そこで再び父親が俺に話しかけてくる。

「章悟。お前をそんないい男にしてくれた仕事だ。生涯かけてその仕事に邁進してくれ。お父さんはもう長くないが…それだけを言いたくてな」

えっ?ちょっと待てよ。
聞いてた話と違うじゃないか。
親父はただの腎臓病だろ?それもまだ透析をしないでもいい程度の。
これからもしかしたら透析しなくちゃいけなくなるって。
そのくらいの軽度なんじゃねぇのかよ?

慌てて姉を見る。

姉は悲しそうに俺に微笑みかけるとそのまま俯いて泣き出した。

そして母は。
父の隣に座り直す。
しっかりと父の手を握りしめた母の姿を見て。

本当なのだと。
父の命の火は。
消えかかっているのだと…
理解した…。

だったらなぜ…姉は俺にあんな出鱈目を吐いたのか?
俺の言いたいことは聞かずもがなだったのだろう。姉が静かに口を開く。

「ごめんなさい…章悟。アンタにほんとのこと言っても帰って来てくれなかったら…ショックだから…だから言えなかった」

「それって…俺がこの家を毛嫌いしてるって知ってたのか?」

「アンタがあたし達を疎ましく思っているのはずっと…気付いてた。
なのに…どうしたらいいかわかんないからそのままにして…。でもね。
お父さんが病気になって初めて気付いた。アンタがあたし達の前から姿を消しても…生きてる限りは会えるって思ってた。でも…お父さんの死が現実的になりそうになって…アンタが本当に大切な家族なんだって気付いたの。いつ会えなくなるかわからない。だから…二度と会えなくなる前に…どうしても会いたくて。お父さんとお母さんにも…会って欲しくて…」