俺が彼女を見初めてから。
今までずっと。
彼女への想いは変わらないし色褪せたりしていない。

でも。
初めて携わる蔵人の仕事に。
必死で食らいついていかなきゃならないその仕事をやっているときは。

自ずと彼女のことを考えている余裕なんてなくなっていた。
蔵人の修行をしている俺が…そんな俺の姿が…
彼女の心をほぐしてくれたのか。

なんだか日本酒みたいだ。
糖化と発酵を同時に行う並行複発酵で造られる日本酒。
蔵人の修行をしながら同時進行で俺の恋も実らせてくれるとは。

でもまだ決定的なことを言われたわけじゃないから。
早とちりで道化になるのはいたたまれない。
だからど真ん中を狙わず外角ギリギリの変化球を投げてみる。

「雪穂さん…もしかして…俺のこと、ちょっとは見直してくれたんですか?」

「それはもうとっくに!そうじゃなくて…」

ちょっと牽制しすぎたか?

「じゃあ…どういうことなんでしょう?」

意地悪く思われるかもしれない。
が…、今まで散々俺の気持ちは伝えてきたのだから。
君の口から直接聞きたいと思うのはいけないだろうか?

「だから…その…今まで色々言いましたけど…加賀見さんの気持ちが嘘じゃないって…思えるから、だから…」

「嘘だと思ってた?」

「いえ!最初はちょっと疑ってましたけど…でもこんなド田舎に来て信じられないくらいアナログな仕事に就いて…それって嘘ではできない…」