「箸箱…ですね」

ボソリと呟くと彼女が言った。

「あ…変わってますよね。この辺りでは昔から一人ずつ専用の箸箱があるんです」

「へぇ…」

箸箱なんて子供の頃の弁当の日に持って行ったくらいしか記憶にない。

まぁ弁当にも郷愁を感じるようないい思い出なんてないんだが。

雪穂は忙しそうに世話を焼いている。
手伝ったほうがいいのだろうか?

「あの…雪穂さん、何かお手伝いしましょうか?」

俺がそう言うと親方が横やりを入れる。

「加賀見。蔵の仕事は体力勝負だ。無駄に力は使わんでええ。家事は雪穂の仕事だけん」

「あっ…すみません…」

「気を遣ってもらってありがとうございます」

「いえ…差し出がましいことを言いました…」

「でも父の言うとおり、慣れないお仕事ですから…無理はしないで下さい」

無理か…。
予想していたよりも遥かに厳しいのかもしれないと…
思い始めてはいる。
それは純粋に業務のことだけじゃなく。
この土地や人々の慣習に自分がついていけるかと…。
簡単にいくとは思っていない。
だが、実際に来てみて、初日と今朝だけでも驚きの連続だ。
早く慣れないと…

「加賀見。まずは相手を観察することだ。無理して合わせているうちに自然にできるようになるけん」