森の中を歩く三人の影。
 予想通り、他の受験者たちも協力関係を築き、チームやコンビで試験に挑んでいる。
 三人とも周囲を警戒している様子だ。

「いつ敵が襲ってくるかわからない。気を抜くなよ」
「大丈夫よ。近づいてくれば私の探知術式に反応するわ」

 探知領域。
 結界魔術の応用で、術者を中心とした円内に侵入した敵を感知できる。
 一定以上魔力を帯びた生物を対象としており、無機物や魔力の弱い者の感知は出来ない。
 また、守り防ぐ結界ではないため、接近そのものを妨害することも叶わない。
 対象の速度が対応不可能な速さであれば、感知しても間に合わないだろう。
 故に――

 パリン!

「なっ、腕輪が!」
「狙撃だと!?」

 さらに二発。
 光の矢が残りの二つのブレスレットを破壊する。

 術者の距離は百メートルを超える先。
 太い木の枝に乗って光の弓を構えるシトネが、破壊を確認してガッツポーズをする。

「よし!」
「え、当たったのか?」
「うん! 三人撃破だよ」

 残念ながら俺には全然見えない。
 木や葉っぱが邪魔だし、距離が離れていて腕まで見えないぞ。

「よく見えるな」
「私は目が良いからね」

 えっへんと効果音が聞こえるように、彼女は胸を張った。

「千里眼でも持ってるのか?」
「ううん、私の場合はただ普通の人より目が良いだけだよ」

 純粋な身体機能か。
 これも先祖返りの影響とかなのかもしれない。
 加えて、彼女が使用しているのは光弓術式。
 光属性魔術の一つで、高密度に圧縮された魔力の形状を変化させ、様々な武器や道具として使うことが出来る術式だ。
 高度な魔力コントロールと、術式を維持し続けるだけの魔力量が必要となる高等術式。
 これを使えるだけでも、シトネの実力は相当なものだろう。
 それにしても……

「てっきり腰のそれで戦うかと思ったよ」

 彼女の左腰には剣が装備されていた。
 変わった形の剣だな。

「私も最初はそう思ったんだけどね。予想より乱戦になりそうだし、今はこっちのほうが戦いやすいかなって」
「なるほどね。ちなみにどっちの方が得意なんだ?」
「どっち?」
(それ)(それ)

 俺は順番に指をさしながら尋ねた。
 すると彼女は、迷うことなく腰に装備した剣に触れる。

「こっちだよ」

 それを聞いて、彼女が優れた魔術師だと再確認させられた。
 地形や相手、ルールに合わせて戦い方を変える。
 そういうことが出来るのは、多くの手札を持っている者だけだ。
 何より彼女も、魔術だけに固執していない。
 師匠がよく言っていた。
 優れた魔術師であるほど、様々な技術に精通しているものだと。

「今度、シトネとも手合わせしてみたいな」
「えっ、ちょっ……ちょっと私は遠慮したいなぁ」

 なんて会話をしていると、試験中だということをまた忘れそうになる。

「さて、次は俺も戦うぞ」
「うん! 頑張って特待クラスに入らないとね」
「ああ」

 合格者百五十名は、五つのクラスに分けられる。
 その中でも、成績上位三十人のみが在籍を許されるのが特待クラスだ。
 聖域者を目指すなら、特待クラスに在籍していることが最低条件。
 卒業時に特待クラス主席の座にいることで、神への挑戦権が得られる。
 特待クラスの顔ぶれは、入学時点からほぼ変わらないという。
 つまり――

「聖域者になるなら、ここで特待クラスにらなきゃダメってことだ」
「うん!」

 迫りくる受験者を、俺とシトネはバッタバッタとなぎ倒す。
 聖域者になれるのはたったの一人だけ。
 欲を言えば、特待クラスに入るだけじゃなくて、首席合格を目指したい。
 というわけだから……

「こっからは暴れるぞ」

 そして――
 試験開始から一時間三十分後。
 バンと高い爆発音が森中に響き、魔道具による放送が流れる。

「規定人数に達しました! 現時刻をもって実戦試験は終了とします」
「ふぅ、終わったか」
「みたいだね」

 俺たちがいる森の一部は、木々が倒れ、大地は抉れ見るも無残なありさまだ。
 成績のためとはいえ、少々やり過ぎたかもしれない。
 周囲にはブレスレッドを破壊され、倒れている他の受験者たちの姿がある。

「さすがに疲れたな」
「そうだね。何だか途中か、ものすっごく狙われてた気がするけど……」
「やっぱりシトネもそう思う?」
「うん」

 途中まで森を駆けまわりながら倒していた俺たちだけど、残り五分はずっと同じ場所で戦っていた。
 というのも、次から次へと新しい受験者が襲い掛かってきて、その対処に追われたからだ。
 俺としては探す手間が省けてラッキーだったけど。

「示し合わせた感じもなかったし、ただ偶然戦いの真ん中に来ちゃったのかもな」
「だとしたら災難だね」

 あははは、とかれた笑いを見せるシトネ。
 その後、生き残った受験者は、森を出て闘技場へ戻る。
 闘技場に設けられたでかい看板には、実戦試験の順位がババンと表示されていた。

「リンテンス君!」
「ああ」

 実戦試験撃破数トップ――リンテンス・エメロード。
 なんと撃破数は過去最多の二九九人。
 二位と百以上の差をつけて、堂々の一位だった。

「凄いよリンテンス君!」
「ありがとう。そういうシトネだって、五位に名前があるだろ?」
「え? あ、ホントだ!」

 シトネの撃破数は七十二人。
 彼女もまた上位に名を連ねる一人になっていた。