「あまり顔を出されますな」

 飛燕は、一生懸命首をのばして窓の外を見ようとする璃鈴に苦笑する。


 迎えにいった里では、一番幼い巫女だった。龍宗と違って巫女の顔と名前をしっかりと全部覚えていた飛燕は、迎えに行く巫女の名を聞いた後も何度も龍宗に確認した。だが、龍宗はがんとして皇后は璃鈴だと譲らなかった。なぜ龍宗が璃鈴にそれほどにこだわるのか、飛燕にはその理由がわからなかった。


「でも飛燕様、見たこともないものばかりで、目が離せません」

「璃鈴様は、里の外に出るのははじめてであられるか」

「はい」


 里を出て三日が過ぎていた。馬で璃鈴たちに並走する飛燕は、その間ずっと馬車の窓に璃鈴の顔を見続けていた。好奇心が旺盛なあたりは、思った通りの子供だった。

「後宮に入ってしまわれれば、なかなか外の景色を見ることもできますまい。次の宿には、早めにつく予定です。どうでしょう。少し、街の中をご覧になってみますか?」

「本当ですか?」

 願ってもない申し出に、璃鈴は目を輝かせた。


「飛燕様、危ないのではございませんか?」

 璃鈴の隣で、秋華が顔を曇らせる。皇宮となるべき女性にうかつなことがあってはいけない。そう心配する彼女の気持ちはよくわかる。

 飛燕は、さりげなく秋華に目を走らせた。

(次の巫女、か)

 彼女の方がよほど皇后にむいている。秋華の言動をこの三日見てきた飛燕は、そんなことすら思ってしまう。

 こまごまと璃鈴の世話を焼く姿にも、秋華の所作の美しさがちらほらと見て取れた。すっきりとした身のこなしは上品で洗練されており、とても数日前に鄙びた里から来た女性とは思えない。里での妃教育とはこれほどのものかと、彼女を見ていれば感心しきりだ。おそらく他の巫女においても同様なのだろう。

 なのになぜ、璃鈴なのか。こればかりは龍宗にしかわからないことだと、飛燕は呑み込むより仕方がない。


 そんな思いはおくびにも出さず、飛燕はにっこりと笑った。

「もちろん、私がご一緒いたします。こう見えても腕には覚えがありますので、何があっても璃鈴様をお守りするとお約束いたしましょう」

「でも……」

「いいじゃない、秋華。私、街の中を見てみたいわ。ああ、そうだ、秋華も一緒に行きましょう」

「え、私も?」

「そうよ。秋華だって里を出たことないじゃない。ねえ、行きましょう」

 戸惑う秋華を安心させようと、飛燕は馬上から笑いかける。

「大丈夫です。今夜宿をとる街は比較的治安のよい街ですので、明るいうちでしたら外歩きにも問題はありません」

 二人に畳み掛けるように言われて、秋華はしぶしぶ頷いた。


 そうして一行が着いたのは、街の中心地にある大きな建物だった。

「ようこそおいでくださいました」

 宿の主人が、丁寧に頭をさげる。あらかじめ一行が着くことは連絡済みだが、その主人も、璃鈴が皇后になる人物とは知らされていない。


 それでも璃鈴が通されたのは、この宿で一番いい部屋だった。

「璃鈴様」

 部屋で休んでいる璃鈴に、飛燕は廊下から声をかける。すぐに中から秋華が扉を開けてくれた。

「ついたばかりでお疲れでしょうが、暗くなるとやはり危険が増えます。もし街歩きをされるのでしたら、そろそろいかがでしょう」

「はい、お願いいたします」

 そう言われて、さっそく三人で街へ出ることにした。


 夕刻が近いこともあり、街の中はちょうど夕餉の買い物をする人々で店がにぎわっている。

「人通りが多い。離れますな」

 飛燕は、見失わないように璃鈴と秋華の後ろをついていく。こんなにたくさんの人間を見たことのない璃鈴と秋華は、不安なのか寄り添って、興味深そうにあたりを見回していた。

 大通りをあちこち散策した後、飛燕は二人を茶屋に誘う。通りに長椅子を出して営業している店で、三人は休むことにした。


「人が多いのですね」

 出されたお茶を飲みながら、璃鈴はため息をついた。歩いたことよりも、人いきれに疲れたようだった。

「皇帝のおわす黎安は、こんなものではありませんよ」

「そうなんですか? もっと人がいるのですか?」

 飛燕は、行き来する人々に視線を送る。その視線にわずかに影が差すが、璃鈴たちは気づかない。


「ここは輝加国でも、端に位置する街です。このあたりでは一番にぎわう街ですが、それでも都に比べれば活気は比べ物になりません」

 ふいに気配を感じた璃鈴が振り返ると、子供が璃鈴の団子に手をだしているところに目が合った。

「……え?」