産声が聞こえた。
不思議なことに、その声は自分自身の意識にも強く残っている。
喜んでいるのは両親だろうか?
未発達の視界ではボヤけてよく見えないけど、とても嬉しそうに笑っているのは伝わる。
「見たか今の!」
「ええ、間違いないわ」
「赤ん坊でこれ程の魔力を持って生まれるとは! この子は間違いなく神童になる。いや、もしかすると我が一族から百年ぶりに『聖域者』となれる逸材だ!」
赤ん坊の名前はリンテンス。
由緒正しき魔術師の名門、エメロード家の次男として爆誕。
その五年後。
両親の期待に応えるように成長し、神童と呼ばれるようになった。
「リンテンス! 次は炎の魔術だ!」
「はい!」
心臓と同じ高さ、場所は逆。
右胸を起点にして、生成された魔力を循環させる。
循環させた魔力は、術式を介すことで様々な効果を発揮する。
例えばこんな風に――
「炎の檻よ」
燃え盛る炎を生成し、縦横を重ねた檻を形作る。
攻撃と拘束、二つの意味を持つ魔術。
「どうですか? 父上」
タラっと汗を流す父上。
ニコリと笑い、俺に言う。
「完璧だ、リンテンス」
「ありがとうございます!」
五歳になった俺は、父の指導のもと魔術の訓練に勤しんでいた。
初めて魔術を使ったのは三歳の頃。
文字の読み書きや一般教養を習うついでに魔術の基礎を学び、こっそり独学で実践訓練をしていたら、父上にバレてしまった。
怒られたとかはなくて、むしろものすごく褒められた。
三歳で魔術が使えた者など、歴史に名を遺す偉大な魔術師たちでも僅かしかいない。
この頃からだったと思う。
俺、リンテンス・エメロードが神童と呼ばれるようになったのは。
さらに月日は流れ――
「今日からは実践訓練に移るぞ!」
「はい!」
「以前に話した通り、西の森で魔物を狩ってもらう。もちろん私も同行するが、基本的にはお前ひとりでやってもらう」
「……はい」
俺はごくりと息を飲んだ。
魔物とは、異質な魔力によって凶暴化した獣のこと。
発生の原因や特性は、未だ謎に包まれており研究が進められている。
わかっていることは、動物のように繁殖し、狡猾で凶暴な存在だということだ。
「そう心配する必要はない。狙うのは比較的弱い魔物だ。お前ならまず間違いなく勝てる」
「は、はい!」
「いざという時は私もいる。臆さず戦いなさい」
父上は優しく俺の肩をたたいてくれた。
その言葉に勇気づけられ、恐怖が少しずつ和らいでいく。
「よし、では馬車を手配する。準備出来次第出発だ」
「はい!」
場所を移し、西の森に入る。
何度か訪れている場所でも、魔物を意識すると途端に怪しく見えるのは不思議だ。
揺れる木々や葉っぱが怖いなんて、口で言っても伝わらないだろう。
しばらく進むと、ケミの道に差し掛かる。
ここから先は馬車で通り抜けられない。
地面に突き刺さった木の看板には、魔物注意とかすれ文字で書かれていた。
「行くぞ」
「……はい」
緊張するな、と言われても難しい。
周りは自分より大きな木ばかりで、草でも大きなものは肩の高さを超える。
それら全てが敵に見えてしまうのだから、警戒を解くことも出来ない。
父上は毅然とした態度で俺の前を歩いている。
俺も大人になれば、こんな風に堂々としていられるのだろうか。
ガサガサガサ――
明らかに風の揺れではない音が聞こえてきた。
父上が足をピタリと止め、表情を曇らせる。
大きな木をなぎ倒し、姿を現したのは大きなクマの魔物だった。
「グリーンベア! ここで出てくるのか」
父上から舌打ちが聞こえた。
グリーンベア、以前に本で見たことがある。
体長は三メートルを超える巨大なクマで、森を縄張りにしている魔物の一種。
個体によっては一匹で小さな村を全滅させたりなど。
中々凶暴な魔物のはずだ。
でも――
俺ならやれる。
そう言ってくれた父上の期待に応えたい。
心で身体を奮い立たせて、俺は力いっぱいに地面を蹴る。
「――! 待てリンテンス! さすがにお前でも――」
「おおおおおおおおおおお」
父上が静止してくれたと気づいたのは、戦いが終わってからだった。
周囲の木々が斬り倒され、地面には大穴が空いている。
穴を埋めるように横たわっているのは、意識を失ったグリーンベアだった。
「はぁ……はぁ……勝ちました! 父上」
「……驚いたな。まさか倒してしまうとは」
父上は嬉しそうに笑っていた。
そのことが誇らしくて、また頑張ろうと思えた。
後で聞いた話によると、グリーンベアは魔物の中でも中堅くらいの強さを持っているらしい。
熟練の魔術師でも、下手をすれば負けてしまう相手だったとか。
それは確かに、父上も驚くだろうな。
とは言え戦いは無事に終わり、俺と父上は屋敷に戻った。
「聞いてくれ! リンテンスが一人で魔物を倒したんだ! それもかなり凶暴な相手をだ」
「本当? やっぱりすごいわね」
「ああ、自慢の息子だよ」
夕食を囲む席で、父上と母上が楽しそうに話している。
話題に上がっているのは俺のことだ。
褒め殺しをされているようで恥ずかしいけど、やっぱり嬉しさのほうが大きい。
両親の期待に応えられるように、これからも頑張らないと。
さらに五年後――
不思議なことに、その声は自分自身の意識にも強く残っている。
喜んでいるのは両親だろうか?
未発達の視界ではボヤけてよく見えないけど、とても嬉しそうに笑っているのは伝わる。
「見たか今の!」
「ええ、間違いないわ」
「赤ん坊でこれ程の魔力を持って生まれるとは! この子は間違いなく神童になる。いや、もしかすると我が一族から百年ぶりに『聖域者』となれる逸材だ!」
赤ん坊の名前はリンテンス。
由緒正しき魔術師の名門、エメロード家の次男として爆誕。
その五年後。
両親の期待に応えるように成長し、神童と呼ばれるようになった。
「リンテンス! 次は炎の魔術だ!」
「はい!」
心臓と同じ高さ、場所は逆。
右胸を起点にして、生成された魔力を循環させる。
循環させた魔力は、術式を介すことで様々な効果を発揮する。
例えばこんな風に――
「炎の檻よ」
燃え盛る炎を生成し、縦横を重ねた檻を形作る。
攻撃と拘束、二つの意味を持つ魔術。
「どうですか? 父上」
タラっと汗を流す父上。
ニコリと笑い、俺に言う。
「完璧だ、リンテンス」
「ありがとうございます!」
五歳になった俺は、父の指導のもと魔術の訓練に勤しんでいた。
初めて魔術を使ったのは三歳の頃。
文字の読み書きや一般教養を習うついでに魔術の基礎を学び、こっそり独学で実践訓練をしていたら、父上にバレてしまった。
怒られたとかはなくて、むしろものすごく褒められた。
三歳で魔術が使えた者など、歴史に名を遺す偉大な魔術師たちでも僅かしかいない。
この頃からだったと思う。
俺、リンテンス・エメロードが神童と呼ばれるようになったのは。
さらに月日は流れ――
「今日からは実践訓練に移るぞ!」
「はい!」
「以前に話した通り、西の森で魔物を狩ってもらう。もちろん私も同行するが、基本的にはお前ひとりでやってもらう」
「……はい」
俺はごくりと息を飲んだ。
魔物とは、異質な魔力によって凶暴化した獣のこと。
発生の原因や特性は、未だ謎に包まれており研究が進められている。
わかっていることは、動物のように繁殖し、狡猾で凶暴な存在だということだ。
「そう心配する必要はない。狙うのは比較的弱い魔物だ。お前ならまず間違いなく勝てる」
「は、はい!」
「いざという時は私もいる。臆さず戦いなさい」
父上は優しく俺の肩をたたいてくれた。
その言葉に勇気づけられ、恐怖が少しずつ和らいでいく。
「よし、では馬車を手配する。準備出来次第出発だ」
「はい!」
場所を移し、西の森に入る。
何度か訪れている場所でも、魔物を意識すると途端に怪しく見えるのは不思議だ。
揺れる木々や葉っぱが怖いなんて、口で言っても伝わらないだろう。
しばらく進むと、ケミの道に差し掛かる。
ここから先は馬車で通り抜けられない。
地面に突き刺さった木の看板には、魔物注意とかすれ文字で書かれていた。
「行くぞ」
「……はい」
緊張するな、と言われても難しい。
周りは自分より大きな木ばかりで、草でも大きなものは肩の高さを超える。
それら全てが敵に見えてしまうのだから、警戒を解くことも出来ない。
父上は毅然とした態度で俺の前を歩いている。
俺も大人になれば、こんな風に堂々としていられるのだろうか。
ガサガサガサ――
明らかに風の揺れではない音が聞こえてきた。
父上が足をピタリと止め、表情を曇らせる。
大きな木をなぎ倒し、姿を現したのは大きなクマの魔物だった。
「グリーンベア! ここで出てくるのか」
父上から舌打ちが聞こえた。
グリーンベア、以前に本で見たことがある。
体長は三メートルを超える巨大なクマで、森を縄張りにしている魔物の一種。
個体によっては一匹で小さな村を全滅させたりなど。
中々凶暴な魔物のはずだ。
でも――
俺ならやれる。
そう言ってくれた父上の期待に応えたい。
心で身体を奮い立たせて、俺は力いっぱいに地面を蹴る。
「――! 待てリンテンス! さすがにお前でも――」
「おおおおおおおおおおお」
父上が静止してくれたと気づいたのは、戦いが終わってからだった。
周囲の木々が斬り倒され、地面には大穴が空いている。
穴を埋めるように横たわっているのは、意識を失ったグリーンベアだった。
「はぁ……はぁ……勝ちました! 父上」
「……驚いたな。まさか倒してしまうとは」
父上は嬉しそうに笑っていた。
そのことが誇らしくて、また頑張ろうと思えた。
後で聞いた話によると、グリーンベアは魔物の中でも中堅くらいの強さを持っているらしい。
熟練の魔術師でも、下手をすれば負けてしまう相手だったとか。
それは確かに、父上も驚くだろうな。
とは言え戦いは無事に終わり、俺と父上は屋敷に戻った。
「聞いてくれ! リンテンスが一人で魔物を倒したんだ! それもかなり凶暴な相手をだ」
「本当? やっぱりすごいわね」
「ああ、自慢の息子だよ」
夕食を囲む席で、父上と母上が楽しそうに話している。
話題に上がっているのは俺のことだ。
褒め殺しをされているようで恥ずかしいけど、やっぱり嬉しさのほうが大きい。
両親の期待に応えられるように、これからも頑張らないと。
さらに五年後――