「酷い…」

そのときの彼女の悲痛さを思うと。
怒りとやるせなさでどうしようもなくなってくる。
目を閉じて怒りを逃がそうとしているところに彼女の声が響いた。

「おじさん…。それだけじゃ足りない。まだ…説明しきれてない事実が…」

「雪穂!」

なんだ?
急に彼女の名を叫ぶ店主の声に驚き、目を開く。

「いいの。話すなら…全部話さないと…」

「けど…」

「今なら…まだ…引き返せる…。きっと」

彼女はそう言って視線を俺に向けた。
引き返すのは…
俺の気持ちが、か?

「何を聞いても…変わりません。言ってください」

「無理…しないでいいです…」

「無理なんてしてません。でも…言いたくなければ言わなくてもいいです…」

どうあっても俺は…
自分が知りたい欲求よりも、彼女の精神が乱されない方を優先したい。

「反発して出て行ったのではありません…」

「え?」

「元…夫です…。今、おじさんは反発して出て行ったと言いましたけど、事実は違うんです。女性と…一緒に…あたしは捨てられたんです…」

「不倫して…駆け落ちした、と?」

彼女は弱々しく頷いた。

言いようのないほどの怒りが込み上げる。
でもまだ。
もう少し聞いてからでないと。