それから。
藤原さんはどうもどこかへ電話を掛けている。

「あ、仕事中すんません。杜氏は?ああ、はい。いえね。竹下さんがクレームある、言われるんで。はい、ええ。お願いしますわ」

受話器を置く音がして。
竹下さんが怒鳴る。

「杜氏は!?来るんか!?」

「はい、他の従業員も皆で来るみたいですよ」

「全員で謝るならワシも考え直すわ」

慇懃無礼に竹下はそう言った。

全員で謝る…。
自分のせいで…皆に、仕事以外の迷惑をかけている…。
雪穂の心臓が高速で拍動し、そのせいで体が熱くなり額から汗が流れた。

間もなく事務所のドアが開き、何人かの足音が聞こえる。

「お待たせしましたな」

父の声だ。

「おぅ。杜氏。こん従業員はどういう教育しとんか。エライ失礼なこと言いよるが」

「ほぅ…失礼とは、どんな?」

「もう客やとは思わんとか、そういうこと言うんだが。客に対する態度じゃないが?」

「藤原さん。竹下さんの言わいのはほんのことか?」

「はい。だってお嬢さんと加賀見さんを侮辱されたので」

「なに?」

藤原さんは続ける。

「お嬢さんの昔の傷を抉るようなこと言われましたけん。あたしもそれを黙って聞く必要ない、思いましたに」

「どういう…ことかいの?竹下さん」

「どっ、どういうて、ほんのことでねか。アンタの娘がまた男に逃げられたっちゅうんは…」

「己!もっかい言ってみろや!」

この怒鳴り声は…岩田さん?

「誰が逃げた、やて!?」

これは…中田さん。
それから。蔵人の全員の声が代わる代わる聞こえて来た。
全員が。
怒っていた…。