「乗ってください」

俺は助手席のドアを開いてそう言った。
同意を得ず強引には乗せられないから。

「大丈夫です…」

は?
大丈夫じゃねぇだろ?

「見たところ歩いてあの公園に行かれたんですよね?傘も差さずに。ということはあなたの自宅はこの近くだ。違いますか?」

「…だとしても…。あなたには関係ありません…」

「確かに関係はないです。でもこのまま放置してあなたが風邪を引いたりしたら俺も寝覚めが悪いんですよ」

「風邪なんて引かないから…」

「は?」

「とにかく大丈夫ですから」

女はそう言って車から離れて歩き出した。

ったく…
どこまで頑固なんだか。

「どうしても車に乗るのを拒否されるならせめてこれを持っていってください」

俺は傘を差し出して女の頭上に翳した。

「でもこれは加賀見さんのですから…」

女から出た自分の名前。
コイツに最後に会ってからもう一月以上経っているのに、まだ俺の名前を覚えてたんだ。

まぁ、忘れられない程強烈な印象だったんだろうが。

だが俺はそれには一切触れずに言った。

「俺は車なんでなくても平気です」

「お借りしてもお返しできませんし…」

「返さなくてもいいです。あなたに差し上げます」

「そんな…」

「フゥ…。あなたがどうあっても俺からの親切を受けられないのなら。たまたま通りかかった男だと思ってください。たとえあなたでなくても俺は同じことをしたと思いますから」