突然涙を流した彼女に驚く。
泣くほど旨いとか、そんなんじゃない。
静かに涙を流す彼女に何もしてやれない自分が歯痒かった。

「その酒には親父さんの雪穂への愛情がたっぷり詰まっとる。毎年毎年変わらず送ってくるけんの…」

酒…だっのか…。
親父さんとは彼女の父親。
店主は彼女と遠縁だと言っていたから…父親とも当然面識がある、そういうことだ。

でも彼女が泣いている事実から考えると。
いい関係性を保ってはいないのか?

何も知らない俺が横から割って質問などできない。
だから沈黙を守り続けている。

漸く店主を見上げた彼女は呟いた。

「おじさん…おじさんの心遣いには感謝してます。でも…あたしはもう…家のことは忘れたいの…」

「だったらなんでここに来るがや?ここには雪穂の…田舎のモンがいっぱいある。忘れたくても忘れられんだろが」

「それは…おじさんのご飯が美味しいから…」

「ほんに田舎のことを忘れたい思うならここに来らんだろが。ずっと気になっとんのやないのか?親父さんや…蔵のことが…」

「やめて!…加賀見さんも…いるのにそんな話…」

彼女から俺の名前が出た途端。
店主は俺を見て顎をしゃくる。

え?
まさかこのタイミングで…?

「こん人には聞いてもらってええ。いや、聞かないけん」