就職が決まった俺は半ば逃げるようにそれまで住んでいた町を出た。
彼女との思い出を完全消去したい思いが俺を逸らせた。

実家に戻るという選択はなかった。
俺に執着している母親と姉のいる家は反吐が出る。

俺の家族は両親と六つ離れた姉の四人。典型的な中流家庭だ。
中流というのは少し謙遜しているかもしれない。
年に一度は家族で海外旅行にも行っていたし、自家用車を二台も所有していればもはや中流とは呼べないだろう。

父親は友人と会社を興し、経営に携わっている。
その会社の内情まで詳しくは知らないが、生活ぶりから鑑みてもうまくいっているのだろう。
母親は専業主婦で趣味に生きている。
元々飽きっぽい性格だからなのか、趣味もコロコロ変わっている。

姉は…今は結婚して両親と同居している。
夫は父の会社の社員で将来有望株とされているヤツだ。
俺という長男がいても父は彼を婿養子として迎えた。
いつのころからか家に寄りつかなくなった息子に期待するのはやめたからかもしれない。

俺にとってはそっちのほうが好都合だった。
異常なほど俺に執着している母親と姉から逃げたかったからだ。

小さな頃は二人の溺愛ぶりをなんとも思っていなかった。
褒められることを嫌だと思うヤツはいない。
だがそれも度を越えれば異常だ。
それに気付かず俺はずっと過ごしてきた。

だが今思えば。
そんな二人に甘やかされたせいで俺は自身を買い被ってしまっていたのだ。
自分は人より優れた容姿と、その容姿と同じくらいの能力も備わっていると
勘違いしてしまったんだ。
それを信じて生きてきた結果が…
彼女との別れだ。