「うわっ!!」「キャー!」

一斉に上がる声に周囲が驚いて振り返っている。

「大丈夫ですかっ!」

イベントスタッフらしき女性が慌てた様子で走って来た。

「すみません…。大丈夫です…」

「章悟さん!」

後ろで酒瓶を補充していた雪穂が戻って来て心配そうに俺の顔を見ている。

「ごめん…ドジった…」

「大丈夫?」

「うん…俺は、大丈夫。それよりも…大事な酒を…零してしまった…」

「仕方ないです…」

俺たちが項垂れていると、背後から大きな声が聞こえてきた。

「おお!なかなかいい香りですね!零れたのが広がって…すごいね!何とも言えんふくよかな香りだ!」

え?なんだ?

見上げると隣の酒蔵の男が近くにいる人たちに大声でしゃべりかけている。

その声につられるように。
人が一人、また一人と、うちのブースに近づいて来た。

「ほんとだ…」「いい香り。吟醸香?」

俺は慌てて立ち上がる。

「うちの一押しの純米大吟醸です。是非お試し下さい!」

そう言って目の前にいる人たちにプラカップを配る。

「じゃあ頂こうか」

一度香りを嗅いでから口に含んでいる。皆、日本酒の通のようだ。

「おお…」

一番年配らしき男性が最初の一声。
続いて他の人達も皆揃って感嘆の声を上げている。

「すごいな…、飲む前の香りは柔らかいのに飲んでみると冴えわたるような香りに変化する…。それに甘さと辛さのバランス…。後味のキレがいい。えっと…中上、酒造さんね」