【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

 浮遊する複数の島。
 木が一本だけ生えている島もあれば、池があったり草原となっていたり。
 世界各地にある島々を具現化して、空のキャンバスを彩っているようだ。
 これを一人の魔術師が具現化しているなんて、体験している俺でも信じがたい。

「なっ……なんて膨大な魔力なんだ」

 魔力量には自信があったけど、俺なんか足元にも及ばない。
 大自然を相手にしているような壮大さと、包み込むような包容力を感じる。
 ごくりと息を飲み、師匠をじっと見つめて思う。
 これだけの魔力を正確にコントロールしていて、本人はいっさい疲労を感じさせない。
 余裕そうに微笑んでいる。

「さてと、ステージは整ったことだし、始めようか?」
「何をするんです?」
「戦うんだよ。僕と君が」
「……え?」
「あれ? 聞こえなかったかな~ これから僕と本気で戦ってもらうから」
「い……いやいやいや! ちょっと待ってください!」

 俺と師匠が本気で戦う?
 そんなの絶対無理だ。
 これだけの力を見せつけられて、戦いになるレベルじゃないぞ。

「冗談ではないよ。手っ取り早く君の実力を見るには、戦うのが一番なんだ」
「戦うと言っても……今の俺が使えるのは……」
「雷属性一種だろう? わかっているから来なさい。まぁもって一秒耐えられたら上々かな?」

 そう言われて、ムッとする。
 いくら何でも舐めすぎだと思った。
 その苛立ちが表情に出てしまったらしく、師匠はニヤリと笑う。

「うん、良い顔になったね」
「……戦えばいいんですね?」
「ああ、じゃあ始めるよ? よーい……」

 こうなったら全力で戦ってやるぞ。
 もしかしたら、この戦いで何か掴めるかもしれない。
 世界最高の魔術師、その実力を体感できるなら、願ったり叶ったりじゃないか。

「――ドン!」

 と、粋がって挑んだものの……

「……」
「いやー、驚いたね~ まさか三秒も耐えるなんて」

 草原に大の字で横たわる俺は、まっすぐ空を見ている。
 その横に師匠がいて、朗らかに笑いながら腰を下ろした。

 嘘だろ?
 あり得ない。
 俺は一体……何をされたんだ?
 まったく認識できなかった。
 俺は魔法を使えたのか、師匠も使ったのかすらわからない。
 見えたのは一瞬だけ。
 とてつもなく速くて、重くて、鋭くて、白い何か。
 その何かが視界を覆って、俺の全てをかき消してしまった。

「どうだった?」
「……何もわかりませんでした」
「そうかそうか。まっ、最初だから仕方がないけど、君はやっぱり優秀だ」

 どこが?
 疑問に思ったことの答えを、師匠はすぐに口に出す。

「一秒以上耐えたこともそうだが、何より君は意識がある。さっきのを受けて意識を保っていられるのは、相当な魔術センスを持つ者だけさ」
「そう……なんですか?」
「うん。今のは最終確認でもあったんだ。僕の見立てに間違いはないのか。まぁ基本的に僕が間違えるとかありえないんだけどね。文句なしに合格だよ」

 師匠は立ち上がり、俺に手を伸ばした。
 その手を握ると、ぐっと力強く引っ張り上げらえる。

「君のセンスがあれば、これまで誰も到達できなかった術師の極致へ行けるかもしれない」
「本当ですか?」
「僕は間違えない。君が信じてくれるなら、その通りになると約束しよう」
「信じます! 師匠」
「う~ん、いいねその師匠って響き。ずっと弟子が欲しかったんだ~」

 師匠と俺は向かい合う。
 俺が見上げて、師匠が見下ろす。
 こうして、俺の修行の日々はスタートした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「さーて、今日は痛い修行内容だぞ~」
「痛い?」

 不穏なワードが師匠の口から飛び出す。
 場所は師匠の作り出した空間。
 浮遊する島の一つで、距離をとって向かい合っている。

「君はこれから雷属性の魔術を極めなくてはならない。それ以外の選択肢は残されていない」
「はい」
「新しい術式を生み出すって作業をしてもらうけど、その前に大前提として力に慣れるという工程が大事なんだ」
「慣れるですか? つまりどんどん使えと?」
「いいや」

 師匠は大げさに首を横に振る。
 続けて師匠は、惜しみないほど満面の笑みで、とんでもないことを口にする。

「今から君には、僕の雷撃を受け続けてもらうから」
「……は、はい?」
「もぉ~ 君はそうやって肝心なことを聞き返すね。言っておくけど聞き間違いじゃないよ」
「い、いや……だとしたら無茶ですよ。師匠の雷撃なんて受けたら最悪し――」
「だーい丈夫! 君は落雷にも耐えられたようだし、魔力による強化はオーケーだからさ」

 そ、そういう問題ではない気が……

「じゃあいっくぞ~」

 師匠の身体から雷撃がビリビリ起こっている。
 この時点で察した。
 冗談ではなく、師匠は本気なのだと。

「レッツびりびり~」
「ぎゃああああああああああああああああああ」

 俺はこの日、生まれて初めて発狂した。
 師匠の修行はスパルタで、休む暇も甘えも許されない。
 やれと言ったらやる。
 師匠が無理じゃないと言えば、どれだけ無茶でも完遂できる。
 とにかく信じろ、諦めるなの根性論。
 正直かなりしんどくて、何度も意識が飛びそうになった。

「はーい寝ない! まだ半分だぞ~」
「は、はい!」

 魔術における基礎的な部分はマスターしている。
 これから必要になるのは基礎の応用。
 新たな術式開発に必要なノウハウをたたき込まれ、それと並行して実践訓練も行われた。

「冒険者ですか?」
「うん。手っ取り早く実戦経験を積むなら、冒険者になって依頼を受ける方が良い。僕も偽名でこっそり登録してるんだよ」
「そ、そうだったんですね」

 それは言っても大丈夫なことなのか?

「ちなみにもう登録だけは済ませておいたから」
「えっ!」

 師匠は一枚の用紙を見せてくれた。
 冒険者登録証と書かれ、左上には冒険者カードと書かれたものがくっつけてある。

「名前とか住所は適当に書いておいたから、君だってバレると困るだろう?」
「ありがとうござい……ます?」

 登録者名:リンリン

「何ですかリンリンって!」
「可愛いだろ?」
「おかしいでしょ! 偽名にしたってもっと他の名前があったんじゃないですか!」
「えーいいじゃないかリンリン。響きは最高に良いでしょ」
「いやいや、女の子の名前みたいじゃないですか」
「ちなみにこれ一度登録すると変更できないから」

 尚更何してくれてるんですか!
 薄々感じてはいたけど、師匠は適当過ぎる。
 というか、軽薄で何を考えているのかわからない。
 掴みどころのない人、という表現は、まさに師匠にためにあるような言葉だ。

「あ、そうそう! バレないようにこれつけてね」
「仮面……ですか?」

 師匠が手渡してきたのは、白い仮面だった。
 赤い目が二つ、耳みたいなトンガリが二つある。
 というかこれ……

「ウサギのお面じゃ……」
「正解! 道具屋で可愛かったから買って加工したんだ。これを付けて!」

 師匠がむりやり俺の顔に仮面をつける。
 目の部分は赤いけど、仮面を通して見ても視界は赤くならない。
 ちょっと息苦しいくらいか。
 さらに師匠は懐のカバンから赤い服を取り出す。

「この赤いフード付きローブを着れば~ はい完成!」

 ベベーン、と変な効果音が流れたような気がする。
 師匠は小さな鏡を取り出し、俺にも見えるように顔の前へ出す。

「どうだい? これで完璧に誰かわからないだろ?」
「……そうですね」

 わからないですよ。
 どういう趣味趣向の持ち主なのかも……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 師匠のスパルタ修行は続く。
 それは魔術に関すること以外もだった。

「剣術?」
「そうだよ。剣だけじゃなくて、弓と槍も習得してもらうから」
「……はい」
「おやおや、なぜ魔術師が剣なんて覚えないといけないんだ? って顔をしているね」

 見事に言い当てられてギクッとする。
 師匠が口にした通り、俺はまさにそう思っていた。
 優れた魔術師であるほど、それに特化しているべきではないのかと。

「わかってないな~ 優れた魔術師である者こそ、様々な技術や分野に精通している者なのさ」
「そういうものですか?」
「うん。魔術、薬学、医学……色々な分野があるけど、一つの分野に固執していては新しい物は生まれない。魔術の勉強だけしていれば良いと思っていたら大間違いさ」

 そう言いながら、師匠はどこからともなく剣を取り出し地面に突き刺す。
 
「さぁ始めようか。言っておくけど、僕はその辺の騎士より強いからね」
「よ、よろしくお願いします」

 結論、言葉通り強かった。
 本当にこの人は魔術師なのか?
 と疑問すら浮かぶほどの剣技に驚かされ、転ばされ泣かされ……踏んだり蹴ったりだ。
 それでも俺は、強くなるために必死だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 修行開始から一か月。
 少しずつ慣れ始めてきた日常の合間で、師匠が俺に問う。

「動機ですか?」
「そうだよ。魔術師にとって、ではなくすべての人において、努力するためには理由がいる。君は何のために強さを求める? 何のために聖域者を目指す?」
「それは……」

 言われてみればどうしてだろう?
 あまり深く考えたことはなかったな。

「考えがまとまっていないのなら、口に出してみるといいよ」
「はい……えっと、たぶん最初は父上や母上に言われたから、だと思います」
「うんうん、よくある話だね」

 これまでを振り返る。
 あの日、雷に打たれてしまった瞬間までの自分は、二人の期待に応えたい一心だった。
 父上と母上は俺を大切にしてくれて、褒められるのが嬉しかったんだ。
 でも……

「二人がほしかったのは俺じゃなくて、俺の才能だけだったんです。それが……雷に打たれてわかりました」

 当初はひどく落ち込んだ。
 今となっては目が覚めた気分だけど、師匠と出会わなかったら、自殺も考えていたかもしれない。
 そして、冷静になった今だから思えること。
 胸の内に残る感情の名前を、ようやく口にすることが出来る。

「……腹が立ちます。自分を見ていなかった二人に……簡単に切り捨てて、俺は息子なのに」

 理不尽な怒りかもしれない。
 自分のことを棚上げして、よく言うと思われても仕方がない。
 だけど、腹が立ってしまったんだ。
 俺を一人にして、この何もない広いだけの屋敷に追いやったことが。

「俺は……あの人たちを見返したい。聖域者になって、俺が誰よりも優れているということを証明したいです。不誠実でしょうか?」
「いいや、実に真っすぐで良いと思うよ」
「ありがとう……ございます」
「じゃあ君は、聖域者になって二人と元通りになりたいのかな?」
「それは……たぶん違います。一度でも見捨てられたら、もうあの人たちを信じられない。もし友好的に戻っても、俺が素直に笑えないので」

 たとえ両親だとしても、捨てられたも同然なんだ。
 今さら元通りにしたいなんて思わない。

「そうか……うん、自分のことをよくわかっている。自分を見つめるということは、強くなる上で大切なことだ。これからもよく考え、見つめ続けるように」
「……はい」
 修行開始から一年。
 たったの一年が、俺には何十年分くらい濃く感じられた。
 毎日続く師匠の扱きに耐え、俺も着実に成長していると実感する。

「ふむふむ、魔力量は一年前の三倍かな? コントロールも格段に向上しているね」
「ありがとうございます。術式の方はまだまだ途中ですけどね」
「まぁ仕方がないさ。君が取り掛かっている術式は、これまで作られてきた術式とは毛色が違う。僕でも最初は思いつかなかったことだからね」

 俺の開発途中の術式。
 まだ名前すら決めていないけど、完成すれば唯一無二の武器になる。
 師匠にも協力してもらって、何とか達成率は半分といったところか。

「さてさて、君もだいぶ成長したことだし、そろそろ僕も自分の仕事をしようかな」
「えっ、それってどういうことですか?」
「う~ん、基礎に応用それ以外。色々と教えてきたけど、もう僕が君に教えることはあんまりないんだよ。だから、僕との修行は一旦終わりにしようと思ってね」
「そ、そんな! 俺はまだ師匠から学びたいことが――」

 焦って声をあげる俺の口を、優しく人差し指で止める。
 師匠はニコリと微笑んで言う。

「今の君なら一人でも先へ進める。僕が教えたことを忘れさえしなければ……ね」
「……忘れませんよ。師匠に教わった何一つ、取りこぼさないように頭へたたき込んだんですから」
「はっはっはっ、それは嬉しいね。だったら尚更大丈夫だ」

 師匠は安心したようにほっと息をもらす。
 こういう時の師匠は切なげで、どこか別のものを見ているように感じる。

「それにこの一年で、僕への依頼がたーんまり溜まっているんだよ。全部すっぽかしていたからね」
「えぇ……そうだったんですか?」
「うん、面倒だったし」

 俺のためじゃないんだ……
 ちょっとガッカリしたな。

「さすがに誤魔化せない量になってね。一度ぜーんぶ終わらせてこようと思うんだ」
「どれくらいかかるんですか?」
「さぁ? 最低でも二、三年はかかると思うよ」
「そんなに……」

 三年も一人で修行しなくちゃいけないのか。
 この広いだけで何もない屋敷で……
 不安が身を包みそうになった俺の頭に、師匠はポンと手を乗せる。

「大丈夫。君はもう一人ではない。離れていても、僕が師匠であることは揺るがぬ事実だ」
「師匠……」
「君はまだ子供だ。寂しさもあるのはわかっている。でも、子供であると同時に、君は魔術師でもあるんだ」

 師匠の瞳が力強く、俺を見つめて言う。

「魔術師ならば、己の目的に一番近い道を進みなさい。とことんどん欲に、効率よく進んでいく。早く追いついてくれると、僕も嬉しい」
「……はい!」

 このとき俺は、師匠が俺を弟子にしてくれた本当の理由に触れた気がした。
 俺が力強く返事をすると、師匠は微笑んで手を離した。

「まぁでも、旅立つ前に試験だけは受けてもらうからね?」
「試験?」
「そうさ。この一年間で君がどれだけ成長したのか。雰囲気ではなく形で証明してもらおう」

 師匠は悪戯をしかける子供のような笑顔を見せる。
 この笑顔をするときは大抵、何か相当きつい内容をふっかけてくる時だ。
 俺は覚悟して、ごくりと息を飲む。
 
「着いてきなさい」

 師匠に連れられ移動した先は、王都からも百キロ以上離れた山脈のふもとだった。
 転移魔術を使ってひとっ飛びとは言え、この距離の移動は初めてだ。
 
「師匠、ここは?」
「グレートバレー山脈だよ。君も名前くらい聞いたことあるんじゃないかな?」
「グレートバレー……確か王国最大級の山々が連なる山脈で」
「そして!」

 何かが空を舞った。
 黒くて大きい翼を広げ、空を覆い隠す。
 獰猛な牙を見せ、鋭い眼光で睨まれれば、怯んで足が震える。
 圧倒的な存在感と強さは、全生物上の頂点の一つに君臨する。

 その名は――

「ドラゴン!?」

 黒き竜が吠える。
 思い出したが、この山脈はドラゴンが生息する一級危険区域だ。
 普通なら絶対に近寄らない。

「最終、いや中間試験かな? このドラゴンを一人で倒しなさい」
「ちょっ、正気ですか師匠!」
「もちろん! 僕が無茶ぶりで嘘を言ったことがあったかい?」

 ないですよ。
 だから焦っているんじゃないですか。

「さぁ、この程度の相手に勝てないようじゃ、聖域者にはなれないよ」
「くっ……」

 吠えただけで空気が軋む。
 呼吸も普段より荒っぽくなって、簡単に息切れを起こしそうだ。
 数十メートルを超える巨大さ。
 そもそも飛行しているから、地上で戦うことは圧倒的に不利。
 でも、師匠がやれといえばやる。
 倒せるというのなら、それに間違いはない。

「やってやる!」

 俺は全身に雷を纏う。
 まだまだ試作段階の術式は使えない。
 既存の術式でどこまでやれるか。
 
 拳を握り、思いっきり前を殴る。
 その衝撃と一緒に雷撃を飛ばし、ドラゴンを攻撃した。

「うん、いいね! 無詠唱かつ術式展開も省略できている。でも残念ながら、その程度じゃ倒せない」

 ドラゴンは怒り、尻尾を高速で打ち付けてくる。
 雷を纏った俺は横に跳び避け、続けて雷撃を放っていく。
 悲鳴のような叫び声をあげるドラゴン。
 ダメージはあると考えていいのだろうか。

「いや! これじゃダメだ!」

 文献で読んだドラゴンの記述。
 それによると、ドラゴンの鱗は鋼鉄の何倍も硬く、熱や電撃も通しにくい。
 ダメージは大してないと考えるべきだ。
 おそらく俺の魔術だけでは、大ダメージは与えられない。
 加えて――

「気を付けなさい! ブレスだよ」

 師匠の声が聞こえた。
 その直後、ドラゴンは大きく口を開けて炎を吐き出す。
 
「っ……なんて広範囲なんだ」

 消耗すればこちらが不利。
 いずれ俺の動きも捉えられて、燃やされる未来が予想できる。
 そうなる前に倒すなら、方法は一つ。

「やるしかないか」

 俺は距離をとり、右腕を天に掲げる。
 ドラゴンには俺の雷撃を何発か食らわせた。
 しばらく電撃の痕が残る。
 それを目印にして、大自然の力を使おう。

「雷魔術の中で最大の威力――これでも食らえ!」

 集まった雷雨。
 ゴロゴロと鳴り響くそれを、魔術の力で制御する。
 自分の力で足りないのなら、自然の雷撃をお見舞いするまで。

「雷魔術奥義――天雷(てんらい)

 雷一閃。
 ドラゴンの頭上に雷撃が降り注ぐ。
 悲鳴を上げるドラゴン。
 いかに高度な鱗と言えど、天然の雷撃に俺の魔力を上乗せした一撃なら、鱗を超えて内部へダメージを与えられる。

「はぁ……はぁ……」
「うん、お見事! さすが僕の弟子だね」
「本当に行くんですね」
「そう話しただろう?」
「はい……」

 ドラゴンを討伐した翌日。
 師匠は荷物をまとめて屋敷を出て行くところだ。
 寂しいけど、師匠には師匠の仕事がある。
 それに師匠は、俺のことを信じてくれている。

「師匠……俺、頑張りますから」
「うん。魔術学校の入学試験までにはもどるよ。その時が最終試験だと思って覚悟しておいてね」
「はい!」
「良い返事だ。これを渡しておこう」

 師匠は丸くて赤い宝石のついたイヤリングを一つ渡してきた。

「これは?」
「僕を呼び出す魔道具だよ。本当にピンチのときはこれを使いなさい」
「わかりました」

 イヤリングをぐっと握りしめ、俺は出来るだけ笑顔で堂々とした態度を見せる。

「ねぇリンテンス。僕がどうして君を弟子にしたのかわかるかい?」
「え? それは確か……面白そうだったから?」

 師匠と出会った日に、彼はそう言って俺を弟子にしてくれた。
 俺が答えると、師匠は笑いながら当時のことを思い返す。

「はっはははは、そうだったね。確かにそう言った。でも、あの言葉に意味なんかない。テキトーに言った言葉だからね」
「じゃあ……何で?」

 笑っていた師匠は落ち着いて、改まったように俺を見つめる。

「僕はね? こんなんだけど凄く強いんだ。世界で一番強いかもしれない」
「はい。知ってます」
「はははっ、そうだね。大抵のことは一人で出来たしまう。だからこそ、僕はずっと一人だ。今まではそれでよかった。だけど……この先に待っている未来では、僕一人じゃ駄目なんだ」
「師匠?」
「僕はね? 自分と同じ場所に立って、一緒に戦ってくれる仲間がほしかったんだよ。そして君なら、そうなれると思ったんだ」

 師匠の話は所々抽象的で、何かを悟っているようにも思えた。
 だけど、俺はそんなことどうでも良くて……

「では行くよ。また会おう」
「はい! 次は師匠を驚かせてみせます!」

 俺がそう言うと、師匠は清々しい笑顔で――

「期待しているよ」

 と言い、ふわっと風に舞う花弁のように消えていった。
 二、三年か。
 これから一人で過ごす時間は長いけど、孤独なんて思わない。
 師匠が帰って来た時、ガッカリさせないように頑張ろう。
 
 この時、俺は今さら気づく。
 いつしか聖域者を目指す動機の一つに、師匠の期待に応えたいという想いが加わっていたことを。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 王都郊外にある平たい木造建築。
 荒っぽい雰囲気の男たちが行き交う道と、看板に大きく書かれたギルド会館と言う文字。
 ここは冒険者たちが集う場所。
 依頼を受けたり、情報交換をするために用意された建物だ。
 
 カランカラン――

 扉を開けるとベルが鳴って、中の人たちの視線が向く。
 受付カウンターへ向かう途中にも、ジロジロみられていた。

「依頼完了しました」
「お疲れ様です! 確認いたしますので、そのままお待ちください」

 受付前で待つ間も、周囲ではヒソヒソ話が聞こえてくる。

「おい見ろよ」
「ん? あの仮面の奴がどうかしたか?」
「あいつだよ! ドラゴンの群れを一人で撃退したっていう冒険者」
「えっ、そうなの? じゃああれが噂の……【七色の雷術師】か」

 二人の男冒険者がごくりと息を飲む。
 他の冒険者たちも、こぞって同じ話題を繰り返していた。

「すげぇよな~ 一人でドラゴンだぜ?」
「ああ。体格じゃ強そうに見えないのにな」
「だよな。というか、あのへんな仮面は何なんだ?」
「さぁ? 男なのにリンリンって名前も変だし、二つ名と全然合ってないし」

 全員が口を揃えて言う。

「「「色々と変だな」」」

 ほら、思った通りじゃないですか師匠!
 貴方が変な偽名と格好にするから、周りからずっと変な目で見られてるんですよ?
 俺は羞恥に耐えられず、依頼の報酬だけ受け取ったら、そそくさとギルド会館を後にした。
 バレないようにひっそり路地に隠れて、仮面とローブを脱ぎ捨てる。

「ふぅ……辛い」

 師匠が去って三年と半年。
 俺も今年で十五になり、世の中で言う成人を迎えた。
 日々の修行も習慣化していて、実践訓練のために冒険者としての活動も続けている。
 それにしても、あれ以来師匠からの連絡は一切ない。
 どこで何をしているのかもわからない。
 もうそろそろ入学試験だというのに、帰ってくる気配もないんだが……

「まさか忘れてないよな」

 屋敷に戻ってから荷物を下ろしてベッドに寝転がる。
 音沙汰なしと言えば、俺の両親もここ数年の間、一度も会いにこなかった。
 俺から会いに行くこともないし、四年以上あっていないな。
 それで寂しいとかは感じない。
 むしろバネにして、この野郎という気持ちで頑張れた。
 師匠ならきっと、不誠実とは言わないはずだ。

「師匠……どっかでサボってたりして」
「失敬だな~ 君は師匠を何だと思っているんだい?」

 不意に声が聞こえた。
 心臓の鼓動が高鳴り、勢いよく振り向く。
 部屋の窓を見ると、そこに彼はいた。
 ずっと会いたいと思っていた人が、ようやく戻ってきてくれた。

「久しぶりだね、リンテンス。背も大きくなって、見違えたんじゃないか?」
「お帰りなさい……師匠!」

 師匠の見た目は変わらない。
 たった三年半じゃ、変化には感じられないのか。
 懐かしさで涙がこみ上げてきそうになる。

「さっそくだけど、君がどれだけ成長したか見せてもらえるかな?」
「いきなりですね」
「はははっ、最初からそのつもりだったからね」

 パチンと師匠は指を鳴らす。
 懐かしき天空の世界へ降り立ち、俺たちは向かい合う。

「最初は三秒だったね」
「はい」
「じゃあ今度は十分くらいもつかな?」
「余裕ですよ」
「言うようになったね~ じゃあ見せてもらおうかな? 成長したのは見た目だけじゃないってこと」

 師匠が杖を、俺は拳を構える。
 そういえばあの時、師匠は杖すら持っていなかったな。
 たぶん四年半前より強いはずだ。
 でも、俺だって以前とは違うぞ。

「行きますよ――師匠!」
「ああ、来なさい」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 激化する戦い。
 崩れ落ち、震えあがり、嘆き憂う。
 いくつもあった浮遊島が綺麗に消え、残された一つに横たわる。

「はぁ……どうですか?」
「うん、いいね」

 寝ているのは俺だが、その隣に師匠もいる。
 お互いボロボロになって、笑いながら師匠が言う。

「今の君なら、僕以外に負けることはありえないかな?」
「当然……ですよ。何たって師匠の弟子なんですから」
「そうか。文句なしの合格だ!」

 苦節四年半。
 師匠の元で修行し、一人になって続けた末。
 俺はようやく、師匠に認められるくらい強くなれたみたいだ。
 涙が出そうになるけど、俺はそれを我慢する。
 だってこれは、ただのスタートラインでしかないのだから。

「一週間後に入学試験だったかな?」
「はい!」
「今の君なら、頑張れという言葉も不要な気もするが……敢えて言わせてもらおう」
 
 師匠が先に起き上がり、俺と向かい合うように立つ。
 伸ばされた手を掴み、俺も立ち上がってから――

「頑張れ!」
「頑張ります!」

 いわゆるプロローグだ。
 ここから始まる物語で、俺は聖域者への階段を駆け上がる。
 全てを失った所から、今度は全てを手に入れるんだ。
 サンドラン王国。
 総人口二億二千万人を誇る世界最大の人類国家であり、魔術大国とも呼ばれている。
 王都レムナンには、優秀な魔術師を育てるために用意された教育機関がある。
 その名も、サルマーニュ魔術学校。
 毎年入学の半年前になると、入学試験が執り行われる。
 受験者は二千を優に超えるが、合格できるのは百五十人だけ。
 魔術師の名門から平民まで、その年で十五歳となる全ての国民に受験資格があり、家柄も関係なく審査される。
 純粋に優秀な魔術師のみを選出するための試験だ。

 そして、聖域者となるには、アルマーニュ魔術学校を首席で卒業しなくてはならない。
 在学中の三年間で実績を残し、首席となった者だけが、神への挑戦権を得られる。
 挑戦権を得られるのは一年に一人だけ。
 神おろしと呼ばれるそれは、特別かつ大掛かりな儀式のため、一年に一度しか行いえないからだ。

 チャンスは人生で一度。
 故に多くの魔術師が、たった一つの席をかけてしのぎを削る。
 当然、神へ挑戦し結果を残さなければ聖域者にはなれないが、まず大前提として権利を得られないと話にならない。

「まずは入学試験を突破しないとね。まぁ君の実力なら問題ないと思うけどさ」
「師匠が言うなら間違いないですね」
「そうだとも。ただ十分に気を付けたまえよ。あそこは魔術学校独自の法で管理されているとは言え、このサンドラン王国の一部ではある」
「どういう意味です?」
「家柄を重視する傾向が色濃いということさ。君もエメロード家の一人なら、そういう場面に出くわしたことがあるんじゃないかな?」

 屋敷で夕食をとりながら、師匠との話に耳を傾ける。
 俺はフォークで刺した肉を口の手前で止めて、一旦下ろして思い出す。
 魔術大国であるこの国では、優秀な魔術師こそが財産。
 故に元々は貴族でなくとも、功績によっては国から貴族の位が与えられることが多い。
 エメロード家は最初から貴族の家系だが、魔術師家系の名門と呼ばれる家柄の中には、そうやって功績を残して成り上がった者たちがいる。
 そして……

「逆に成り下がった家もある。実績が残らなければ認められない。貴族の位をはく奪された家もチラホラあって、そういう所はひどく惨めな思いをするよ」
「……はい。知っています」

 俺も何度か見せられた。
 父上が焦っていたのは、エメロード家の実績に関わることだ。
 長年名門として振舞ってきた俺たち一族も、ここ数十年ではロクな成果をあげていない。
 直接聞いたわけじゃないけど、そろそろ危ないと警告されていたのかもしれない。
 しかしまぁ、今の俺には関係のない話だ。
 魔術学校入学が叶った時点で、俺はエメロード家との関係を解消される。
 俺が魔術学校入学を希望していることを手紙で伝えたら、そういう旨が書かれた手紙が帰って来た。
 もし合格したら費用は出す。
 ただし、合格しなかったとしても、エメロード家との関係は解消する。
 という感じで、もうじき無印のリンテンスに変身するわけだ。
 ちなみにこの屋敷はくれるらしい。
 元々使っていないボロ屋敷だから、なくなっても痛くないのだろう。

「この屋敷が使えるのは僕も助かるな~ こうして寛げるのってここくらいだからね」
「だからってさぼりの隠れ家にしないでくださいよ」
「おっと手厳しいな僕の弟子は」
「というか今さらですけど、父上には話してないんですね。ここで俺に修行をつけてくれていたこと」
「うん。別に言う必要はないだろう?」

 確かにそうだなと納得する。
 逆にそれで変に意識されても困るしな。
 そうして夜は過ぎ、時間はあっという間に流れる。

 入学試験当日の朝。
 まだ太陽が昇りかけてすらいない時間だ。

「もう出発するのかい?」
「はい。ちょっと身体を動かしたいので、森に寄ろうかなって思ってます」
「なるほどなるほど、準備運動は大切だね。それなら僕が相手をしようか?」
「師匠が相手だと、準備運動にならないでしょ」

 いつでも本気で戦ってくる人だからな。
 最悪試験前に潰れてしまう。

「はっはっはっ、それもそうか。では行ってくるといい。そして、僕の弟子として盛大に目立ってきなさい」
「はい! 行ってきます師匠」

 俺は師匠に手を振って、屋敷を出発した。
 魔術学校は王都の中心部に近い場所にある。
 ほとんど王城の目の前で、ここからは距離が離れているが、時間的余裕はかなりある。
 俺は魔術学校とは反対側へ進み、郊外の森へと入る。
 よく訓練で使っていた森で、所々に訓練の激しさを物語る痕が残っていた。

「さてと、軽く動くか」

 試験前だし、本当の本当に軽めでいこう。
 まずは魔力を生成し循環させる。
 普段からやっている魔術の基礎を反復。
 右胸を起点に、全身へと魔力を巡らせていく。
 さらにその速度を加速させることで、肉体を強化し、身体能力を底上げする。
 これが強化魔術だ。
 強化魔術は、あらゆる魔術の基礎であり、術式を介さないもっとも原始的な魔術。
 そもそも魔術と呼んでいいのか微妙な立ち位置だが、師匠曰くどっちでもとれるから問題ないとか。

「うん、良い感じ」

 左右へ飛び回り、木々を避けて走り抜ける。
 身体がちゃんと自分の身体らしく動く。
 脚の先から頭のてっぺんまで、自分の指示に応えてくれる感じだ。
 調子はすこぶる良い。
 と、思っていた俺の耳に、ガサガサと別の音が聞こえる。

「ん? 誰かい――」
「あ、危ない!」

 ゴチン!
 おでこ同士がぶつかった衝撃で、俺は後ろに倒れ込む。

 何だ何だ?
 一瞬だけ誰か見えた気が……
 
 太陽が昇って来たといっても、まだ下の方で森は暗い。
 ちゃんとは見えなかった。
 俺はおでこを押さえながら、身体を起こす。

「ってて、ん?」
「うぅ……痛い」

 そこには女の子がいた。
 俺と同じように額を押さえている。
 いや、注目すべきはそこじゃなくて、本来ないものがついていること。

「尻尾と……耳?」
 彼女はフードを被っていた。
 茶色いフードは俺とぶつかった衝撃でヒラリとあがる。
 そこから文字通り顔を出して、黄色の綺麗な髪がサラッと見える。
 おでこを押さえている手が邪魔をして、左目は見えないけど青い右目はハッキリ見えていた。
 透き通るような白い肌は整っていて、触らなくてもモチモチしている感じが伝わってくる。
 スレンダーで胸は小さめ。
 一言で表すと、可愛い女の子だ。
 いや、そんなことよりも……

 耳と尻尾が付いている。
 耳と言うのは人間の耳ではないし、尻尾は当然人間にはない。
 大昔はあったとか聞いた気がするけど、現代の今はあり得ない。
 しかし、目の前の彼女にはどちらもある。
 黄色と白のフサフサした耳に尻尾。
 形状からして、狐のそれだろうと思う。

 俺とぶつけたおでこは赤くなっていた。
 相当痛かったのか涙目になっている。

「痛いなぁ……って、え? 人間だったの!?」
「い、いやこっちのセリフなんだが!」

 思わず大きな声で反論してしまった。
 まさかの発言だったから、ついつい動揺してしまったようだ。

「あ、いやごめんなさい! そういう意味じゃなくて、あんまり硬いから岩か何かにぶつかったのかと思って……まさか人だったなんて」
「あぁ、そういうことか」

 少しほっとした。

「ごめんなさい! 急いでてあんまり前を確認してなくて」
「いや良いよ。それより大丈夫?」
「大丈夫です!」
「そう? おでこかなり腫れてるけど」

 時間が少し経過して、より腫れが強くなっている。
 あからさまにコブが出来ているぞ。
 ちなみに俺は大丈夫だ。
 強化魔術の使用中だったから、あの程度で怪我はしない。
 まっ、強化魔術を使っていた所為で強い衝撃を生んでしまったわけだが……

「平気です! 自分で治癒できますから!」
「治癒?」

 彼女は左手を自分の額に近づける。
 すると、方陣術式が展開され、淡い光が額に注がれる。

 彼女が使っているのは治癒魔術だ。
 それも無詠唱だし、魔力の流れも悪くない。
 相当訓練されているのがわかる。

 治療が終わり、額のコブが綺麗に消えた。
 ニコッと笑う彼女に、俺から質問する。

「えっと、君も魔術師なの?」
「はい! そういうあなたも?」
「ああ。俺はリンテンス」
「私はシトネ!」

 シトネ、変わった名前だな。
 王都の出身ではなさそうだけど。

「シトネは何でここに?」
「えーっと、実は私、魔術学校の入学試験を受けに来たの」
「そうなのか。じゃあ俺と同じだな」
「え、リンテンス君も? じゃあ同い年なんだ」
「ああ」

 どう見えていたんだか。

「試験に向う途中だったとして、何でこんな森に?」
「それはね、私の村が王都の外にあって、ここを通るのが一番近道だったからだよ。でもちょっと寝坊しちゃって……」
「それで慌てて走ってたわけか」
「うん。リンテンス君は?」
「俺は試験前に身体を動かしとこうと思って」
「そうなんだ」

 シトネとの話が進んでいく。
 彼女がこの森にきた理由とか、目的はわかった。
 って違う!
 そこも気になっていたけど、一番知りたいのはそこじゃない。
 もっとこう……見た目的な意味だ。

「あのさ……その耳と尻尾って……本物?」
「え? うん、本物だよ」

 本物か。
 ということは、やっぱり彼女は――

「先祖返りなのか」
「うん」

 先祖返り。
 今から数千年以上昔には、人間以外にもたくさんの種族が存在したらしい。
 そのうちの一つに獣人種と言う、獣と人間が混ざり合ったような種族がいた。
 現代ではいなくなってしまった種族だけど、遺伝子は俺たちの中に残っていて、時折その遺伝の影響から、先祖の姿が身体に現れることがある。
 彼女の場合は見た目通り、狐の獣人を先祖に持っているのだろう。
 文献で見たり、話には聞いていたから知識としては知っていた。
 実際に見るのは初めてだし、ちょっと興奮する。

「さ、さ、触っていみてもいいか?」
「えぇ?」
「や、やっぱり駄目か?」
「別に……いいけど」

 シトネは恥ずかしそうに……ではなく、困惑したように頷いた。
 その理由に心当たりはあるが、今の俺はあまり気にしていない。
 彼女の尻尾と耳に触れたくてソワソワしている。

「じゃ、じゃあ……」

 モフモフ、ふわふわ。
 おお……なんて気持ちいい肌触りなんだろう。
 ちょっと固めだけど、俺にはちょうど良い質感だ。
 抱き枕にしたらあっという間に夢の中に行けそうな予感がする。

「ぅ……くすぐったいよぉ」
「あ、あーごめん。ありがとう」
「……リンテンス君って変な人?」
「うっ、違うぞ」

 今の行動からして反論になっていないが……
 しまったな。
 こういう行動力は師匠に似てきてしまったのだろうか。

「急にごめん」
「ううん。リンテンス君は……普通に接してくれるんだね」
「え、あぁ……そういう偏見はないからな」
「ありがとう! ちょっと嬉しかった」

 えへへっと言いながら笑うシトネ。
 その笑顔は優しくて、淡くて、守ってあげたいと思える笑顔だった。
「あっ!」
「え、何?」

 急に大きな声を出したシトネ。
 それに驚いた俺に、彼女は時計を確認しながら言う。

「時間だよ時間!」
「時間?」

 俺は徐に自分がもっていた時計を眺めた。
 午前七時半。
 俺が屋敷を出たのは五時で、森に到着したのは六時前だったか。

「もうこんな時間か」
「何でそんなに冷静なの? 試験開始まで一時間しかないんだよ!」
「ああ、そうだな」
「そうだなって……」

 焦っているシトネを見ながら、俺は最初首を傾げた。
 気付いたのは数秒考えた後のこと。
 試験開始時間は八時半で、受付開始は八時から。
 早いのは一日のうちに試験を終えるため。
 そして、ここは王都郊外にある広い森で、試験会場となる学校は遠く離れた王都中心部。
 歩いて三時間、頑張って走っても一時間以上は確実にかかる距離だ。

「どうしよう、どうしようどうしよう……今日まで頑張って来たのに、こんなの……」

 シトネの瞳が涙で潤んでいる。
 今日の試験にかけた想いがあるのが伝わる。
 そもそも寝坊しなければ……とか無粋なことを口にする場合でもないか。

「大丈夫だよ、間に合うから」
「え? でも時間……この距離は――」

 ブツブツいうシトネに手を伸ばし、肩を掴んで抱き寄せ持ち上げる。
 お姫様だっこというやつだ。

「よし」
「え……えぇ!? リンテンス君?」

 あわあわと可愛らしく動揺しているシトネ。
 頬を赤く染め、恥ずかしさに耐えているのがわかる。
 そんな彼女に対して、俺は優しく微笑みながら格好つけたセリフを吐く。

「心配しなくて良いよ」
「リンテンス……君?」
「しっかり掴まっていて」

 力いっぱいに地面を蹴る。
 次に見えた景色は、森の中の薄暗さを忘れられるだろう。
 青い空と、東から昇った太陽の明るさ。
 広大な森を上から眺めて、大きな木の枝を踏み台にして、さらに前へと進む。

「えぇ! 何でこんなに速く動けるの?」
「何でって、強化魔術を使ってるからね」
「強化魔術……だけ? それだけでこんなに?」
「うん」

 シトネは驚いているけど、師匠はもっと速いぞ。
 強化魔術の効果は、流す魔力量と速度に比例して変化する。
 大量の魔力を速く滞りなく循環させる。
 原理は単純だけど、これを極めた魔術師はほとんどいない。
 と、以前に師匠が言っていた。
 強化魔術に時間をかけるくらいなら、他の属性魔術に時間をかけたほうが有意義だと、多くの魔術師が考えているからだ。
 実際、それは正しい。
 でも、雷魔術しか使えない俺にとって、強化魔術は大切な術の一つ。
 ここまで極められたのは、あの日に全てを失った恩恵だな。

「すごい……すごいよリンテンス君!」
「はっはは、ありがとう。でも舌噛まないようにね? もうちょっと速度上げるから」

 森から試験会場まで。
 今の俺なら三十分もあれば余裕でたどり着ける。
 そうじゃなかったら、時間を気にせず朝練なんてしていないよ。
 
「わぁ~ ここが王都の街なんだ」
「ん? もしかして初めて?」
「うん! 噂には聞いてたけど、すっごく広くて大きいんだね」

 シトネは俺に抱きかかえられながら王都の街を見下ろしている。
 建物と建物に飛び移りながら、よく見えるようにあえて高く跳んだり。
 こうして街を改めて見ると、確かにスケールの大きさを感じる。
 特殊な石で出来た建物もあれば、木造建築もチラホラ。
 街道には屋台なんかもあって、昼間は大勢の人でにぎわっていることだろう。
 王都は円形をしていて、外と内を高く分厚い壁で隔てている。
 外へ近いほど平民が多く、中心部の王城に近いほど、貴族たちが暮らす屋敷が多い。
 中心部へ近づくほど、建物の雰囲気は変わっていった。
 どこもかしこも豪華で大きい。
 金色の銅像なんて建っている屋敷もあったな。
 俺はあんまり好きじゃないけど、金色って金持ちっぽくて好まれるのか?

「シトネ、学校が見えてきたぞ」
「本当?」
「ああ、ちょうど目の前だ」

 王城のすぐ下。
 立派な時計塔をシンボルとする校舎が見える。
 横長の五階建ての校舎の他には、訓練用の闘技場、人口の森や湖なんかも用意されている。
 敷地面積だけでいえば、王城よりも広いのではないだろうか。

「この辺りで降りようか」
「うん!」

 魔術学校は特殊な結界で覆われている。
 一定以上の魔力を行使していると、その結界を通ることは出来ない。
 強化魔術と言えど例外じゃない。

「ほいっと」

 そういうわけで、近くの広い道に降り、抱きかかえていたシトネをおろす。
 一応時計を確認して、午後七時五十五分だったことにホッとする。

「これで間に合うな」
「うん……ありがとうリンテンス君!」
「おっ、シトネ?」
 
 急に抱き着いてきたシトネ。
 予期せぬ行動に対応が遅れて、俺は数歩後ずさる。

「お陰で試験に受けられるよ。本当にありがとう」
「い、いや……遅れそうだったのは俺の所為でもあるし。せっかく知り合えたんだから、お互い合格して仲良くしたいからな」

 とかそれっぽい理由を口にして、抱き着く彼女に視線をおろす。
 移動中はわからなかったけど、何だか良い匂いがする。
 これが女の子の匂いってやつか?
 モフモフの尻尾がふりふり動いていて、喜んでいるようにも見えるし。
 
 可愛いな……もう。
「そ、そろそろ離れてくれる?」
「あっ、ごめんなさい」

 ふぅ、やれやれ。
 いろんな意味で頭が疲れたな。

「さぁ行こう。もうすぐ受付が始まるよ」
「うん!」

 俺たちは横に並んで歩き始めた。
 すでに魔術学校の校舎は見えている。
 空からみた全体像と、地上の正面から見る景色は、違った印象があるな。
 さっきよりも校舎が大きく感じられる。

「受付は正門から入ってすぐだよね?」
「ああ。参加者が多いから、毎年闘技場で一旦集合するって聞いたな」
「今年も多いのかな~」
「例にもれず多いだろ。最低でも千五百……多ければその倍って年もあったかな」
「うぅ……大丈夫かな」

 自信なさげに顔を伏せるシトネ。
 母数の多さを改めて感じると、誰だって不安になるか。
 たぶんこれが普通の反応なのだろう。
 適当なことは言えないが、森での見事な治癒魔術を思い出す。

「シトネなら大丈夫だろ」
「え?」
「さっきの治癒魔術の一つでわかる。相当な訓練をしてきたんだなーってことはさ。それに頑張ったんだって自信が持てなきゃ、合格なんて出来ないと思うぞ」

 なんて偉そうに言っているが、あの頃の落ち込んでいた自分にも当てはまる。
 まったく耳に痛いセリフを言えるようになったな。
 自分を棚上げして、だけどさ。

「リンテンス君……ありがとう。君は優しい人だね」
「べ、別に他意はないからな」
「えっへへ、お陰で少し安心したよ」

 それは何より。
 と、思いつつ俺たちは正門を潜った。
 黒い鉄柵で囲まれた敷地内への第一歩は、大した意識もせずに踏みしめる。
 そして、たぶんこの辺りからだったのだろう。
 周囲の視線が多くなったのは。

 だだっ広い敷地内の道を真っすぐ進み、主の校舎手前で左に曲がる。
 さらに進むと、訓練に使われる闘技場にたどり着く。
 コロシアムと呼ばれる円形闘技場であり、実技訓練など様々な行事で使われるとか。
 ちなみにそのさらに奥へ進むと、人工の森と湖があって、そこも訓練場の一つとなっているらしい。

「リンテンス君あそこ!」
「ああ、受付だな」

 闘技場前に簡易テントがずらっと張られている。
 各テントに受付の職員が配置され、名前とかその他の情報を用紙に記載する。
 一応受験料を取られるが、微々たる金額だ。

「おはようございます。こちらにお名前と生年月日、居住区を書いてください」
「はい」

 俺とシトネは並んで用紙を記入した。
 一年は三百六十五日、一から十二の月に別れ、各月の平均は三十日。
 ちなみに今日は四月一日。
 用紙の記入は同時に終わり、二枚重ねて受付のお姉さんに渡す。

「確認しますね。シトネさんと、リンテンス・エメロード君?」

 後半の家名が少々上がり気味な発音だった。
 お姉さんは俺の顔をじっと見つめる。

「あなた……エメロード家の……」
「はい」
「……そう。確認が取れましたのでこちらをお渡しします。試験開始時には必ず闘技場内へ入っていてください」
「わかりました」

 微妙な空気のまま、お姉さんから参加証を貰う。
 そのまま受付を離れて闘技場に向うが、後ろからの視線が刺さるようだ。
 すると――

「リンテンス君って貴族だったの?」
「え、ああ……一応な」
「一応?」
「色々あるんだよ」

 名前の後ろに家名がついているのは、貴族の家柄に属する者だけだ。
 加えてエメロード家は名門の一つ。
 今ではいろんな意味で有名となり、王都内で知らない者も少ないだろう。
 特にこの学校には……

「おい見ろよあれ」
「ん? あ、もしかしてあいつが例の神童?」
「元だよ元神童。今じゃ一種類しか属性が使えない落ちこぼれだってさ」
「一種類とか……よくそれで試験を受けようとか思ったな」

 笑い声が聞こえる。
 陰口もチラホラ耳に入る。
 わかっていたことだが、やっぱり気分が悪いな。
 ため息もいつもより大きく出る。

「はぁ……」
「ねぇ、リンテンス君……みんながさっきからその……」
「ああ、俺のことだよ。元神童の落ちこぼれ。五歳までは十一種の属性が扱えて、神童なんて呼ばれてたんだけど、雷に打たれてからは雷属性の魔術しか使えなくなったんだ」
「そ、そうだったんだ……ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」
「別に良いよ。今はそんなに気にしてないから」

 実際あまり気にしてはいない。
 他人にとやかく言われようと、実力を見せつければ良い。
 この後の試験で、それを嫌と言うほど教えてやる。
 それにあの手の連中は相手にするだけ無駄だ。

 と、最初は思っていたんだ。

「ていうかあれ、隣にいる奴もやばいな」
「あー思った? 先祖返りだよな。動物の耳と尻尾って……臭いんじゃない」

 なぜか陰口の矛先がシトネに向く。
 先祖返りであることは、現代では快く思われていない。
 人間になりそこなった半端者。
 知性より本能でしか動くことのできない劣等種族と呼ばれている。
 彼らがシトネに向ける視線は、彼女をあざ笑い馬鹿にするものだった。

「あいつの従者か? さっすが貴族、面白いおもちゃを持ってるな」
「ぅ……」

 シトネの悲しそうな瞳が見える。
 そしたら――

「まったく……ごちゃごちゃうるせえなぁ~ 陰口しか言えないなんて、とんだ腰抜け共だな」

 俺の口は無意識に、彼らに対して悪態をついていた。
 これにはシトネも驚いて、しゃべった自分自身も驚いている。
 相手にするだけ無駄だと、わかっていたはずなんだけどな。

「言いたいことがあるなら堂々と言えよ。それとも後が怖くて言えないのか? お前たち程度じゃ、どうせ試験には受からないんだから安心しろよ」
「リンテンス君?」
「てめぇ……俺たちに言ってんのか?」
「さぁな。でも反応したってことは、自覚があるってことだろ?」

 ニヤリと笑う。
 男たちは怒りで眉間にしわをよせ、中途半端に激昂する。

「ふざけてんじゃねーぞ! お前こそ受かると思ってんのか?」
「当たり前だろ。俺のほうが強いんだからな」
「はぁ? 馬鹿を言って――」
「どうせすぐにわかるさ。受験者……いや、この学校で誰が一番優れた魔術師なのか! それを証明してやる」
「リンテンス……君」
「そうだろ? シトネ」
「……うん!」

 ちょっとは元気になったか。
 対して周囲の奴らは俺への敵意をむき出しにしている。

「はっ! だったら見せてもらおうじゃねーか!」
「心配しなくてもすぐわかると言ったろ?」
「ちっ……後悔させてやる」
 闘技場に向って歩く俺とシトネ。
 周囲の視線はあれど、今はもう気にしない。

「ごめんね、リンテンス君」
「何でシトネが謝る? 陰口を言ってたのはあいつらだぞ」
「でも……私が一緒にいた所為もあるし」
「はぁ、それを言うなら俺と一緒にいるシトネのほうが変な目で見られるぞ? 落ちこぼれなんかと一緒に歩いてるってな。嫌なら今からでも離れて歩くか?」
「嫌じゃないよ。リンテンス君が強くて優しい人だって、私は知っているから」

 そう言って、シトネは俺を見上げる。
 身長差の所為か、上目遣いでうっとりしているようにも見えて、思わずドキっとしてしまう。

「まぁ何であれ、俺たちのやることは変わらない」
「うん!」

 試験は三段階に分かれる。
 まず一つ、最初に行われる筆記試験。
 これは魔術に関する基礎や歴史をどれだけ理解し、記憶しているかを試される。
 続いて午前中から正午にかけて、実技試験が行われる。
 特別な装置によって魔力量を測定したり、魔術師としての適性やセンスを数値化される。
 この二つの試験はそこまで難しくない。
 大会で言えば予選と言っても良い。
 大変なのは午後に行われる実戦試験だ。

「リンテンス君!」
「シトネ、実技は終わったのか?」
「うん! そっちも?」
「見ての通りだ」

 お互いに二つの試験を終え、今は昼休憩の時間。
 実技試験と実践試験の間には、一時間の休憩が設けられている。
 その間に昼食をとり、午後に備えるというわけだ。

「シトネはどうだった?」
「う~ん、手ごたえはあったと思う。リンテンス君は?」
「俺は大丈夫だよ。実技はまぁあれだが、筆記は満点なんじゃないかな?」
「本当? すごいね!」
「たぶんだけどな」

 基礎は死ぬほど叩き込まれたし、歴史についても全部暗記している。
 これくらい出来て普通だと、師匠に煽られながら勉強した日々が懐かしいよ。

「残すは一つ……か」
「うん。午後の実戦試験だね」
「ああ。例年通りなら、全員を森に放って三分の一に残るまでサバイバルか」
「だと思うよ。いっちばん大変な試験って聞くよね」

 実戦試験の内容は毎年変わらない。
 闘技場の奥にある森へ入り、受験者全員での大乱闘。
 特性のブレスレッドを装着していて、それが破壊されたら脱落。
 三分の一に残るまで続け、最終的に何人を倒せたのか、どれだけ生き残れたかが評価される。
 ブレスレッド破壊という明確なターゲットはあるものの、毎年何人かは大けがをする危険な試験だ。

「頑張らなきゃ」
「ああ。それでさシトネ、俺から提案があるんだけど」
「ん?」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「予定時刻となりました。ただいまより最終試験を開始します」

 パンと森中に響き渡る音を合図に、受験者は一斉に森へ入る。
 いきなり乱戦にならないよう、スタート地点は十か所に分けられていた。
 さらに開始二分間は非戦闘時間として、戦うことは反則となる。

「ここの木って全部大きんだね」
「たぶん普通の木じゃないな」

 見た目は今朝いた森と同じだが、スケールが三倍違う。
 一本の長さが桁違いで、太さと葉の量も倍以上だ。
 詳しいことはわからないけど、魔術的な要素を盛り込んで育てられた木々なのだろう。

 さて、そんなことを言っている間に非戦闘時間は終わった。

「リンテンス君」
「ああ、途端にこれか」
 
 やれやれ。
 わかっていたことだが、清々しいほどクズだな。

「クククッ、また会ったな~ 落ちこぼれの元神童君。相変わらず二人仲良さそうだね」
「そっちは随分人が増えたな」

 木々の陰からゾロゾロと人が出てくる。
 ざっと確認しただけでも二十はいるか。
 俺たちをぐるっと取り囲み、逃げ場をなくしている。
 こういう状況になるのは、最初から予想できた。
 大勢で徒党を組んで挑むのは、実戦試験ではよくあることらしいからな。
 それでもシトネは苦い顔をして言う。
 
「卑怯者め」
「おいおい人聞きの悪いこと言うなよ。これはあくまで戦略だ。撃破数以前に三分の一に残ってないと話にならないからね。まず人数を集めるのは常識さ。そこの能無しじゃ考えが及ばなかったみたいだけど」

 ゲラゲラと笑うその他大勢。
 気品も何も感じられない下品な笑い方だ。

「まぁ卑怯かどうかは良いだろ。こっちも二人だからな」
「うっ……確かに」

 最初から知っていたから、俺もシトネに協力しようと提案した。
 他の受験者たちも、それぞれ徒党を組んでいる頃だろう。
 ルールにはのっていないし違反とはならない。
 しかしまぁ……

「二十か」
「ククッ、怖気づいたか? 今なら泣いて謝れば許してやっても――」
「少なすぎるだろ」
「……何だと?」

 男の顔が険しくなる。
 俺は大げさに両手を広げてジェスチャーしながら言う。

「少なすぎるって言ったんだよ。二十なんていないのと一緒だ」
「てめぇ……状況が理解できてないのか?」
「こっちのセリフだ。俺を倒したいなら、最低でも受験者の半数は連れて来ないと駄目だな」
「っ――余裕ぶっこけるのも今の内だぞ!」

 方陣術式が次々に展開される。
 狙いは当然、俺。
 ほぼすべての方向から一斉に発射されれば、逃げ場もない。
 
「リンテンス君……」
「大丈夫。俺の傍を離れないで」

 俺は右腕を高くあげ、人差し指を突き出す。
 さぁ開戦の狼煙をあげようか。
 四年半の修行の末に編み出した新術式のお披露目だ。
 師匠以外に見せるのは、これが初めてだが、とくと見せてやろう。

「終わりだ落ちこぼれが!」

 色源雷術(しきげんらいじゅつ)――

赤雷(せきらい)

 人差し指から四方に散る赤い稲妻。
 方陣術式を抉り破壊し、術者もろとも弾き飛ばす。
 地面には衝撃で大きな穴が点々と空き、敵意を向けていた二十人のうち十四名が、力なく地面に倒れ込む。

「ば、馬鹿な……」
「あれ? 全員やっつけたと思ったが、加減しすぎたか?」

 唖然とする男に、俺は不敵に笑う。