店主がトイレの場所を教えてくれたのでそっちへ向かう。
体は彼女と反対の方向に向いているが、耳だけはまだ二人の会話を捉えようとしている。

雰囲気をぶち壊されたのか、二人の声はもう聞こえなかった。

トイレから出て再びカウンターの前を通り過ぎ座敷に戻った。

「加賀見さん、トイレ長かったですね」

「そんなことないですよ」

「そうかなぁ…」

折原の何か言いたそうな様子がわかってはいたがコイツにもまだ俺の仄かな恋心を知られたくはない。

何食わぬ顔で食事を再開しようとしたところで店主がやってきた。

「加賀見さん、ちょっと…ええですか?」

「え?」

店主が右手で手招きをする。

「ちょっと、すみません」

俺は折原に小声でそう言って、座敷を出た。

カウンターには彼女の姿はもうなかった。
帰ったのか…

残念な思いにうちひしがれてしまう。

店主はカウンターに座り、俺も隣に座るよう促した。
そして重い口を開く。

「加賀見さん…。どうか雪穂のことはそっとしといてやってくれませんか…」

店主の意図が掴めず目が泳ぐ。

「は?…どういう…意味ですか?俺は別に…」

「加賀見さん。ワシはね、伊達に長く生きてない。アンタを見てりゃわかります。雪穂に特別な感情を持っておられる…」

愕然とした。
隠していたつもりだった。
上手く隠せていると思っていた。