「淑妃たちから、茶の誘いなどはないか?」

「いいえ。残念ながら」

 璃鈴は、時々他の妃たちが庭で茶会など開いていることを知っていた。けれど、声を掛けようとすれば、すぐに彼女たちは部屋に戻ってしまう。最近では、妃たちが集まっているのを見てもなるべく姿を見せないようにしていた。


 うなだれる璃鈴を見て、龍宗は独り言のようにつぶやく。

「やはり、そうだろうな」

 淑妃の言っていた璃鈴の様子は、龍宗の知っている璃鈴の姿とは重ならなかった。

「あの、でもいずれきっと、仲良くなることはできると思います。ですから、龍宗様は何も心配しないでくださいましね」

 けなげにもにこりと笑う璃鈴を見て、龍宗は目を細める。


 璃鈴が後宮に来てから数か月になる。その間、淑妃がこぼしたような愚痴めいた苦言を、龍宗は彼女から聞いたことは一度もなかった。

 強引に璃鈴を後宮へと迎えた自覚があった龍宗は、わずかな罪悪感と緊張を持って彼女を迎え入れた。当初は恨み言の一つも聞く覚悟だったが、そんな龍宗の不安など全く無意味だったことを、龍宗は璃鈴との日々で感じ取ることができた。
 璃鈴は、ひたすらに純粋に、龍宗を慕ってくれた。


「龍宗様?」

 自分をみつめてくる無垢な瞳は、今はもう、龍宗にとってなにより安らげる場所を作ってくれている。だから龍宗は、璃鈴が嘘をついているとは思わないし、璃鈴が嘘をついていない以上、違えた話をしているのは淑妃の方だとわかることができる。

 そんな自分に、龍宗は自嘲した。

(なのに、俺はまだ……)


「いや、こっちの話だ。……あの女たちは、俺の子を産むためにこの後宮に入れられた」

「はい」

 璃鈴は、表情をひきしめる。

「どの女たちも、誰かどうか官吏たちと縁戚関係にある。それが、どういうことかわかるか?」

 面白がっている顔で、龍宗は璃鈴を見上げた。

「権力争い……」

「そうだな。その一言につきる」 

 重いため息をついて、龍宗は背を長椅子に預けた。


「俺を籠絡しろ、皇后に負けるな、と言われてここへ来たんだろう。どの女たちも、美貌、知性、どれをとっても国でも有数の素晴らしい女たちだ」

 龍宗は、明貴たちの見事な舞を見た時のことを思い出す。舞も琵琶も、そして玉祥の指の先まで神経を使うような優雅な仕草も、以前の後宮を見たことのある龍宗の知る限りでも極上の女性達だった。

 なのに、龍宗の気を引くことだけにしかその能力を発揮できない場所に追いやられた彼女たちを見て、龍宗はなんと哀れな、と思わずにはいられなかった。その憐れむような笑みを、玉祥は誤解したようだったが。


「場所を違えれば別の幸せが彼女たちにもあるだろうに、せっかくの花の盛りをこんな狭い宮で寵を競わせて……哀れなことだ」

 璃鈴は、わずかに目を丸くする。龍宗がそんな風に思っているとは思わなかった。

「後宮の妃はそのすべてが、ただ一人、皇帝陛下のためだけにある存在です」

 龍宗は顔をあげた。璃鈴が、わずかにまつげを震わせる。


「美貌も知性も、それが国で最高の方のためにささげられるものだからこそ、妃たちは競って自分を磨き上げるのです。皇帝陛下は、それほどに尊い存在なのですよ。そして選ばれた女性が陛下の皇子を産んで……後宮とは、そういう場所です」

「……そうだな。何より、俺が言うことではないな」

 我に返った龍宗は、苦笑する。そして、あまりに他の女性を褒めすぎたことに気づいたが、璃鈴自身はそのことは気にしていないようだった。


 龍宗は璃鈴の手をひいてその瞳をのぞきこむ。

「怒ったか?」

 璃鈴は複雑な表情で口を開いた。

「そんなことはございません。龍宗様の言う通り、他の妃の方々は素晴らしい女性ばかりですもの。龍宗様に喜んでいただけるのでしたら、後宮の妃としてはこの上ない喜びでしょう。でも……」

 口では否定しても、璃鈴は少しばかり機嫌を損ねていた。


「そんな素晴らしい妃様方の中において、私は美しさも知性も持ち合わせておりませんし……龍宗様があの方々の元へとお通いなさいましても文句なんて言えませんし……」

 龍宗に直接文句も言えず横を向いて小さくつぶやき続ける璃鈴を見て、龍宗は笑いをこらえるのが精いっぱいだった。

 自覚がないまま嫉妬している璃鈴に、龍宗は愛しさがつのる。

「本当にお前は、かわいいな。では、作るか?」

「作る?」

「俺の皇子だ。作り方を知らなければ手取り足取り教えてやるぞ」