先輩は顔を戻し、まっすぐに前を向いていた。正面の一番奥の壁には、バスケットボールのリングゴールが見える。
「今は……先生とかコーチとか指導する立場の仕事や、スポーツ医学関係の仕事に就きたい、ともちょっと思ってる。千早に少しそんな話をしたら、いろんな関連本を貸してくれて、なんか俺より張り切ってる」
「そうなんだ……」
 本の貸し借りをしていたのは、それだったのか。
「体のメンテナンスとか、そのスポーツに対する効率的な体の鍛え方とか、あと、本番で十分力を出せるような脳科学的なものとか栄養学、精神面のバックアップなんかも学んでいきたいし、資格も取れるものは取りたいと思ってる」
 すごい……具体的にしっかり将来設計を考えてて、しかも人の役に立とうとしてて……なんか、かっこいい。
「お……応援します!」
 思わず拳に力が入り、私は翻った声でそう言ってしまった。すると、先輩が目を丸くして、「ハハッ」と笑った。その爽やかな声と顔が、私の脳にしっかりと刻まれる。
「ていうか、なんか熱く語りすぎた。澪佳にだけしか言ってないから、これ、内緒で」
 “内緒”という響きも、昨日から呼ばれている私の下の名前も、なんだか特別な響きを持って聞こえた。いつの間にか乾いていた汗。風がサアッと体育館内を駆け抜け、私と先輩の前髪が揺れる。
「母校のバスケ部も澪佳も、俺の職場体験ということで」
 立ち上がって伸びをした先輩。ただでさえ高身長なのに、伸びをして大きくなった影にすっぽりはまってしまう。
 先輩は、そんな私に手を伸ばし、
「よろしく」
 と上から言った。
「よ、よろしくお願いします……わっ!」
 おずおずと手を伸ばした私は、ぎゅっと掴まれたかと思うと、引っ張り上げられて立ち上がる。ふわっと浮いたような感覚に瞬きをしていると、
「てことで、練習再開」
 と先輩が笑った。
 土曜日の先輩は、よく笑う気がする。そんなことを思いながら、私は、
「はいっ」
 と返事をしたのだった。



「ねぇねぇ、荘原さんて、九条先輩とどんな感じなの?」
 月曜日の部活中、体育館の外の水道で洗い物をしていると、珍しく根津さんが話しかけてきた。今、女バスは休憩中らしい。
「どんな感じって……」