君子は俯いた。やはりそうするより他に道はないのだろう。納得しなければならない。わかっているのに、思わず声に出してしまいそうになる。しかし、それよりも先に、婚約者は口を開く。

「私も、君が傷つくのであれば、世間に倣ったほうがいいのかなと思っていました。ただ、君の気持ちを聞かずに判断していいのかと……ふと誰かに囁かれた気がしてね」

 視線を感じる。人々は食事や歓談に夢中になっているから、こちらを見ているはずがない。やはりこの視線も、人ならざる者が寄せるものだろう。それ以外は、この目の前の男から寄せられる視線に他ならない。
「君は最後まで学びを続けるべきだ」
「ですが……」
「君のことを揶揄う者がいたら、こう言っておやりなさい。『先方のお許しは頂いていますから』とね」

 出会って二回目の交流だというのに、何故ここまでしてくれるのか。君子にはわからない。格上のお家なのだから、強引に事を進めることもできるだろうに。
「あの、どうして、そこまで……」
 君子は思わず口にしていた問に、男は静かに答えた。
「私は、向上心のある者が好きです。それに、君が女学校の話をしているときの笑顔が、実に」
 それまでは、すらすらと話していたというのに、急に言葉に詰まった。君子は不安になってその顔に視線をやると、心なしか赤らんでいるような気がした。
「徹様?」
 思わず彼の名を口にしてしまう。はしたないことだったかもしれないと思いつつも、そうせざるを得なかった。
「実に、好ましいと、私は思う。だから、貴女の望むようにしたい。その旨は、父にも貴女の御父上にも伝えています」
「ありがとうございます。会って間もないわたしのためにそこまで言ってくださるなんて」
 そう告げると、男はさらに顔を赤らめて、消え入りそうな声で語り始めた。君子からすれば徹と出会ってそれ程日は経っていないが、徹はもっと前から君子のことを知っていたそうだ。なんと半年前に女学校の前で家人を待っているところを見かけてから、ずっと想いを寄せていたというではないか。視線を感じることは、君子にとって珍しいことではなく、またいつものものだろうと思ったから、気が付かなかった。
 自身が憧れの先輩を見つめていたように、自分も誰かから好意を寄せられていたのかと思うと、恥ずかしくてたまらなかった。