3、
テルテル坊主の効果があったのかは定かではないが、翌日は快晴になった。

王都の郊外にある住宅地の一角で、集合時間より少し早く着いたエマは、アベルを待ちながら書類に目を通していた。
朝、アンナから渡された書類には、アベルや竜騎士の転職経緯についてのメモが書かれていた。心配したアンナが、聖殿の事務局長をしている父親経由で調べてくれたのだ。
それによると、運送業に転職することを決めた他の竜騎士たちは、アベルにも声をかけたらしいのだが、アベルがそれを断ったらしい。
アベルは、祖父も父親も竜騎士で、子供の頃から竜騎士になるための教育を受けて育ったので、この職業にこだわりが非常に強いそうだ。しかも、冒険者たちの間でも有名なほどの「頑固で負けず嫌い」で。何度も説得をしたそうだが、首を縦には振らなかったらしい。
メモの最後には「無茶しないように!」と書かれていた。
エマが、メモを閉じたちょうどその時、アベルを乗せたドラゴンがゆっくりと降りてきた。
「こんにちは! 迷いませんでしたか?」と手を振るエマに、ドラゴンから降りながらアベルは言った。
「上から君が見えたので、迷いはしなかったよ。でも…」と、雷帝の槍を片手に、周りを見回しながら怪訝な表情のアベル。
「本当にここで合っているのか? 上から見た限り住宅しかないように見えたが」
「大丈夫です。合ってますよ。ほらここです」
と、エマが目の前にある建物の入り口を指さした。
入口の看板にはこう書かれていた———『王立 きらぼし保育園』

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「私が園長のリカです。今日はよろしくね、アベルさん」
「よろしく…」
「ドラゴンさんは、どうされたの? 今日はご一緒じゃないの?」
「玄関脇で待ってます」とエマが答える。
「あら、そうなの。でも、後でお庭のほうに入れてもらって大丈夫よ。広さはたっぷりあるから」
と、園長はアベルに目配せした。
「あの、実は…」
「では、早速園内をご紹介していくわね。まずここが園児のお昼ご飯を作る厨房で…」と、アベルの気が乗っていない様子などはお構いなしに、園長は説明を始めた。
「いや、あの…」
「アベルさん、ちゃんとお話し聞いてくださいね」と肘で突いたエマをアベルは睨みつけたが、エマは涼しい顔で厨房内をのぞき込んだ。

———10分前
「保育園だと? ここが俺に紹介したい転職先だと言うのか?」
「はい」
「君は、本当に、これが俺に相応しい仕事だと思っているのか?」と、アベルはエマを睨みつけて言った。
「ええ。だって、ドラゴンが連れていける仕事だったら特に希望はないって言ってましたよね? ここなら、広い園庭があるので大丈夫ですよ」エマは、アベルの剣幕など位に返さず、平然と言った。
「それは確かにそう言ったが…」と言い淀むアベルに、エマが被せて言う
「それに、空を飛べるなんて子供たちにも大人気になるだろうし、竜騎士団の団長さんやっていらっしゃったくらいだから教育とか指導も上手そうだし、それに子供もある意味怪獣みたいなものだから慣れているだろうし…」
「ドラゴンは怪獣ではないし、子供より遥かに賢い」

こんなやりとりが5分ほど続いた後、「竜騎士って、ドラゴンの世話は出来ても、子供の世話は出来ないんですね。まあ、ドラゴンより子供のほうが難しいですもんね。しょうがないか」とエマが“負けず嫌い”のアベルを焚きつけたところで、勝負あり。こうしてエマはアベルを園内に引きずり込むことに成功した。


「こちらが、園児が日中過ごすプレイルームです」と、園長が扉を開けると、
「わーーーーーー○△×#■△○×!!!!」
と、子供だちが飛び出してきた。
「!!!」
「ねえ、ドラゴンは!?」
「竜騎士団のお話を聞かせて!」
「この槍、触ってもいい?」
「だっこして!だっこ!」
と、たじろぐアベルを取り囲んだ。
「みんな、さあ、部屋に戻って戻って」と園長が子供たちに促すが、
「今日もドラゴンに乗ってきたの?」
「私もドラゴンに乗りたい!」
「この槍、雷を落とせるって本当?」
「だっこして!だっこ!」
と、容赦なくアベルの足や槍を触りまくっている子供たちに、園長はため息をついて言った。
「ほら、アベル先生が、今から中でお話もだっこもしてくれるから、いい子はお部屋に戻って!」
「あの、私は先生では…」
「「はーい。アベル先生、行こう!」」と、子供たちに手を引かれ、アベルは部屋に引きずりこまれていった。