「あの…最初からそこまでしていただくのは…」

「勘違いすんでね。見習いのうちは給料もねし、朝の早うから夜中までこきつかわれるんぞ。普通のサラリーマンとは違うけんの」

なるほど。
給料をもらうに値する仕事ができるまではそうなのだ。
住まいが与えられたからといって、決して優遇してくれているんじゃないんだ。

「それでよければ早速明日からやってみろ」

「お父さん…さすがに明日からは…。慣れない土地で加賀見さんも疲れてるし…」

「雪穂さん。ありがたいですがお気遣いは無用です。それなりの覚悟でいましたから」

雪穂は心配そうに俺を見ている。
俺のせいで彼女に余計な不安を抱かせるわけにはいかない。

彼女が胸を張ってここで生きていけるように。
俺はただできることをやるだけだ。

少々の苦労なんて気にならない。
彼女の負った心の傷に比べたら…
なんてことはない。

「よろしくお願い致します」

父親は頷いて言った。

「明日は六時に起床だ。朝食の後、蔵に案内する。午前中には蔵の仕事をしてもらう。午後からは日本酒の知識についてワシが座学をやるけん。そのつもりで」

「わかりました」

そして離れに案内された。

離れとはいえ、台所も風呂もトイレもあり、その上部屋が二つもある。
一人で暮らすには贅沢過ぎるくらいだ。

「アンタ、炊事はできぃのか?」

「はい。長く一人暮らししていたので大丈夫です」

「そげか。調理器具は一通り揃っとるけん。他に必要なモンがあれば近所にスーパーもあるけん、そこで調達すればええ」

「ありがとうございます…」

「雪穂。お前はちょっと来い。話がある」

父親は彼女にそう言って二人は離れから出ていった。