「すいません、お待たせしちゃいましたね」

「いえ…。あの…何かありました?」

「え?…何も、ないですよ?」

「そう…ですか?」

恐らく彼女は何も知りはしない。
今日の事を聞いたらきっとまた心を痛めてしまうだろう。
俺は彼女に気を遣わせないよう、笑顔で言う。

「腹減ったな…。今日のご飯は何ですか?」

「うちの酒粕を使った汁と、豚肉の生姜焼きです…」

「旨そうだなぁ」

仕事の話は一切触れるまい。
そう決めて俺は雪穂と共に母屋へ向かった。

食堂に入ると親方が定位置に座っている。

「お待たせしてすみません」

「あぁ…」

いつもと変わらない親方の様子に胸を撫で下ろす。
俺もいつもと変わらない様子で食事を堪能した。

「ごちそうさまでした」

「いえ…お粗末様です」

雪穂との会話もいつも通りだ。
親方に会釈して、俺は離れに戻った。

いつもどおりを演じるのは少しだけ俺を疲弊させた。
早く風呂に入って寝よう。
そう思っていると急に外が騒がしく感じて窓を開ける。

そこには…
パトカーがいた。

サイレンを鳴らしてはいないものの、赤色灯は回したまま敷地内に駐車している。

何事だろう?
こんな治安のいい田舎でパトカーの存在は一種の不安を覚えさせた。