してやられた…。そう…思った。

俺はまだまだそこまでは思えなかったから。
彼の言葉に素直に感銘を受けた。

「じゃあ、また今度どっかのイベントで会えればいいですね」

そう言って帰りかけた彼を慌てて止める。

「あの!待って、待ってください!これ、俺の名刺です!よかったら名刺、いただけませんか?」

俺の懇願に彼は笑顔で名刺を取り出し渡してくれた。

そこには、”大倉銘醸有限会社 代表 大倉久則(おおくらひさのり)”とあった。

「蔵のトップなんですか…」

「ええ…トップって言ってもうちは零細企業なんで」

そう言って大倉は豪快に笑う。

「責任とか…重大ですよね…」

「ああ…まぁね…。弱小とはいえ雇用している従業員とその家族の生活があるからね。でもなんとかやってるよ。オタクは?」

「あ…俺は…飛び込みで修行させてもらって…いずれは跡を継ぐと…」

「へぇ…すごいね…。蔵の関係者でもないのに?」

「はい…ちょっと恥ずかしいんですけど…彼女の実家が…老舗酒蔵で…」

大倉は片づけをしている雪穂の方をチラリと見た。

「押しかけ亭主だ」

「…まぁ…そんな、感じです…」

「理由なんてね…なんでもいいんですよ。要はやる気があるかないか。俺もね。最初は継ぐ気なんてまったくなかったし実家に帰るなんて思ってなかったんだよ。でもね。やっぱり…親が戻って来るなって言うとかえってさ。なんで?俺は跡継ぎだろ?って思うようになっちゃって」

「継いで欲しくはなかったんでしょうか?」

「いや。順調な蔵なら継がせてもよかったんだろうけど。その当時のうちはさ。すっげー経営危なかったから。借金背負わせたくなかったんじゃない?」

大倉は笑顔で話しているが。
恐らく相当な苦労があって現在に至っている、そんな気がした。