中上雪穂。
彼女と会って以来俺の脳内は気付けばいつも彼女に支配されている。
以前彼女のことが頭から離れなかったときとは違う。
明らかに好感に変わっている。

だが。
俺には彼女に関する情報があまりにも少ない。
名前と住まいしかわからない。
そんな状態でどうするつもりなのか。

まずこの感情だ。
これを仮に恋と名付けるとして。
いや、仮にではなく既に恋なんだろうが…
啓子に抱いていたものとは違う。
それだけは、はっきりわかる。
啓子はすべてにおいて完璧だった。
女王のように堂々としていた。
アイツはきちんと自己評価出来る女だ。
そしてその評価は決して低くない。

でも…
彼女はどうだ。
中上雪穂は限りなく自己評価が低いのではないだろうか。
よくいえば控え目なのだが、見ようによっては卑屈になっているかのような態度もそうだ。
強いていうなら、日本酒の話をしているときだけは自信を持っている気はするが。

「…さん、加賀見さん」

自分が呼ばれていると気付き振り向くと折原が俺のデスクまで来ていた。

「折原さん、何か?」

「ちょっとお願いしたいことがあって。っていうか、加賀見さん、どしたんですか?何度も声掛けてたんですよ?」

「えっ?そうなんですか?すみません、全然気がつきませんでした」

「なんか上の空っつーか、心ここに在らずでしたよ?」

ヤバい…。
彼女で頭が一杯になっていて、俺らしからぬ態度だった。

「申し訳ありません…」

「いや、別にいいですけど…。なんかあったんですか?仕事でトラブルでも?」

「いえ、そうではありませんよ」

折原は探るように俺を見ていた。