彼女の父親が話したいこと。
積もり積もった話があるんだろう。

その中には恐らく俺のことも。
だが彼女にとって俺は。
特別な相手でもなんでもない。
酒蔵で修行したいヤツ。
それだけの説明で充分だろう。

俺はまず台所に行き、シンクの下の棚を開けた。
鍋やらフライパンといった調理器具は揃っている。
必要なものは洗剤と…
俺は手帳を出して必要なものをメモしていった。

東京のマンションは引き払い、家財道具も処分した。
手荷物として持参したのは当面の着替えと携帯とパソコン。
あとの荷物は雪穂に言われて「暖々」の店主に預けている。

こっちの状況によって、店主から送ってもらう手筈になっていた。

雪穂は父親がすぐに俺を受け入れてくれると予想はしていなかった。
長期戦になればずっとこっちにはいられないから、一旦店主の家に間借りさせてもらうつもりだったのかもしれない。

意外にすんなり認めてもらったが…
その事が素直によかったとは、まだ思えない。
酒蔵の修行がいかにキツイものか。
ネットで調べただけだがかなり厳しそうではある。

単に酒を造ればいいのではなく。
様々な煩雑な業務が山ほどある。
それを俺がこなせるようになるのだろうか…。

いや、何がなんでもやるしかない。
彼女のために。
そして俺自身が自分を誇れるようになるために。