「そ、そろそろ離れてくれる?」
「あっ、ごめんなさい」

 ふぅ、やれやれ。
 いろんな意味で頭が疲れたな。

「さぁ行こう。もうすぐ受付が始まるよ」
「うん!」

 俺たちは横に並んで歩き始めた。
 すでに魔術学校の校舎は見えている。
 空からみた全体像と、地上の正面から見る景色は、違った印象があるな。
 さっきよりも校舎が大きく感じられる。

「受付は正門から入ってすぐだよね?」
「ああ。参加者が多いから、毎年闘技場で一旦集合するって聞いたな」
「今年も多いのかな~」
「例にもれず多いだろ。最低でも千五百……多ければその倍って年もあったかな」
「うぅ……大丈夫かな」

 自信なさげに顔を伏せるシトネ。
 母数の多さを改めて感じると、誰だって不安になるか。
 たぶんこれが普通の反応なのだろう。
 適当なことは言えないが、森での見事な治癒魔術を思い出す。

「シトネなら大丈夫だろ」
「え?」
「さっきの治癒魔術の一つでわかる。相当な訓練をしてきたんだなーってことはさ。それに頑張ったんだって自信が持てなきゃ、合格なんて出来ないと思うぞ」

 なんて偉そうに言っているが、あの頃の落ち込んでいた自分にも当てはまる。
 まったく耳に痛いセリフを言えるようになったな。
 自分を棚上げして、だけどさ。

「リンテンス君……ありがとう。君は優しい人だね」
「べ、別に他意はないからな」
「えっへへ、お陰で少し安心したよ」

 それは何より。
 と、思いつつ俺たちは正門を潜った。
 黒い鉄柵で囲まれた敷地内への第一歩は、大した意識もせずに踏みしめる。
 そして、たぶんこの辺りからだったのだろう。
 周囲の視線が多くなったのは。

 だだっ広い敷地内の道を真っすぐ進み、主の校舎手前で左に曲がる。
 さらに進むと、訓練に使われる闘技場にたどり着く。
 コロシアムと呼ばれる円形闘技場であり、実技訓練など様々な行事で使われるとか。
 ちなみにそのさらに奥へ進むと、人工の森と湖があって、そこも訓練場の一つとなっているらしい。

「リンテンス君あそこ!」
「ああ、受付だな」

 闘技場前に簡易テントがずらっと張られている。
 各テントに受付の職員が配置され、名前とかその他の情報を用紙に記載する。
 一応受験料を取られるが、微々たる金額だ。

「おはようございます。こちらにお名前と生年月日、居住区を書いてください」
「はい」

 俺とシトネは並んで用紙を記入した。
 一年は三百六十五日、一から十二の月に別れ、各月の平均は三十日。
 ちなみに今日は四月一日。
 用紙の記入は同時に終わり、二枚重ねて受付のお姉さんに渡す。

「確認しますね。シトネさんと、リンテンス・エメロード君?」

 後半の家名が少々上がり気味な発音だった。
 お姉さんは俺の顔をじっと見つめる。

「あなた……エメロード家の……」
「はい」
「……そう。確認が取れましたのでこちらをお渡しします。試験開始時には必ず闘技場内へ入っていてください」
「わかりました」

 微妙な空気のまま、お姉さんから参加証を貰う。
 そのまま受付を離れて闘技場に向うが、後ろからの視線が刺さるようだ。
 すると――

「リンテンス君って貴族だったの?」
「え、ああ……一応な」
「一応?」
「色々あるんだよ」

 名前の後ろに家名がついているのは、貴族の家柄に属する者だけだ。
 加えてエメロード家は名門の一つ。
 今ではいろんな意味で有名となり、王都内で知らない者も少ないだろう。
 特にこの学校には……

「おい見ろよあれ」
「ん? あ、もしかしてあいつが例の神童?」
「元だよ元神童。今じゃ一種類しか属性が使えない落ちこぼれだってさ」
「一種類とか……よくそれで試験を受けようとか思ったな」

 笑い声が聞こえる。
 陰口もチラホラ耳に入る。
 わかっていたことだが、やっぱり気分が悪いな。
 ため息もいつもより大きく出る。

「はぁ……」
「ねぇ、リンテンス君……みんながさっきからその……」
「ああ、俺のことだよ。元神童の落ちこぼれ。五歳までは十一種の属性が扱えて、神童なんて呼ばれてたんだけど、雷に打たれてからは雷属性の魔術しか使えなくなったんだ」
「そ、そうだったんだ……ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」
「別に良いよ。今はそんなに気にしてないから」

 実際あまり気にしてはいない。
 他人にとやかく言われようと、実力を見せつければ良い。
 この後の試験で、それを嫌と言うほど教えてやる。
 それにあの手の連中は相手にするだけ無駄だ。

 と、最初は思っていたんだ。

「ていうかあれ、隣にいる奴もやばいな」
「あー思った? 先祖返りだよな。動物の耳と尻尾って……臭いんじゃない」

 なぜか陰口の矛先がシトネに向く。
 先祖返りであることは、現代では快く思われていない。
 人間になりそこなった半端者。
 知性より本能でしか動くことのできない劣等種族と呼ばれている。
 彼らがシトネに向ける視線は、彼女をあざ笑い馬鹿にするものだった。

「あいつの従者か? さっすが貴族、面白いおもちゃを持ってるな」
「ぅ……」

 シトネの悲しそうな瞳が見える。
 そしたら――

「まったく……ごちゃごちゃうるせえなぁ~ 陰口しか言えないなんて、とんだ腰抜け共だな」

 俺の口は無意識に、彼らに対して悪態をついていた。
 これにはシトネも驚いて、しゃべった自分自身も驚いている。
 相手にするだけ無駄だと、わかっていたはずなんだけどな。

「言いたいことがあるなら堂々と言えよ。それとも後が怖くて言えないのか? お前たち程度じゃ、どうせ試験には受からないんだから安心しろよ」
「リンテンス君?」
「てめぇ……俺たちに言ってんのか?」
「さぁな。でも反応したってことは、自覚があるってことだろ?」

 ニヤリと笑う。
 男たちは怒りで眉間にしわをよせ、中途半端に激昂する。

「ふざけてんじゃねーぞ! お前こそ受かると思ってんのか?」
「当たり前だろ。俺のほうが強いんだからな」
「はぁ? 馬鹿を言って――」
「どうせすぐにわかるさ。受験者……いや、この学校で誰が一番優れた魔術師なのか! それを証明してやる」
「リンテンス……君」
「そうだろ? シトネ」
「……うん!」

 ちょっとは元気になったか。
 対して周囲の奴らは俺への敵意をむき出しにしている。

「はっ! だったら見せてもらおうじゃねーか!」
「心配しなくてもすぐわかると言ったろ?」
「ちっ……後悔させてやる」