「それでは親方。お言葉に甘えて行ってまいります…」

「うん。気をつけてな。アイツに…高橋に宜しゅう言うてくれ。それから…お母さんとお姉さんにも…もし会いに行くなら。ワシがきちんとご挨拶せんで申し訳ないと伝えて欲しい…」

「わかりました…。俺の母と姉なら大丈夫です。俺を立派に育ててくれたこちらに、二人は感謝してるんで。それだけで」

「雪穂…。お前は初めて挨拶するんだけん、粗相のないようにな」

「うん…」

「絶対に会うって決めてるわけじゃないから安心して…雪穂の体調に合わせるから」

そう。
今は…不安定な状態はほとんどなくなり随分と快復しているからとはいえ、何があるかわからない。
絶対に無理はさせたくない。

だが雪穂が精神的に安定してきたのは誠に喜ばしい。
だけど…その安定の理由が正直俺は気に入らない。

それは俺の嫌いなあの、精神科医の力だからだ。
雪穂の快復の一番大きな要因になっているのがそれだから。
本音を言えば認めたくない。
アイツが雪穂に施した治療、それは。
まず自分を肯定し、自分を好きになる。
それから自己評価を上げ、他人と比べない。

その洗脳じみた診療がジワジワと浸透し、少しずつだけれど強くなってきた。

「ほら。皆を待たしとるんやないんか?はよ行ったれ」

「はい。では…」

親方に頭を下げて雪穂を促し母屋を出た。
蔵の前に止めたバンに戻ると皆が俺たちに気付く。

「おぅ!来た来た!」

「すいません、お待たせしました!」

蔵の皆。そして事務の藤原さんも勢ぞろいだ。

「じゃあ…行ってきます。留守の間を宜しくお願いします」

俺が言うと雪穂も続いた。

「皆さん。どうもありがとう…。お土産買ってきますね」

そんなのいいって!と言う声が飛び交う中、
車に乗り込む。
皆が大きく手を振ってくれているのをバックミラーで確認しながら俺たちは一路東京を目指して出発した。

目的地までは有料道路を使っても九時間以上かかる。
途中で休憩しながらだから十時間以上はかかると思っていいだろう。

「章悟さん…。姫路くらいまでならあたし、運転できるかも…」

「えっ?」

「だって…すごい距離だし…。休憩したとしても一人で全部運転するなんて無茶じゃないかと思って。車の台数が少ないところならあたしも運転できるんじゃないかな…」