「こらこら、加賀見、何泣いちょる」

俺の様子に驚いた中田さんが横からそう言ってきたが。
酒造りに関係ないことまであれやこれや。
俺の頭の中に映像として流れて来る。

東京(あっち)での雪穂との出会い。
俺の人生の岐路となった彼女への想い。
すべてを捨てこっちへ来て。
色んな確執があって。
信じられない事態に巻き込まれて。
だけど俺を信じてくれる人たちがいて。

そんな事柄が頭の中を駆け巡った。

「すいません…なんかもう…色んな思いがごちゃ混ぜになっちゃって…」

中田さんはもう何も言わなかった。
そして親方が一言。

「遅うなったが昼メシ食うて来い。雪穂も…一緒に食べる言うて待っちょるけん…」

え…。
昼メシ、そういえばまだ、だったな…。
全然頭になかった。
緊張し過ぎて空腹も感じなかったから。
でも、よく見たらいつもの昼食の時間を優に二時間は過ぎている。

こんな時間まで彼女は食事を摂らずに俺を待っていてくれたなんて…。
申し訳なさ過ぎて涙も止まった。

「ワシはもうよばれたけん、はよ…行ったり」

親方の言葉に後押しされ、俺は涙を拭いて立ち上がった。

「じゃあ…行ってきます…」

親方と中田さんが俺に満面の笑みを送ってくれ、俺は蔵を出た。