「今夜はええ。雪穂が来るまで開けちょくけん」

そして。
閉店時間の十時になった。

「やっぱり来らんの…」

「申し訳ありません…。遅くまで…」

「ワシはええ。店の奥が住まいだけん」

「そうなんですか…」

「今夜はうちに泊まるか?アンタさえよければ、だが」

泊まる予定ではなかったが…
それくらいの気合いを入れてもいいかもしれない。

「ご迷惑でなければ…」

「ええよ。着替えも息子のがあるけん」

息子がいるのか…。
そういえば店主のことは何も知らなかったな…。

「息子さんは…ご一緒にお住まいなんですか?」

「いや…。あれは広島におるんだ。結婚して子供もおる」

「失礼ですが…奥さんは?」

「…あぁ…嫁は、息子が中学んときに病気でな…。亡くなった」

「…そう、でしたか…。申し訳ありません、悲しい話を思い出させてしまって…」

「もう随分経つけんの。すっかりやもめに慣れたわ」

それから俺と店主は今までしてこなかったお互いの境遇について語り合った。

店主は奥さんが亡くなった後、大学進学で息子さんが広島に行くまで男手ひとつで育て上げたのだそうだ。

苦労…したんだな…。

旅館の板前を生業にしていた店主は、息子さんの独立を契機にこっちへやってきたという。