「あとは健康であること。風邪なんかはもっての他だが日頃から体調管理には留意せないけん。それから発酵食品は食べられん」

え?
発酵食品がダメ?

「アンタ、東京の人だわな。納豆はよう食べるんか?」

「あ…はい…好きです」

「酒造りの期間は食べんでもらいたい。日本酒が終わっても焼酎を仕込むけん、結局は食べれんのだがな」

「納豆が…」

「酒造りに欠かせん(もろみ)は麹に種麹を振りかけて作る。そこに他の菌、特に納豆の菌は強くてな。簡単に他の菌を駆逐してまうんだ。納豆菌に侵食された麹はええ醪になれん。そうなるとええ酒もできん」

「そうなんですか…」

「麹を仕込む部屋は(むろ)いうて温度と湿度、清潔さの管理が徹底されとる。もちろん他の工程でもいえるんだがな。麹は特に繊細だけん」

日常生活にも変更を余儀なくされるんだ。

「どげだ?嫌んなったか?」

「そんな!大丈夫です。納豆や発酵食品を食べられないくらいで、やめる気はありません」

父親はうむと頷いた。

それから蔵におけるそれぞれの担当業務の説明に移った。

父親は一枚の紙を俺の前に置いた。

「これはうちの蔵での役割分担を示したもんだ。見てわかると思うが、ピラミッド型になっとってな。頂点におるんが杜氏と呼ばれる酒造りの最高責任者だ」