結局雪穂の軽自動車を借りることになり、礼を言って母屋を後にした。
畑に戻って中田さんに謝る。

「すいませんでした」

「おぅ」

中田さんは俺に何も追求せずに普段どおりの様子で作業をしている。
この人のこういうさり気ない心配りはありがたかった。

十八時になり、大きなサイレンが町中に鳴り響く。
このサイレンを初めて聞いたときは、あまりにも大きな音で火事かなんかが起きたのかと勘違いしてとても驚いた。

雪穂曰く、田舎では防災無線として各家庭と屋外に設置されていて。
サイレンの鳴り方によって実際に火災発生の情報発信のときもあるという。

ただ正午と夕方に鳴るものは機器点検のためのものが多く、ここらの住民は時報がわりに聞いているという話だった。

俺も今では正午と夕方のサイレンを時報と認識している。

「お疲れ様でした」

「お疲れぇ」

いつもの挨拶を交わして中田さんと別れた俺は急いで離れに戻りシャワーを浴びた。
適当に服を選び、携帯と財布だけ握りしめ母屋に向かう。

母屋の玄関を開けるとすでに雪穂が夕食の準備を始めているらしく、屋内に充満する旨そうな匂いで俺の鼻が勝手にクンクンとひくついた。

一回でも雪穂の作ったメシが食えないなんてなぁ…

心の中で折原の顔を思い浮かべ軽く舌打ちした。

食堂へ入ると自席にに座っている親方の姿があった。

そうだ。やっぱり親方にも話しておかないと。

「親方、お疲れ様です。実は今から…」

言いかけた俺を親方が制す。

「雪穂から聞いた。気をつけての」

「あ…はい、すみません…」

雪穂が炊事の手を止め。俺にキーホルダーのついた鍵を手渡してくれる。

「じゃあこれ。気をつけて行って来てくださいね」

「ありがとうございます。お借りします…」

後ろ髪を引かれる思いで食堂を出た俺は裏に回って雪穂の車に乗り込んだ。