【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 敵として剣を交えた相手に、無防備に手を差し伸べる。
 愚かな行為だ。
 しかし笑うことは出来ない。
 かつて俺も、同じことをした記憶がある。

 なぁスピカ。
 君の目に、あの時の俺はどう映っていたんだ?
 希望の光が差し込んだように見えていたのか?
 ちょうど今、目の前にいる彼のように。

「物好きだな、君も」
「そこは師匠譲りだと思いますよ」
「……わかった。敗者は勝者に従うのみ。君は俺に勝ったんだ。君が手伝えというのなら、俺はそれに従うよ」

 そう言って手を取る。
 夜空の星々が、よけいに眩しく見える。

 そこへ――

「いやー実に良い見世物だったよ」

 闇すら呑み込んでしまいそうなどす黒い声が聞こえる。
 振り向いた先には一人の男が立っていた。
 年は師匠と同じくらいだろう。
 外見はただの人間だが……

 悪魔だ。
 一目見なくても、声を聞いただけで悟った。
 今までに感じたことのない寒気が襲う。
 学校を襲った悪魔とは明らかに別格の魔力を持っている。
 下手をすれば師匠より……

「無様な姿だね。アリスト」
「アガリアレプト……」
「こいつが?」

 地獄の六柱、第三の柱――【司令官】アガリアレプト。
 師匠が前に話していた幹部の一人か。

「俺を殺しに来たんだな」
「その通りだよ。話が早くて助かるね。もっとも負けてしまうとは思わなかったけどね」
「……」
「まぁいいさ。二人ともたくさん暴れて疲れただろう? 今、楽にしてあげる」

 最初から悪魔の狙いは、ここで俺とアリストを殺すことだったか。
 悪魔と手を組んでいる時点で、そういう可能性も考えていたけど……

「リンテンス、まだ戦えるか?」
「少しなら。でも……」

 正直かなり厳しい。
 もう一度憑依装着を発動させても、もって数十秒が限界だ。
 幹部クラス相手に、今の状態では勝算が低い。

「考えても無駄だよ。今の君たちに、俺と戦える手はない。どちらも手は持っていたようだけど、さっきまでの茶番で使い切っただろう?」

 無間の女王のことを思い出す。
 あれはおそらく、悪魔と戦うために用意していたアリストの奥の手だったんだ。
 使いたくないと口にしていたのは、卑怯だからではなくて、この戦いを見越してか。
 かくいう俺も、憑依装着は使わないつもりでいた。

「リンテンス、逃げる体力くらいは残っているだろう?」
「何言ってるんです?」
「これは俺が招いた結果だ」
「だから一人で残るって言うつもりですか? 先に言っておきますけど却下です。そんなことしたら、俺は自分を許せなくなる」
「そんなに深く考える必要はない。どうせ二人とも死ぬ」

 アガリアレプトが迫る。

「安心したまえ。誰も死ぬことないからね」
「――この声は」
「師匠!?」
「アルフォース?」
 
 声は空から聞こえた。
 見たことのない所為物に乗った師匠は、空から華麗に登場して、俺たちの前に降り立つ。

「ほっと、どうやら間に合ったようだね」
「遅いですよ、師匠」
「いやーすまない。こんなに遠くで戦っているとは思わなかったんだ。文句はそこの黒い騎士に言ってくれ」
「アルフォース……」
「やぁアリスト。随分ボロボロだけど元気そうだね。もう吹っ切れたかい?」
「……お陰様でな」

 もしかして師匠は、彼の事情を知っていたのかな。
 まるで、こうなることがわかっていたような言い方だった。

「そうか。君がアルフォース・ギフトレンか」
「初めましてだね。隠し事を見破るのが得意な大悪魔さん。いかに君でも、僕の登場は予想外だったかな?」
「……いいや、だけど十分だ。もう準備終わった」
「準備?」
「ああ、世界をひっくり返す準備だ」

 アガリアレプトはニヤリと笑う。
 悪魔らしく、不気味で気持ち悪い笑みだ。

「何を企んでいる!」
「そう声を荒げないでくれ、リンテンス・エメロード。今すぐ何かが起こったりはしないよ。ただ遠くない未来で、この世界はひっくり返る。楽しみにしていると良い」

 そう言い残し、アガリアレプトの姿は消える。

「追っちゃだめだよ」
「追えませんよ」

 世界がひっくり返る……
 よくない何かが、また起ころうとしているのか。

「考えるのは後にしよう。今は無事だったことを喜ぼうじゃないか」
「そうですね。一旦戻りますか。シトネも心配して……あっ!」
「どうしたんだい?」
「そうだ忘れるところだった。アリストさん」
「何だ?」
「ちゃんとエルに謝ってくださいね。そこは許してませんから」
「ぅ……ああ、わかった」

 激闘を終え、悪魔との邂逅を経た。
 彼が残した言葉は、いずれ起こる災厄の予言だと……今はまだ知らない。