彼女の言葉どおり、俺には特別な能力などなかったのだ。
人より優れていると思うなんて傲慢以外の何物でもなかったのだ。

だが俺はそれを気付かせてくれた彼女に感謝するどころか。
夢の中で殺してしまうほど、いつの間にか憎んでしまっていた。
そうやって自分の人生を他人のせいにして現実逃避している。
それがいけないとわかってはいても、現実に向き合う勇気が持てなかった。

就職してからそんな自分を一掃しようと努力を重ねた。
俺が勤めているのは大手ビールメーカー。
そこで営業を担当している。
主力商品であるビールではなく、輸入ワインの営業だ。
仕事上役に立つことが一番の理由ではあったが、ワインの勉強を誰よりも頑張ったのは背後にチラつく彼女の顔があったのも否めない。

見返してやりたい。
後悔させてやりたい。
色んな感情が綯交ぜになり、俺は寝る間も惜しんで勉強に勤しんだ。
社内で設けられている数多の資格の中で、ワインに関する資格を取得できたのもその努力の賜物。
これで俺は中身のない男ではなくなった。
ワインに関しては誰からも一目置かれるようになった。
当然仕事でも生かせている。

だが営業という仕事柄、自分の知識を必要以上にひけらかすのは避けた。
資格を取得したとき先輩から釘を刺されたのだ。

「俺たちの仕事は知識をひけらかすことじゃない。いかに相手の気分をあげてうちの商品を買ってもらうか、仕入れる量を増やしてもらうか。それが目的だ。その為には相手を持ち上げることもできなきゃならない」

先輩の言葉に士気が下がったが、言われることもよく理解できた。
新人に近い俺が得意先の担当者よりワインについて熱弁をふるったとき。
あからさまに嫌な顔をされた経験があったからだ。

それから俺は相手を見て話す内容を吟味するよう心掛けた。
そうやっているうち、顧客からの評判もよくなり今の俺の地位が確固たるものになった。

仕事ではそうやって自己顕示欲を抑えられても。
体得した知識をひけらかしたい欲求がなくなったわけじゃない。

だがなかなかそんな機会に恵まれないまま日々を過ごすしかなかった。