彼女がカウンターに腰掛けると俺はさも自然にその隣に腰掛ける。

「おじさん、お腹空いちゃった」

「適当にパパっと出そか?」

「うん」

俺は話しかけることをしなかった。
まずは空腹を満たして欲しかった。

「時間が遅いけん。胃に優しいもんな」

店主はそう言って、定食風に盛り付けられた盆を彼女の前に置いた。

「いただきます…」

俺の存在が彼女の食事の邪魔になってはいけないと思い、ただ黙っていた。

すると店主は小さなグラスを彼女のほうに置く。
透明な液体が入ったそれを見た彼女は店主に尋ねる。

「これは?」

「今年の…斗瓶囲(とびんがこ)いだ…」

「えっ…」

「飲んでみろ」

トビンガコイ?
俺には初めて聞くワードだ。
なんだろう?

彼女はそっとグラスに口をつけ、ゆっくりと流し込んだ。

「どうだ?」

「美味しい…」

「今年は夏が(ぬく)すぎての。えらい苦労しよったようだ。だがやっぱりええ味に仕上がっとる。いつもの味だ。さすが親方だの…」

店主の言葉に彼女は何も答えぬまま、ただゆっくりと飲み続ける。

「雪穂にも飲ませてくれ、言うちょったわ」

店主を驚きの表情で見上げた彼女。
その瞳からすっと一筋の…
涙が伝った…。