サンドラン王国。
 総人口二億二千万人を誇る世界最大の人類国家であり、魔術大国とも呼ばれている。
 王都レムナンには、優秀な魔術師を育てるために用意された教育機関がある。
 その名も、サルマーニュ魔術学校。
 毎年入学の半年前になると、入学試験が執り行われる。
 受験者は二千を優に超えるが、合格できるのは百五十人だけ。
 魔術師の名門から平民まで、その年で十五歳となる全ての国民に受験資格があり、家柄も関係なく審査される。
 純粋に優秀な魔術師のみを選出するための試験だ。

 そして、聖域者となるには、アルマーニュ魔術学校を首席で卒業しなくてはならない。
 在学中の三年間で実績を残し、首席となった者だけが、神への挑戦権を得られる。
 挑戦権を得られるのは一年に一人だけ。
 神おろしと呼ばれるそれは、特別かつ大掛かりな儀式のため、一年に一度しか行いえないからだ。

 チャンスは人生で一度。
 故に多くの魔術師が、たった一つの席をかけてしのぎを削る。
 当然、神へ挑戦し結果を残さなければ聖域者にはなれないが、まず大前提として権利を得られないと話にならない。

「まずは入学試験を突破しないとね。まぁ君の実力なら問題ないと思うけどさ」
「師匠が言うなら間違いないですね」
「そうだとも。ただ十分に気を付けたまえよ。あそこは魔術学校独自の法で管理されているとは言え、このサンドラン王国の一部ではある」
「どういう意味です?」
「家柄を重視する傾向が色濃いということさ。君もエメロード家の一人なら、そういう場面に出くわしたことがあるんじゃないかな?」

 屋敷で夕食をとりながら、師匠との話に耳を傾ける。
 俺はフォークで刺した肉を口の手前で止めて、一旦下ろして思い出す。
 魔術大国であるこの国では、優秀な魔術師こそが財産。
 故に元々は貴族でなくとも、功績によっては国から貴族の位が与えられることが多い。
 エメロード家は最初から貴族の家系だが、魔術師家系の名門と呼ばれる家柄の中には、そうやって功績を残して成り上がった者たちがいる。
 そして……

「逆に成り下がった家もある。実績が残らなければ認められない。貴族の位をはく奪された家もチラホラあって、そういう所はひどく惨めな思いをするよ」
「……はい。知っています」

 俺も何度か見せられた。
 父上が焦っていたのは、エメロード家の実績に関わることだ。
 長年名門として振舞ってきた俺たち一族も、ここ数十年ではロクな成果をあげていない。
 直接聞いたわけじゃないけど、そろそろ危ないと警告されていたのかもしれない。
 しかしまぁ、今の俺には関係のない話だ。
 魔術学校入学が叶った時点で、俺はエメロード家との関係を解消される。
 俺が魔術学校入学を希望していることを手紙で伝えたら、そういう旨が書かれた手紙が帰って来た。
 もし合格したら費用は出す。
 ただし、合格しなかったとしても、エメロード家との関係は解消する。
 という感じで、もうじき無印のリンテンスに変身するわけだ。
 ちなみにこの屋敷はくれるらしい。
 元々使っていないボロ屋敷だから、なくなっても痛くないのだろう。

「この屋敷が使えるのは僕も助かるな~ こうして寛げるのってここくらいだからね」
「だからってさぼりの隠れ家にしないでくださいよ」
「おっと手厳しいな僕の弟子は」
「というか今さらですけど、父上には話してないんですね。ここで俺に修行をつけてくれていたこと」
「うん。別に言う必要はないだろう?」

 確かにそうだなと納得する。
 逆にそれで変に意識されても困るしな。
 そうして夜は過ぎ、時間はあっという間に流れる。

 入学試験当日の朝。
 まだ太陽が昇りかけてすらいない時間だ。

「もう出発するのかい?」
「はい。ちょっと身体を動かしたいので、森に寄ろうかなって思ってます」
「なるほどなるほど、準備運動は大切だね。それなら僕が相手をしようか?」
「師匠が相手だと、準備運動にならないでしょ」

 いつでも本気で戦ってくる人だからな。
 最悪試験前に潰れてしまう。

「はっはっはっ、それもそうか。では行ってくるといい。そして、僕の弟子として盛大に目立ってきなさい」
「はい! 行ってきます師匠」

 俺は師匠に手を振って、屋敷を出発した。
 魔術学校は王都の中心部に近い場所にある。
 ほとんど王城の目の前で、ここからは距離が離れているが、時間的余裕はかなりある。
 俺は魔術学校とは反対側へ進み、郊外の森へと入る。
 よく訓練で使っていた森で、所々に訓練の激しさを物語る痕が残っていた。

「さてと、軽く動くか」

 試験前だし、本当の本当に軽めでいこう。
 まずは魔力を生成し循環させる。
 普段からやっている魔術の基礎を反復。
 右胸を起点に、全身へと魔力を巡らせていく。
 さらにその速度を加速させることで、肉体を強化し、身体能力を底上げする。
 これが強化魔術だ。
 強化魔術は、あらゆる魔術の基礎であり、術式を介さないもっとも原始的な魔術。
 そもそも魔術と呼んでいいのか微妙な立ち位置だが、師匠曰くどっちでもとれるから問題ないとか。

「うん、良い感じ」

 左右へ飛び回り、木々を避けて走り抜ける。
 身体がちゃんと自分の身体らしく動く。
 脚の先から頭のてっぺんまで、自分の指示に応えてくれる感じだ。
 調子はすこぶる良い。
 と、思っていた俺の耳に、ガサガサと別の音が聞こえる。

「ん? 誰かい――」
「あ、危ない!」

 ゴチン!
 おでこ同士がぶつかった衝撃で、俺は後ろに倒れ込む。

 何だ何だ?
 一瞬だけ誰か見えた気が……
 
 太陽が昇って来たといっても、まだ下の方で森は暗い。
 ちゃんとは見えなかった。
 俺はおでこを押さえながら、身体を起こす。

「ってて、ん?」
「うぅ……痛い」

 そこには女の子がいた。
 俺と同じように額を押さえている。
 いや、注目すべきはそこじゃなくて、本来ないものがついていること。

「尻尾と……耳?」