そこで何も言い返さないかと思ったが。
雪穂は親方に食い下がった。

「でも…酒蔵の修行だけでも大変なのに…」

「それは覚悟の上だろうが」

このままじゃ、折角元に戻りかけている親子関係が脅かされる。
しかも俺が原因で。
それだけは、しちゃいけない。

「雪穂さん…本当に大丈夫です。親方の言われるとおりです。それだけの覚悟で…こっちへ来たんです」

雪穂は俺にも何か言いたそうではあったが、なんとか黙ってくれた。

こんなに彼女に心配をかけてちゃダメだ。
加賀見ならある程度のことはできる、そう彼女に思ってもらわなくては。
何よりもまず、彼女の信頼を得る。
それが重要じゃないのか。

俺が彼女に心配をかけないようになれば、杞憂も少しは和らぐだろうから。

朝食を終えた俺は一旦離れに戻る。
皆は大体八時半ごろに出勤してくるらしい。

ハァ…
それにしても彼女が作ってくれた朝食は旨かったな。
毎日あれが食べられるなんて贅沢極まりない。
たとえこのまま想いが通じなくてもいいとさえ思ってしまう。

蔵に初出勤する時間まで俺は専門書を開いて日本酒の勉強をした。
ノートにはびっしりと書き込みがしてある。

でもまだまだ。
日本酒の奥深さを真に理解するまでには至っていない。
午後からの座学が楽しみだ。