あまりの突飛な内容に、龍宗はあきれて二の句がつげない。璃鈴もただ茫然とその話を聞く。

 その様子を見て、憎々し気に伝雲が続けた。

「その証拠がその毒のお茶です。陛下の信頼を得てからその命を狙おうなどと……全く、恐ろしい小娘ですわ」

「そんな……このお茶は、秋華が……」

 言いかけたが、その秋華がここにはいない。

「秋華? お前と一緒に来たあの娘ですね。お前は、その娘に罪を押し付けようというのですか?!」

「違……!」

 言いかけて、ふと璃鈴は気づいた。


 ここに秋華がいないのは、偶然なのだろうか。璃鈴の胸に、恐ろしい予感が広がった。


(秋華は、どこ?)

「陛下、こちらへ。その娘は危険です」

 は、と璃鈴は龍宗をみあげるが、龍宗は毅然として周尚書に言い放った。

「璃鈴は、そんなことはしない」

「龍宗様……」

 だが、伝雲はそんな龍宗の様子にも全く引くことなく続けた。


「騙されてはいけません、陛下。この女官が証言いたしましたわ。その秋華と言う侍女に言われて、毒入りのお茶を用意したと。それも、皇后の指示だったのですね」

 璃鈴は、伝雲の後ろに真っ青になって震えている夏花を見つけた。璃鈴と目が合うと、今にも泣きそうな顔で夏花はうつむいてしまう。

 仕組まれたと、璃鈴はすぐに気づいた。確かにあの時の夏花の様子はおかしかった。夏花は、あの時に自分が持っていたものを知っていたのだ。

(夏花……つらかったでしょうに)

 あのとき、もっとそのことについてちゃんと考えてみればよかった、と璃鈴は後悔するが今ではもうどうにもならない。なにより、どうしたらそれを証明できるのかがわからない。


「その女を捕縛せよ」

 周尚書がそう言うと、その背後から衛兵がばらばらと現れた。とっさに璃鈴は、龍宗の腕をつかむ。

「璃鈴に触れるな!」

 龍宗の鋭い声に、衛兵たちはびくりと足を止めた。

 衛兵たちから守るように自分の目に立ちふさがった龍宗を、璃鈴は見上げる。


「龍宗様は、このことを心配しておられたのですね?」

「璃鈴?」

 怪訝な声で、龍宗は璃鈴を振り向いた。

「龍宗様は、後宮では一度も、食べ物も飲み物も口にされたことがございません」

 は、と龍宗は表情をこわばらせた。そんな龍宗を切なそうに見てから、璃鈴は卓に置かれた茶碗に視線を落とした。


「このお茶には、毒が入っているのですか?」

 伝雲は、その言葉を聞いてあざ笑う。

「何を白々しい。それは、お前が一番知っているのではないのですか?」

 璃鈴は、まっすぐに龍宗を見つめた。

「私は、このお茶に何もいれておりません」

 そう言うが早いか、璃鈴は茶器を手にすると、その中にあった茶を一気に飲み干した。

 夏花の悲鳴が響き渡る。

「皇后様!」


「ばかな……璃鈴!!」

「信じてください。私は……龍宗様、を……決して……」

 全てを飲み下すと、途端に胸が焼けるような激しい痛みが襲ってきた。璃鈴の視界が瞬く間に暗くなっていく。遠くで龍宗が呼ぶ声が聞こえた。

(信じて……ください……)

 それだけを考えながら、璃鈴の意識は薄れていった。


  ☆


「……殿、秋華殿!」

 自分が呼ばれていることに気づいて、秋華は、ふと、目をあけた。


「ああ、よかった。ご気分はいかがですか?」

 ほ、としたように微笑んだのは、飛燕だった。

「飛燕、様……? どう……痛っ!」

 自分が横になっていることに気づいた秋華は、言いながら体を起こそうとして、ずきりと痛んだ頭を押さえた。


「無理に起きてはいけません。頭が痛いのですか?」

「少し。……ここは?」

 体を起こした秋華は、その場に座りこむ。秋華の寝ていたのは、冷たいむきだしの土の上だった。薄暗いその場所を、秋華は見回す。