それは。
あることないこと囁かれ雪穂が体調を崩した後に。
起きたらしい。

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最初に聞こえたのは藤原さんの大声だった。
雪穂は彼女のそんな声を初めて聞いた。
たまたま事務所の奥にある小部屋で整理をしていたときに。
その声は聞こえた。

体調が悪くて伏せがちになっていても、雪穂はそうやってちょこちょこ事務仕事や裏方仕事を手伝っていたのだが。
その時雪穂がすぐ近くにいたことを誰も知らなかった。

「いらっしゃい、今日は?」

藤原さんがいつものようにお客さんに対応している。

「あぁ…今日はまぁ、酒はええわ。それより…お嬢さんのコレ。また逃げたらしいの」

声の主は町内でも噂好きで有名な老人だった。

「はぁ?何言うちょるんですか。竹下(たけした)さん。そんなんと違いますけん。家族さんが体調崩されて一旦帰っとらいだけです」

「一旦帰ったっていって、もうかれこれ二ヶ月は過ぎちょろうが。そげん長いあいだおらんて、やっぱアイツも無理だった、いうことだがの」

「いい加減にさっしゃいよ!お嬢さんのこともあん人のこともなんも知らんモンがええ加減なこと言わんで!」

「な…なんだと?ワシぁ客だぞ?」

「うちの従業員とお嬢さんを悪う言う人はお客さんじゃありませんけん!」

「何を…!ええわ!そんな物言いすぅなら二度とこん店には来らんけんの!」

「はぁはぁ、ええですよ!来られんで!」

「グググ…。ええ根性しとるの!杜氏を呼べ!こんな失礼な従業員頸にしてもらあわ!」

雪穂は自分が原因で口論になっているのを、息を殺して聞いていた。