らいで師団の訓練や任務に混ざらせてもらっている。
 特例中の特例らしく、父上も大変苦労したとか。
 お陰でさらなる魔術の特訓が出来ているし、父上には感謝してもしたりない。

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「聞いたぞリンテンス。また大活躍だったようだな」
「いえ、大したことはしていませんよ」
「はっはっは! 魔物の大群を退けたことを、大したことでないというか。さすが我が息子は大物だな」

 楽しそうに笑う父上。
 食卓を囲むと、いつも笑って俺の自慢をしてくれる。
 恥ずかしいのは変わらないけど、やっぱり褒められるのは好きだ。
 次もまた頑張ろうと思える。

「五年後の入学が楽しみね」
「ああ。まず間違いなく特待クラスに配属されるだろう」
「同年代の子も不憫ね。リンテンスと比べられたら、みんな劣っているように見えるもの」
「それは仕方がないさ。十以上の属性を扱える魔術師など、師団でもいないのだからな」

 父上が属性と言う単語を口にした。
 魔術には属性がある。
 炎、水、雷、風、大地の五大属性を基本とし、それ以外の特殊属性を含めると、全部で二十七の属性が存在するそうだ。
 大抵の魔術師は、この中の一部しか扱えない。
 一つは当たり前、二つ持っていれば上々、三つ以上なら天才と言われるレベル。
 魔術師の家系であるなら、最低でも三つ以上の属性は有していなくてはならない。
 そんな中で俺は、十一の属性を扱うことが出来た。
 どれだけ凄いことなのか、幼い俺でも理解できるほどだ。

「まず間違いなく聖域者になれる! 歴史に名を残すのは確実だな!」
「ええ。リンテンスは私たちの誇りね」

 二人は俺のことを褒めてくれる。
 過度な期待にも聞こえるけど、不思議とプレッシャーには感じていない。
 屋敷での好待遇や周囲の人たちの気遣い。
 どれも紳士的で、普通じゃ味わえないような優越感。
 十歳になっても子供で、俺はそういう雰囲気に酔っていたんだ。

 だけど、そんな日々は突然終わってしまう。

 それは一年に一度来るレベルの大嵐に見舞われたとき。
 俺は師団の手伝いで任務に出ていた。

「すごい雨だな……一旦引き返すぞ、リンテンス」
「はい!」

 出発した頃は一滴も降っていなかったのに……
 任務地へついてすぐ豪雨に見舞われ、やむなく駐屯地へ戻ることに。
 雨と風で前もよく見えない。
 普段なら飛行魔術で戻る所だけど、これだけ視界が悪く気候が荒いと、飛んで移動するのはリスキーだ。
 加えて空はゴロゴロと音を出し、雷がぴかっと光る。

「おっ、近くに落ちたな」
「さすがに怖いですね」
「だな。まぁでも、ここに落ちることはないだろ」

 彼の言う通り、雷が人に落ちる確率は極めて低い。
 周りには自分より背の高い木々もたくさんあるし、落ちたとしても自分じゃない。
 そう思っていた俺に――

 ピカッ!

 雷鳴が響き渡り、一筋の光が下る。