戸惑っていた男たちのうちの一人が、ぐ、と剣を握りしめた。

「陛下に剣を向けたとなればどうせ死罪……それなら、こっちの方が人数は勝ってんだ。皇帝陛下がご乱心なら、大義名分がたつ!」

 言うなり、龍宗に切りかかっていく。

「うおおおおお!」

 他の四人も同じように後がないことを悟って、死に物狂いで龍宗にむかい始めた。それを龍宗は、右へ左へと受け流し相手を追い詰めていく。実に見事な剣捌きだった。そして一人の男に剣を突き刺そうとした瞬間。


「陛下、殺してはいけません!」

 飛燕の声で、龍宗の手が止まった。

「大事な証人です。やるなら半殺しで止めて下さい!」

「ちっ」

 龍宗はくるりと剣を返すと、柄の部分で男の腹を思い切り殴打した。

「ぐっ」

 男は白目をむいてその場に倒れる。残りの男たちも同様に、次々と倒していった。


「陛下! 飛燕!」

 すると、また新たな声と複数の足音が通路の出口の方から聞こえた。衛兵たちを従えた余揮だ。

 余揮は、足元に呻いて転がる男たちをよけながら、龍宗たちに近寄る。飛燕の腕が血にそまっているのを見て、眉をひそめた。


「どこか切られたのか?」

「たいしたことはありません。それより、陛下、お怪我は?」

 剣を腰のさやに戻しながら、龍宗は答えた。

「俺がそんなへまなどするものか。秋華は大丈夫か?」

 聞かれて飛燕が振り返れば、壁際に呆然と立ちつくしていた秋華は、今だ震える手に短剣を握り占めていた。

「わ、私……は……」

 言いかけた秋華だが、事が終わったことを理解して緊張の糸が切れたのか、すい、と意識が遠のく。

 倒れかけた秋華を、あわてて飛燕が支えた。その手から短剣をとろうとするが、気を失っても秋華の手はそれを握りしめたままだ。こわばった秋華の手からなんとか短剣を引き抜くが、よほど力をこめていたのか、その手には血の気がなく真っ白だった。それを見て、飛燕は目を細める。

 どれほどの勇気を振り絞って、その行動を起こしてくれたことか。秋華があの時男を刺していなければ、飛燕はこんな傷ではすまなかっただろう。

「本当に、ありがとうございました。おかげで助かりました」

 意識のない秋華に言って、飛燕はその体を抱き上げた。


「あとはまかせたぞ」

 転がっていた男たちを衛兵が連れて行くのを確認すると、龍宗は足早に牢を後にした。急いているその様子に疑問を持って、飛燕が余揮に視線を向ける。余揮はその額に深く溝を刻んで言った。


「皇后様が毒を飲まれて意識がない」

「!」

「毒の種類はすぐに特定できたので問題はない。今、薬師が治療にあたっている」

「そう……ですか。それはよかった。それで龍宗様は急いでおられたのですね」

 龍宗のあとを追って、飛燕たちも通路をゆっくりと出口へと向かう。衛兵たちの姿はすでになく、残されたのは飛燕たち三人だけだ。


「余揮様も早くここから出られた方がよろしいです。ここは冷えるので、膝にきますよ」

 とたんに顔をしかめた余揮を見て、飛燕は続けた。

「最近、少し右の足を引きずっておられます。痛むのではないですか?」

「気づかれているとは思わなかったぞ」

「あなたがそういう風に育てたのでしょう?」

「期待以上に育ったな。……なぜ、陛下の側を離れた」

 余輝の声は低い。


「申し訳ありません」

 ちら、と余揮は秋華に目を走らせる。

「人質をたてにとられたか」

「目的が陛下ではなく皇后様のようだったので、それならば捕らえられている秋華殿の方が危険な立場にあると判断しました。おとなしく周尚書についていけばきっと彼女と同じところに連れていかれるでしょうから、まずは彼女の方を助けてから、と」

「だからと言って、陛下の身の安全を確保せずに動いたのは失敗だったな。どちらも、とる、のが最善の策だ」

 当たり前のように言った余輝に、飛燕は苦笑する。

「やはりあなたは厳しいですね」

「……いや、違うな。最善ではない」

 考え直したように、余揮が言った。


「では?」

「陛下も、この巫女も、そしてお前も。全てをとらなければ最善とは言えない」

 飛燕は、軽く目を見開く。

「ああ……そうでした」

「陛下に何かあったら、お前が次の皇帝だ。なんのために、お前を陛下の側においているのか、よもや忘れてはいまいな?」