「これにて全行程は終了いたしました。受験者の皆様は速やかに試験会場から退室してください」

 闘技場にアナウンスが流れた。
 八時半から始まった入学試験は、十五時半をもって終了となる。
 合格者の発表は一週間後の正午。
 魔術学校の門前にでかく張り出される予定だ。
 それまで受験者は、合格しているかソワソワしながら待つことになる。
 ちなみに遠方から来ている者は、王都で宿を取って一週間を過ごす者が多い。

「終わったねー」
「ああ」

 ぐぐっと俺は背伸びをした。
 最後の実戦試験が予想より大変で、身体に疲れを感じる。
 ゾロゾロと帰宅する受験者たちを見ながら、自分も早く帰りたいと思ったが、ふとシトネはどうするのかが気になる。

「シトネはどうするんだ? 一旦戻るのか?」
「ううん。合格発表までは王都に残るつもりだよ。私の村までけっこう距離もあるしね」
「ふぅん、宿は?」
「あっ……」

 シトネがぴたりと止まる。
 予想通り、宿泊のための宿はとっていないらしい。
 あれだけ慌てていれば、当たり前だろうけど。

「わ、忘れてたよ。今から安い所を探しにいかなきゃ」
「たぶんもう空いてないぞ」
「えっ、そうなの?」
「そりゃそうだろ。今の時期は他の受験者だって宿泊するし、安い所なんて間違いなく満室だよ」
「そ、そうなんだ……うぅ、あんまりお金持ってきてないよぁ」

 シトネは小さな声で「どうしよう、どうしよう」とつぶやいている。
 本気で困っている様子なのは、誰がどう見ても明らかだ。
 遠方なのに馬車も使わず走って来るくらいだし、色々と大変なのだろう。
 しまいには……

「一週間くらいなら野宿も……ありかな」

 とか言い出して、さすがに良くないと思った。
 野宿という時点で危険なのに、女の子が一人でというオプション付き。
 これは本当によくない虫が湧きそうだ。
 やれやれ、このまま放っておくと、本気で野宿しそうだな。
 せっかく知り合えた縁もある。
 ここは紳士的に、彼女を守るための提案をしよう。

「おほんっ、シトネ」
「はい?」
「もしよければ何だが、俺の屋敷に泊るか?」
「え……いいの?」
「ああ。まぁ屋敷といっても小さいし、使用人もいないから大したもてなしは出来ないけどさ。シトネがそれでも良ければ」
「ぜひお願いします!」

 俺が最後まで言い切る前に、シトネは俺の手をがしっと掴んでそう言った。
 キラキラと目を輝かせ、尻尾を横にふりふりしながら。
 あまりに回答が早すぎて、提案した俺のほうが驚いてしまっている。
 一応、男の家に誘われているんだぞ?
 とか思いつつ彼女の表情を見るが、そんなことは微塵も考えていなさそうで呆れてしまう。
 意識しているこっちが恥ずかしい。

「じゃあ決まりだな」
「うん! ありがとうリンテンス君」
「どういたしまして。まっ、これからも学校生活を送る仲間だしな」
「合格発表はまだだよ?」
「間違いなく受かってる。俺もシトネも」
「す、すごい自信だね……でもそっか! そうだよね」

 実戦試験で上位に食い込んだ二人だ。
 余程午前の試験で悪い評価を得ていない限り、落ちることはないだろう。
 俺としては、首席で合格出来ているかが気になって仕方がない、という感じかな。

「さて、それじゃ行こうか」
「うん! お世話になります」

 そう言って深々と頭をさげるシトネ。
 俺は大げさだと笑いながら、彼女をつれて屋敷へ向かう。
 
「わぁ~ おっきな屋敷だね」
「そう? 他の貴族たちの屋敷に比べたら、小屋みたいな大きさだよ」
「そうなの!? 貴族って凄い」

 シトネはふむふむと頷きながら屋敷を右から左へ見渡していた。
 目新しそうに見ている彼女を見ていると、何だかこっちまで楽しくなる。
 動きや言動が野性っぽくて可愛らしい。
 ケモノ臭いとか言っていた奴らは、本当に見る目がないな。

「リンテンス君は一人でここに住んでるの?」
「ん? ああ、普段はね」
「普段は?」

 シトネは小さく首を傾げる。

「今は師匠が一緒にいるよ」
「リンテンス君の師匠! どんな人なのかな?」

 急に興味津々の様子を見せるシトネ。
 その目はキラキラと輝き、期待に満ちていた。

「う~ん、会えばわかるよ」

 だから、俺はあえて教えない。
 言葉通り、会って知るほうがインパクトも大きいと思うから。
 彼女がどんなリアクションをするのか楽しみだ。

 俺は玄関の扉を開けて中に入る。
 師匠のことだから、俺の帰宅は感知しているだろう。
 予想通り、俺たちが玄関に入ると……

「ただいま、師匠」
「おかえりなさい、リンテンス」

 師匠が笑顔で出迎えてくれた。
 そしてすぐ、師匠の視線は俺ではなく、隣にいる彼女へ向く。
 
「おや?」

 師匠はシトネを見て驚いたあと、ニヤっと笑って俺に言う。

「おやおやおや、入学前から恋人を作ってくるとは、僕の弟子は中々にプレイボーイだね~」
「ちょっ――」
「こ、恋人!?」

 かーっと顔が赤くなる。
 チラッと見えたシトネの頬も、赤くなっていたのがわかった。

「違いますから。からかわないでくださいよ、師匠」
「おや、そうだったのかい? これはこれは早とちりを失礼した。初めまして可愛らしいお嬢さん、僕はアルフォース・ギフトレン。彼の師匠だ」
「あ、アルフォースって……あの聖域者のアルフォース様!?」

 シトネは目を丸くして驚きを見せていた。
 一歩後ずさり、驚きすぎて身体が後ろに傾いている。
 
「おっと、僕のことを知っているのかい?」
「そりゃ知ってるでしょ。魔術師で師匠のことを知らない人なんていませんよ」
「はっはっはっはっ、確かにそうだね」

 師匠はわざとらしく笑っている。
 シトネはというと、驚いたまま固まって、しばらく何も言葉を発さなかった。
 期待通り、良いリアクションだな。