「うわぁ…寒…」

とにかく大袈裟なくらい着込んでくるようにと雪穂に言われて。
そのアドバイスに忠実に従った俺はダウンを着て、マフラーもしっかり巻いてきた。
それでもこの寒さは痛いと表現したほうが相応しい。
冷気によって肌が刺されている…そんな形容だろうか。

「フフ…今日はまだマシなんですよ」

「えっ!これで?」

「東京では考えられないでしょう?でも今から行くところはもっと寒いですから」

「ここよりもまだ?」

「はい」

「マジか…」

「もう降参ですか?」

「まっ、まさか!大丈夫です!」

彼女は柔らかく微笑む。
その笑顔だけで、俺は頑張れる。

俺は今、雪穂と共に彼女の実家へ向かっている。
東京から新幹線と在来線を乗り継いでひとまず県内に入った。
が、彼女の実家はここからまたさらに在来線を乗り継いだ山奥だという。

すでに六時間あまり経過しているのにこれからまた一時間以上かかるらしい。
これは相当な秘境だ。

「ほんとに…遠い…」

「加賀見さんが驚くと思って黙ってましたけど、実は全行程で八時間ほどかかります」

八時間?
一日の就業時間じゃねーか。

「それは…すごい…」

「あ…それから。実は今日のこと、実家には言ってないんです。だから突然訪ねて父は…歓迎してくれないかもしれません…」