「あっ!」
「え、何?」
急に大きな声を出したシトネ。
それに驚いた俺に、彼女は時計を確認しながら言う。
「時間だよ時間!」
「時間?」
俺は徐に自分がもっていた時計を眺めた。
午前七時半。
俺が屋敷を出たのは五時で、森に到着したのは六時前だったか。
「もうこんな時間か」
「何でそんなに冷静なの? 試験開始まで一時間しかないんだよ!」
「ああ、そうだな」
「そうだなって……」
焦っているシトネを見ながら、俺は最初首を傾げた。
気付いたのは数秒考えた後のこと。
試験開始時間は八時半で、受付開始は八時から。
早いのは一日のうちに試験を終えるため。
そして、ここは王都郊外にある広い森で、試験会場となる学校は遠く離れた王都中心部。
歩いて三時間、頑張って走っても一時間以上は確実にかかる距離だ。
「どうしよう、どうしようどうしよう……今日まで頑張って来たのに、こんなの……」
シトネの瞳が涙で潤んでいる。
今日の試験にかけた想いがあるのが伝わる。
そもそも寝坊しなければ……とか無粋なことを口にする場合でもないか。
「大丈夫だよ、間に合うから」
「え? でも時間……この距離は――」
ブツブツいうシトネに手を伸ばし、肩を掴んで抱き寄せ持ち上げる。
お姫様だっこというやつだ。
「よし」
「え……えぇ!? リンテンス君?」
あわあわと可愛らしく動揺しているシトネ。
頬を赤く染め、恥ずかしさに耐えているのがわかる。
そんな彼女に対して、俺は優しく微笑みながら格好つけたセリフを吐く。
「心配しなくて良いよ」
「リンテンス……君?」
「しっかり掴まっていて」
力いっぱいに地面を蹴る。
次に見えた景色は、森の中の薄暗さを忘れられるだろう。
青い空と、東から昇った太陽の明るさ。
広大な森を上から眺めて、大きな木の枝を踏み台にして、さらに前へと進む。
「えぇ! 何でこんなに速く動けるの?」
「何でって、強化魔術を使ってるからね」
「強化魔術……だけ? それだけでこんなに?」
「うん」
シトネは驚いているけど、師匠はもっと速いぞ。
強化魔術の効果は、流す魔力量と速度に比例して変化する。
大量の魔力を速く滞りなく循環させる。
原理は単純だけど、これを極めた魔術師はほとんどいない。
と、以前に師匠が言っていた。
強化魔術に時間をかけるくらいなら、他の属性魔術に時間をかけたほうが有意義だと、多くの魔術師が考えているからだ。
実際、それは正しい。
でも、雷魔術しか使えない俺にとって、強化魔術は大切な術の一つ。
ここまで極められたのは、あの日に全てを失った恩恵だな。
「すごい……すごいよリンテンス君!」
「はっはは、ありがとう。でも舌噛まないようにね? もうちょっと速度上げるから」
森から試験会場まで。
今の俺なら三十分もあれば余裕でたどり着ける。
そうじゃなかったら、時間を気にせず朝練なんてしていないよ。
「わぁ~ ここが王都の街なんだ」
「ん? もしかして初めて?」
「うん! 噂には聞いてたけど、すっごく広くて大きいんだね」
シトネは俺に抱きかかえられながら王都の街を見下ろしている。
建物と建物に飛び移りながら、よく見えるようにあえて高く跳んだり。
こうして街を改めて見ると、確かにスケールの大きさを感じる。
特殊な石で出来た建物もあれば、木造建築もチラホラ。
街道には屋台なんかもあって、昼間は大勢の人でにぎわっていることだろう。
王都は円形をしていて、外と内を高く分厚い壁で隔てている。
外へ近いほど平民が多く、中心部の王城に近いほど、貴族たちが暮らす屋敷が多い。
中心部へ近づくほど、建物の雰囲気は変わっていった。
どこもかしこも豪華で大きい。
金色の銅像なんて建っている屋敷もあったな。
俺はあんまり好きじゃないけど、金色って金持ちっぽくて好まれるのか?
「シトネ、学校が見えてきたぞ」
「本当?」
「ああ、ちょうど目の前だ」
王城のすぐ下。
立派な時計塔をシンボルとする校舎が見える。
横長の五階建ての校舎の他には、訓練用の闘技場、人口の森や湖なんかも用意されている。
敷地面積だけでいえば、王城よりも広いのではないだろうか。
「この辺りで降りようか」
「うん!」
魔術学校は特殊な結界で覆われている。
一定以上の魔力を行使していると、その結界を通ることは出来ない。
強化魔術と言えど例外じゃない。
「ほいっと」
そういうわけで、近くの広い道に降り、抱きかかえていたシトネをおろす。
一応時計を確認して、午後七時五十五分だったことにホッとする。
「これで間に合うな」
「うん……ありがとうリンテンス君!」
「おっ、シトネ?」
急に抱き着いてきたシトネ。
予期せぬ行動に対応が遅れて、俺は数歩後ずさる。
「お陰で試験に受けられるよ。本当にありがとう」
「い、いや……遅れそうだったのは俺の所為でもあるし。せっかく知り合えたんだから、お互い合格して仲良くしたいからな」
とかそれっぽい理由を口にして、抱き着く彼女に視線をおろす。
移動中はわからなかったけど、何だか良い匂いがする。
これが女の子の匂いってやつか?
モフモフの尻尾がふりふり動いていて、喜んでいるようにも見えるし。
可愛いな……もう。
「え、何?」
急に大きな声を出したシトネ。
それに驚いた俺に、彼女は時計を確認しながら言う。
「時間だよ時間!」
「時間?」
俺は徐に自分がもっていた時計を眺めた。
午前七時半。
俺が屋敷を出たのは五時で、森に到着したのは六時前だったか。
「もうこんな時間か」
「何でそんなに冷静なの? 試験開始まで一時間しかないんだよ!」
「ああ、そうだな」
「そうだなって……」
焦っているシトネを見ながら、俺は最初首を傾げた。
気付いたのは数秒考えた後のこと。
試験開始時間は八時半で、受付開始は八時から。
早いのは一日のうちに試験を終えるため。
そして、ここは王都郊外にある広い森で、試験会場となる学校は遠く離れた王都中心部。
歩いて三時間、頑張って走っても一時間以上は確実にかかる距離だ。
「どうしよう、どうしようどうしよう……今日まで頑張って来たのに、こんなの……」
シトネの瞳が涙で潤んでいる。
今日の試験にかけた想いがあるのが伝わる。
そもそも寝坊しなければ……とか無粋なことを口にする場合でもないか。
「大丈夫だよ、間に合うから」
「え? でも時間……この距離は――」
ブツブツいうシトネに手を伸ばし、肩を掴んで抱き寄せ持ち上げる。
お姫様だっこというやつだ。
「よし」
「え……えぇ!? リンテンス君?」
あわあわと可愛らしく動揺しているシトネ。
頬を赤く染め、恥ずかしさに耐えているのがわかる。
そんな彼女に対して、俺は優しく微笑みながら格好つけたセリフを吐く。
「心配しなくて良いよ」
「リンテンス……君?」
「しっかり掴まっていて」
力いっぱいに地面を蹴る。
次に見えた景色は、森の中の薄暗さを忘れられるだろう。
青い空と、東から昇った太陽の明るさ。
広大な森を上から眺めて、大きな木の枝を踏み台にして、さらに前へと進む。
「えぇ! 何でこんなに速く動けるの?」
「何でって、強化魔術を使ってるからね」
「強化魔術……だけ? それだけでこんなに?」
「うん」
シトネは驚いているけど、師匠はもっと速いぞ。
強化魔術の効果は、流す魔力量と速度に比例して変化する。
大量の魔力を速く滞りなく循環させる。
原理は単純だけど、これを極めた魔術師はほとんどいない。
と、以前に師匠が言っていた。
強化魔術に時間をかけるくらいなら、他の属性魔術に時間をかけたほうが有意義だと、多くの魔術師が考えているからだ。
実際、それは正しい。
でも、雷魔術しか使えない俺にとって、強化魔術は大切な術の一つ。
ここまで極められたのは、あの日に全てを失った恩恵だな。
「すごい……すごいよリンテンス君!」
「はっはは、ありがとう。でも舌噛まないようにね? もうちょっと速度上げるから」
森から試験会場まで。
今の俺なら三十分もあれば余裕でたどり着ける。
そうじゃなかったら、時間を気にせず朝練なんてしていないよ。
「わぁ~ ここが王都の街なんだ」
「ん? もしかして初めて?」
「うん! 噂には聞いてたけど、すっごく広くて大きいんだね」
シトネは俺に抱きかかえられながら王都の街を見下ろしている。
建物と建物に飛び移りながら、よく見えるようにあえて高く跳んだり。
こうして街を改めて見ると、確かにスケールの大きさを感じる。
特殊な石で出来た建物もあれば、木造建築もチラホラ。
街道には屋台なんかもあって、昼間は大勢の人でにぎわっていることだろう。
王都は円形をしていて、外と内を高く分厚い壁で隔てている。
外へ近いほど平民が多く、中心部の王城に近いほど、貴族たちが暮らす屋敷が多い。
中心部へ近づくほど、建物の雰囲気は変わっていった。
どこもかしこも豪華で大きい。
金色の銅像なんて建っている屋敷もあったな。
俺はあんまり好きじゃないけど、金色って金持ちっぽくて好まれるのか?
「シトネ、学校が見えてきたぞ」
「本当?」
「ああ、ちょうど目の前だ」
王城のすぐ下。
立派な時計塔をシンボルとする校舎が見える。
横長の五階建ての校舎の他には、訓練用の闘技場、人口の森や湖なんかも用意されている。
敷地面積だけでいえば、王城よりも広いのではないだろうか。
「この辺りで降りようか」
「うん!」
魔術学校は特殊な結界で覆われている。
一定以上の魔力を行使していると、その結界を通ることは出来ない。
強化魔術と言えど例外じゃない。
「ほいっと」
そういうわけで、近くの広い道に降り、抱きかかえていたシトネをおろす。
一応時計を確認して、午後七時五十五分だったことにホッとする。
「これで間に合うな」
「うん……ありがとうリンテンス君!」
「おっ、シトネ?」
急に抱き着いてきたシトネ。
予期せぬ行動に対応が遅れて、俺は数歩後ずさる。
「お陰で試験に受けられるよ。本当にありがとう」
「い、いや……遅れそうだったのは俺の所為でもあるし。せっかく知り合えたんだから、お互い合格して仲良くしたいからな」
とかそれっぽい理由を口にして、抱き着く彼女に視線をおろす。
移動中はわからなかったけど、何だか良い匂いがする。
これが女の子の匂いってやつか?
モフモフの尻尾がふりふり動いていて、喜んでいるようにも見えるし。
可愛いな……もう。