「陛下ったら、玉祥様の魅力にあっという間に落ちて、鼻の下をのばしておられましたわ。でれでれとにやけた顔で胸元をのぞかれて。おじさまのお話からどんな堅物かと思っていましたけど、たいしたことないではありませんか」
「明貴、口が過ぎるぞ。どこで聞かれているかわからないのだから、後宮にいる間はおとなしくしておれ」
あわててあたりを見回して言った周尚書に、明貴は口を閉じる。
「でも、私たちのことを、ちゃんと見てくれた」
ぽつり、と素香が言った。
「あの方は、愚鈍ではない」
「そう? 結構単純そうだったけど」
素香に反論された明貴は不満そうに答えて、卓の上から小さなまんじゅうをとって口に放り込む。
「とにかく」
周尚書は、玉祥をみすえる。
「お前たちなら、陛下を籠絡することは簡単だろう。頼むぞ、玉祥」
言いながら、周尚書は明貴と素香にも視線を走らせる。
彼女たちの実家は、それぞれすでに周尚書の息がかかっていた。これで玉祥が後宮の実権を握れば、これから入ってくる妃嬪たちの家にも周尚書の影響を与えることができる。それは、輝加国内での権力の強さをも意味するのだ。
「わかってますわ。後宮内のことは私たちにお任せください」
玉祥は、嫣然と微笑んだ。
☆
秋華は、ぼんやりと一人で池の淵に立っていた。胸のあわせから小さな包みを取り出すと、じ、とそれに視線を落とす。
それは、先ほどのことだった。
-------------
「来たか」
人目をはばかるように秋華がおとずれた部屋には、周尚書と中年の女性が待っていた。
「どうだ。最近の皇后の様子は」
「特に、変わりは。ですが、疲れたとこぼすことが多くなってまいりましたので、体調を崩すのも時間の問題かと」
「そうか。陛下に怪しまれてはまずい。ことは慎重に運べ。まだ妊娠の兆候はないか」
「はい」
淡々と答える秋華に、周尚書は顔をしかめた。
「嘘をついてもすぐわかるぞ」
「本当でございます」
「早く他の妃にもお通いになればよろしいのに」
いまいましげに口を挟んだのは、尚宮として後宮を管理している李伝雲だ。冬梅の上司にあたる。
「仕事仕事ばかりで、少しは御子のことも目を向けて欲しいものですわ」
「まだ皇后が珍しいのだろう。神族の娘という事で、気を使っているのかもしれない」
「そんな必要ありませんのに。万が一これで皇子を授からなければ、輝加国の未来に関わります」
「なに、すぐに飽きよう。そろえたのはいずれも美妃と評判の娘ばかりだ。若い皇帝が放っておくものか」
うつむいたまま、秋華はその会話を聞いていた。
「秋華、これを」
名を呼ばれて、秋華は顔をあげる。秋華の差し出した手に小袋を渡しながら、周尚書は渋い顔つきになった。
「そろそろ一ヶ月になるか。何かしらの症状がでても良い頃なのだが……」
「ずいぶん元気な皇后ゆえ、効きが弱いのかもしれません。なにしろ、毒を飲んだと本人やまわりに気づかれては元も子もないですから。ですが、確かにもう少し反応が欲しいところですわね。今までより多めに混ぜなさい、秋華」
「はい」
覇気のないその声に、伝雲が眉をひそめた。
「お前、ちゃんと皇后の食事にこれを混ぜているだろうね?」
「もちろんでございます」
受け取った小袋をぎゅ、と握りしめて秋華は答えた。その様子に、周尚書は不敵な笑みを浮かべる。
「仲間だった娘を裏切るのがつらいか?」
「いいえ」
暗い目をして、秋華は笑んだ。
「おそれながら璃鈴様はまだすべてに幼く、この国を任せられるような妃にはございません。私の方が、ずっと皇后にふさわしい。かならずやあの娘を弑して、私が皇后の座についてみせましょう」
「頼もしいな。その時は、私がまとめる貴族一派すべて、お前に付き従おう」
「ありがとうございます。周尚書」
秋華が部屋を出て行くと、二人は顔を見合わせた。
「ああは言ってますが、本当に大丈夫なのでしょうか、あの娘」
周尚書は、腕を組んで考え込む。
「皇后よりは与しやすかろうと思ってこちらに引き込んだが、やはり皇后に情を残しているのかもしれん」
伝雲は、思い切り眉をしかめた。
「だからあんな得体の知れないところからきた娘たちなど、皇后にするべきではないと陛下に何度も申し上げたのです。神族の巫女などと崇め奉ったところで、しょせん昔話。やはり皇后にはそれ相応の地位にあるものがふさわしいでしょう」
「当然だ。しかし、後宮を掌握するためには、どうしても皇后は懐柔する必要がある。秋華には、新しい皇后となって欲しいところだが……」
「玉祥様の方のご様子はいかがです?」
「いまだ陛下は誰の元にも通っていないようだ」
苦々しく周尚書が言った。
娘たちを後宮に入れたはいいものの、待てど暮らせど龍宗は誰のもとにも通わない。姿さえ見せれば皇帝の興味をひけるかと、顔をあわせるように画策もした。だが、それからも龍宗は一向に誰の元にも訪れない。
いや。足しげく後宮に通うのは、皇后のもとのみだった。
最近の周尚書は、矜持を折られたと憤慨する玉祥の八つ当たりの的になっている。
「あまり時間をかけて、皇后に子でもできたら面倒だ」
「では」
伝雲が思わせぶりに言うと、周尚書はうなずいた。
「次の手を打つとしよう。あの娘には、皇后もろとも死んでもらう」
-----------
「秋華?!」
急に名前を呼ばれて、は、と気づいた秋華は、あわててその包みを胸のあわせに戻して振り向く。
「璃鈴様」
渡り廊下の端から、璃鈴が驚いたようにこちらを見ていた。
「なにしているの? 濡れるじゃない!」
言われて気付いたが、いつのまにか雨が降り始めていた。
秋華に駆け寄ってきた璃鈴は秋華を引っ張って屋根の下に駆け込むと、袂から手巾を取り出して秋華の濡れた体を拭く。
「ああもうこんなに濡れて。なんであんなところに立ってたのよ」
宮城から戻るところだった秋華は、璃鈴の顔を見る気になれずに、なんとなくふらふらと庭を歩き出してしまった。ぼんやりと池を見ている秋華に璃鈴が気づいて、急いで呼びにきたのだ。
「何かあったの?」
心配そうに璃鈴が聞くと、秋華はにこりと笑う。
「いえ。少し考え事をしていました」
「そう? 心配なことでも、あるの?」
「ありませんよ。それよりすみません。璃鈴様まで濡れてしまいましたね」
「これくらい平気よ……あら?」
秋華の衣を拭いていた璃鈴は、胸のあたりで硬い感触に触れる。は、と秋華は体をひいた。
「何か……」
「私、濡れた衣を着替えてきます。璃鈴様は、お部屋に戻っていてくださいね」
早口で言って踵を返すと、秋華は急ぎ足で後宮へと戻った。
(気づかれたかしら……)
秋華は、胸元にいつも入れている短剣を、衣の上からぎゅ、と押さえる。
「秋華……?」
その背を、璃鈴は戸惑いながら見ていた。
☆
そろそろ輝加国では、例年なら暑い時期になろうとしていた。
「いい加減やんでくれないと、水害がおこりますな」
一息ついて椅子に背を預けた余揮が、窓の外を見ながら言った。龍宗の執務室には、宰相の余揮と龍宗、それに飛燕だけがいた。
余輝の言葉を聞いて、龍宗も視線を外に向ける。
作物の成長のために日の光が必要なこの時期に、もう十日以上も雨が降り続いていた。
ここ数年、気候は常に不安定だった。春先は全く雨が降らない日々が続き、夏が近づいた今は、今度は降った雨がやまない。このままでは、せっかく植えた作物の根が腐ってしまう。
璃鈴は雨の巫女だ。雨を降らせることはできても、止ませることはできない。
余揮は、わざとらしく大きなため息をついた。
「せっかく龍王と雨の巫女がそろったというのに、天はまだ機嫌をそこねておられる」
「……ここのところの水不足は、璃鈴の呼んだ雨でかなり解消されたはずだ」
「では、問題があるのは陛下の方でしょうか。天に認められた皇帝なら、日を呼ぶことも可能だそうですが」
余揮が毒づいて、ちらりと龍宗に視線を走らせる。龍宗はそれに気づいたが、ただ黙って聞いていた。その様子に、余揮が拍子抜けしたような顔になる。
今までなら、ここで、か、とした龍宗と余揮のひと悶着があって飛燕が止めに入るところだ。が、今日の龍宗は、余揮の言葉が気にかかっていないわけではないだろうが言い返すことはしない。
飛燕は、そんな龍宗を、じ、と見つめていた。
(やはり、龍宗様はお変わりになられた)
朝議でも、龍宗が激昂することはほとんどなくなった。以前なら怒鳴り散らして自分の意見を通そうとすることがままあったが、今日の朝議においても龍宗は、議案に対する官吏の意見を根気よく聞いて審議を進めていた。
何も言わない龍宗の代わりに、飛燕が穏やかに口を挟む。
「古来より、皇帝の代替わりの時は天候が荒れて災害が多く起こるといいます。龍宗様が皇帝に、璃鈴様が皇后になられて、玉の座は無事に埋まりました。この天候も、近いうちにおさまりますでしょう」
「まこと、そうなればいいがな。陛下にそれだけの力があれば、ようやく民も平穏に過ごせることだろうに」
煽るような余揮の言葉を聞いても、龍宗は怒鳴るでもなく淡々と返す。
「お前はどう思う? 余揮」
「さて」
面白がるように余揮は口の端をあげた。
「我こそは天に選ばれた皇帝であると、胸を張って言えますかな?」
「俺は常にそうありたいと願い、そうあるために行動しているつもりだ」
おだやかに言った龍宗に、意外なことを聞いたように余揮が目を丸くする。
「……お変わりになりましたな、陛下」
「そうか?」
「ええ。皇后様のおかげでしょうか」
龍宗は、それには答えずにまた視線を外へと向けた。その様子を、余輝は、じ、と見つめる。
「陛下」
「なんだ」
「最近、後宮でお食事をなさいましたか?」
長い沈黙と緊張が三人の間に落ちる。その沈黙を破ったのは、執務室の扉を叩く音だった。飛燕が扉をあける。と。
「ごきげんよう、陛下」
そこにいたのは、淑妃の周玉祥だった。他には、侍女の姿も見えない。
「淑妃様」
戸惑う飛燕に構わず、玉祥はそのとなりをするりと通り抜けて部屋に入ってきた。
「失礼いたします」
「なんだ」
怒るでもなく、龍宗は玉祥を見上げた。その前にいた余揮に、玉祥はにこりと笑う。
「陛下に内密なお話がありますの。ぜひともお人払いを」
「今は執務中だ。あとで……」
「よろしいですよ、淑妃様」
卓に広げてあった書類をまとめると、余揮は立ち上がる。
「若者の邪魔となる老獪は去ることとしましょう。飛燕、あとを頼む」
一瞬、飛燕は彼には珍しく嫌そうな顔をしたが、すぐに会釈をすると余揮を見送った。
「さて、話とは」
玉祥はちらりと自分の机で仕事を再開する飛燕に視線を向けたが、特に何を言うでもなく再び龍宗に向けて艶やかな笑みを作る。
「はい。近々後宮にて初夏の宴を催そうかと思いますの。毎日毎日こう雨ばかりでは、陛下にもさぞお気鬱なことと心が痛みます。ですから、舞や楽を用意いたしまして……」
「なぜ、淑妃がそのようなことを? 後宮の管理は皇后がしているはずだが」
通常、後宮の催し物などを取り仕切るのは、龍宗が言ったように皇后がするべき役目だ。
「ええ、慣例に習えばそういたしますのが本筋でございましょう。ですが」
言いよどむと、玉祥はさりげなく柳眉をひそめた。
「皇后様は、ひがな一日ご自分のお部屋に閉じこもられていて、お話をしようにも全くお会いできない状態でございます。呼ばれもしないのにお部屋を訪ねるのも失礼ですし……わたくしたち、本当に皇后様のお姿を心待ちにしておりますのに。今度の宴で親しくなれることを、心から願っておりますわ」
緩やかに口元に指を添えるその仕草まで、見るものをうっとりとさせる洗練された仕草だった。
「ほう。皇后も宴の事は知ってるのだな?」
「もちろんでございます。宴のことは、当然皇后様がなされるだろうと思っておりましたのに、女官を通じて打診を図っても、わたくしに任せるの一点張りで。皇后様はまだ幼いゆえに、このような催しを成功させる自信がないのでしょうね。これから陛下の対となって国を導かれてゆかねばならぬ存在ですのに……」
ちらり、と玉祥は龍宗に視線を流す。龍宗は、玉祥の話を面白そうに聞いていた。
「もちろんわたくしたちは、皇后様が積極的にお話をしてくださるなら快く協力致すつもりです。ですが嫌がる方に無理強いをおさせするつもりは毛頭ございませんので、こうしてわたくしが名代として陛下の元へと参じたのでございます。このような話ですので、皇后様の名誉のためにも他の方には聞かせられませんわ」
「なるほど、な」
龍宗は、くつくつと楽しそうに笑った。その様子を見て、玉祥は気をよくしたのかさらに笑みを作る。
「まずは宴の日を決めるにあたって、陛下のご都合をお伺いしにまいりましたの」
「飛燕」
龍宗は、黙って聞いていた飛燕に声をかける。飛燕がいくつか予定が入っている日を伝えると、満足そうに玉祥はうなずいた。
「かしこまりましたわ。わたくしを選んで任せると言っていただいた皇后様にも、恥ずかしくない宴にしてみせましょう。それで、陛下はどのような曲がお好きでしょう?」
囁くように低くなった玉祥の声が、妖艶にかすれた。前かがみになった彼女の胸元が、龍宗の目の前に広がる。大きく襟の開いた衣の中で、重そうな胸がたわむのが見えた。
「飛燕、余揮を呼び戻せ」
言外に出ていけと言われて、玉祥は意外そうに鼻白む。
「その宴とやらを、楽しみにしているぞ」
しかし龍宗に言われると、玉祥は気を取り直して目を細めた。
「おまかせくださいませ。では、失礼いたします」
そう言って優雅に礼をとると、執務室を出て行った。
また手元の書類に目を落とした龍宗は、視線を感じて顔をあげる。飛燕が、じ、とみつめていた。
「なんだ」
「なぜ、あのように言わせておくのですか」
つかつかと龍宗の机に歩み寄ると、未処理の書類の上にさらにどん、と書類をおく。
「……女とは、面白いな。どこまであの口が回るかと思ってしゃべらせておいた。正直、笑うのを我慢するのがつらかったぞ」
思いがけない言葉に、飛燕は目を丸くする。
「では、淑妃様の言を信じたわけでは」
「あたりまえだ。璃鈴があの女が言うような態度、とるわけがないだろう」
それを聞いて、飛燕は、ほ、とした。淑妃の言いようではあまりに璃鈴がかわいそうだと、やきもきしながら聞いていたのだ。
「後宮での宴の誘いは、璃鈴が持ってこない限りすべて予定が入っていると断れ。それより、お前こそ信じたのか? あれを」
「まさか。皇后様に限って、淑妃様の言ったような態度をとるなどありえません」
はっきりと言い切った言葉に、龍宗は目を瞬いた。
飛燕は、璃鈴と共に旅した一週間を思い出す。
皇后となる身では、この先この広い輝加国をみることはあまりないだろう。そう思った飛燕は、思い切って璃鈴を街に連れ出したことがあった。
―――――――
今日も璃鈴は、がたごとと馬車に揺られながらこっそりと窓の外を眺め続けていた。
里から宮城のある首都、黎安までは馬車で七日はかかる距離だ。
馬車に乗っているだけとはいえ疲れないわけではないが、見るものすべてが珍しい璃鈴にとっては疲れよりももの珍しさの方が先にたった。
「あまり顔を出されますな」
飛燕は、一生懸命首をのばして窓の外を見ようとする璃鈴に苦笑する。
迎えにいった里では、一番幼い巫女だった。龍宗と違って巫女の顔と名前をしっかりと全部覚えていた飛燕は、迎えに行く巫女の名を聞いた後も何度も龍宗に確認した。だが、龍宗はがんとして皇后は璃鈴だと譲らなかった。なぜ龍宗が璃鈴にそれほどにこだわるのか、飛燕にはその理由がわからなかった。
「でも飛燕様、見たこともないものばかりで、目が離せません」
「璃鈴様は、里の外に出るのははじめてであられるか」
「はい」
里を出て三日が過ぎていた。馬で璃鈴たちに並走する飛燕は、その間ずっと馬車の窓に璃鈴の顔を見続けていた。好奇心が旺盛なあたりは、思った通りの子供だった。
「後宮に入ってしまわれれば、なかなか外の景色を見ることもできますまい。次の宿には、早めにつく予定です。どうでしょう。少し、街の中をご覧になってみますか?」
「本当ですか?」
願ってもない申し出に、璃鈴は目を輝かせた。
「飛燕様、危ないのではございませんか?」
璃鈴の隣で、秋華が顔を曇らせる。皇宮となるべき女性にうかつなことがあってはいけない。そう心配する彼女の気持ちはよくわかる。
飛燕は、さりげなく秋華に目を走らせた。
(次の巫女、か)
彼女の方がよほど皇后にむいている。秋華の言動をこの三日見てきた飛燕は、そんなことすら思ってしまう。
こまごまと璃鈴の世話を焼く姿にも、秋華の所作の美しさがちらほらと見て取れた。すっきりとした身のこなしは上品で洗練されており、とても数日前に鄙びた里から来た女性とは思えない。里での妃教育とはこれほどのものかと、彼女を見ていれば感心しきりだ。おそらく他の巫女においても同様なのだろう。
なのになぜ、璃鈴なのか。こればかりは龍宗にしかわからないことだと、飛燕は呑み込むより仕方がない。
そんな思いはおくびにも出さず、飛燕はにっこりと笑った。
「もちろん、私がご一緒いたします。こう見えても腕には覚えがありますので、何があっても璃鈴様をお守りするとお約束いたしましょう」
「でも……」
「いいじゃない、秋華。私、街の中を見てみたいわ。ああ、そうだ、秋華も一緒に行きましょう」
「え、私も?」
「そうよ。秋華だって里を出たことないじゃない。ねえ、行きましょう」
戸惑う秋華を安心させようと、飛燕は馬上から笑いかける。
「大丈夫です。今夜宿をとる街は比較的治安のよい街ですので、明るいうちでしたら外歩きにも問題はありません」
二人に畳み掛けるように言われて、秋華はしぶしぶ頷いた。
そうして一行が着いたのは、街の中心地にある大きな建物だった。
「ようこそおいでくださいました」
宿の主人が、丁寧に頭をさげる。あらかじめ一行が着くことは連絡済みだが、その主人も、璃鈴が皇后になる人物とは知らされていない。
それでも璃鈴が通されたのは、この宿で一番いい部屋だった。
「璃鈴様」
部屋で休んでいる璃鈴に、飛燕は廊下から声をかける。すぐに中から秋華が扉を開けてくれた。
「ついたばかりでお疲れでしょうが、暗くなるとやはり危険が増えます。もし街歩きをされるのでしたら、そろそろいかがでしょう」
「はい、お願いいたします」
そう言われて、さっそく三人で街へ出ることにした。
夕刻が近いこともあり、街の中はちょうど夕餉の買い物をする人々で店がにぎわっている。
「人通りが多い。離れますな」
飛燕は、見失わないように璃鈴と秋華の後ろをついていく。こんなにたくさんの人間を見たことのない璃鈴と秋華は、不安なのか寄り添って、興味深そうにあたりを見回していた。
大通りをあちこち散策した後、飛燕は二人を茶屋に誘う。通りに長椅子を出して営業している店で、三人は休むことにした。
「人が多いのですね」
出されたお茶を飲みながら、璃鈴はため息をついた。歩いたことよりも、人いきれに疲れたようだった。
「皇帝のおわす黎安は、こんなものではありませんよ」
「そうなんですか? もっと人がいるのですか?」
飛燕は、行き来する人々に視線を送る。その視線にわずかに影が差すが、璃鈴たちは気づかない。
「ここは輝加国でも、端に位置する街です。このあたりでは一番にぎわう街ですが、それでも都に比べれば活気は比べ物になりません」
ふいに気配を感じた璃鈴が振り返ると、子供が璃鈴の団子に手をだしているところに目が合った。
「……え?」
「こらっ!」
店の亭主が気づいて怒鳴ると、団子を持ったままあっという間に子供は逃げてしまった。その様子をぽかん、と璃鈴は見送っている。
「ああ、やられてしまいましたね」
こともなげに飛燕は言って、亭主にもう一皿の団子を追加した。
「今のは……」
「地方では珍しくありません。おおかたあの子供も、腹を空かせていたのでしょう」
璃鈴は、呆然としたままだ。その様子を、飛燕はそれとなくうかがう。
「あの」
とまどったように、璃鈴が口を開いた。
「なんでしょう」
「今の子は、病気ではないのですか? あんなにやせていては、身体が……」
「言ったでしょう。珍しくないのです」
飛燕は、自分の分のお茶を一口飲む。璃鈴の関心が、団子をとられたことではなく子供であったことに少しばかり安堵した。
「巫女であったあなた方も気づいておられるでしょう。ここ数年……特に昨年から今年にかけては、日照りが続いて作物の収穫が芳しくありません」
その言葉に、璃鈴と秋華は厳しい顔で目を見合わせた。
飛燕の言う通り、一年ほど前から、巫女たちの祈りが天に通じにくくなっていた。おかげで、去年の夏は干ばつがひどく、ほとんど作物はとれなかった。食べ物が乏しくなった冬をなんとかやり過ごしてまた農作物を作り始める時期になったが、やはり今年も雨は少ない。これでは、今年も作物に期待はできないだろう。
「黎安はなんとかなっておりますが、地方では満足に食料を得ることが難しいのです」
飛燕の言葉に、璃鈴はあらためて通りに目を向けた。
人いきれに圧倒されている時には気づかなかったが、道行く人々は、よく見れば誰もかれもが疲れているように見えた。
食べ物があるということは、璃鈴たちにとっては当たり前のことだった。けれどそれは、恵まれた土地と人為的な守りによって作られていたものだったと、目の前の光景を見て思い知らされる。
「あなたがいた里や黎安のように、最優先に守られる場所がこの国にはあります。ですが、それ以外の場所では、今のように子供は腹を減らし、疲れている大人も多いのですよ。これが、今の輝加国の現状です」
意図的に淡々と、飛燕は言った。
そう聞いて、この巫女は何を思うだろうか。
龍宗が皇帝になって一年。いまだ政情は落ち着かず、龍宗の背負うものは重すぎるほどに重い。
(半分は、龍宗様ご自身の性格のせいですがね)
朝議の度に官吏ともめ事を起こす龍宗に、飛燕は毎度苦労をさせられる。
その龍宗が、古の盟約とはいえ、皇后に世間知らずの巫女を迎えなければならない。
正妃として龍宗を支えることが璃鈴にできるのか。飛燕は、それを確かめたかった。
「そうなんですね。……飛燕様」
「はい」
「これが、これからの私が陛下と共に背負うものなのですね」
そう言って街に視線を移した璃鈴の表情を見て、飛燕はわずかに目を瞠った。
璃鈴の目には、ただの同情だけではない凛とした決意とでもいうべき感情が浮かんでいた。
これから皇后となる自分の背負うものを、璃鈴は正確に把握したのだ。その表情を見て飛燕は、危険を冒して彼女を連れ出したことの目的が達成されたことを知る。
ここに来るまでの三日間で宿をとった町は、昼でも簡単に外出できるような安全な場所ではなかった。けれど飛燕は、どうしてもこの状況を皇后となる女性に知っていてほしかった。
神族の娘が村を出ることは、ほとんどない。祈りの巫女として清い心身と血脈を保つために必要な措置だ。ただの巫女ならばそれでよいのだが、国の皇后となるには、そして皇帝の支えとなるためには、それだけでは不十分だ。
つくづく、自分がくると言ってきかなかった龍宗を置いてきてよかったと飛燕は思う。きっと彼は、彼女にこの現状を見せるようなことはしなかっただろう。
(皇后としてこの娘……悪くない)
飛燕は、無意識のうちに笑みを浮かべる。そして一気に茶碗を空にすると、立ち上がった。
「さあ、そろそろ夕餉の時間です。私たちも宿に戻りましょう」
「はい」
―――――――
「幼く見えても、皇后様はご自分の責任を簡単に放棄する方ではありません。ましてや、手を伸ばしてきた相手に対して、その手をご自分の方からはらうことなど」
決意を秘めた璃鈴の横顔を思い出しながら、飛燕は微笑んだ。その様子を見て、龍宗は半眼になる。
「なぜ、それほど璃鈴の性格について詳しいのだ」
「ですから、巫女の里からこちらへ来る間に……」
「やらんぞ」
「はい?」
龍宗は、手元の書類に視線を落として言った。
「たとえお前でも、璃鈴はやらん」
それだけ言って仕事を続けている龍宗に、飛燕はきょとんと目を丸くした。そして、ほころぶように、笑った。
もうすぐ夕餉の刻という頃に、下女の娘が秋華を呼びに来た。
「恐れ入ります。冬梅様が秋華様をお呼びです」
「冬梅様が?」
璃鈴は秋華と顔を見合わせる。先日、そうやって呼び出された折に、妃嬪が後宮入りしたのだ。冬梅が悪いわけではないことはわかっているのだが、その彼女から呼び出しとなるとなにやら身構えてしまう。
「何でしょう」
「さあ。ちょっと行ってまいります」
「ええ」
軽く会釈をすると、秋華は下女と部屋を出て行った。
しばらくすると、またほとほとと誰かが戸を叩く音がする。
「はい。あら」
璃鈴が開けてみると、今度は璃鈴も見知った世話係の女官だった。名を夏花という、明るくてくるくるとよく働く娘だ。
「あの、これを、秋華様が……」
うつむいて差し出されたのは、お茶の缶だった。
「これは、お茶?」
「はい。これ、輝加の南方でとれる、希少なお茶なんです。一番茶をぜひ陛下に飲んでいただこうと……」
うつむき気味の夏花に、璃鈴はふと違和感を抱く。
「夏花、何かあった?」
「え?」
顔をあげた夏花は、やはり顔色が優れない。
「いえ、何も……」
「そう? どこか具合悪かったりしない?」
「少し、疲れているだけです。大丈夫です」
「そうなの? もし仕事が大変なら、冬梅に言って……」
「いえ! 本当に大丈夫ですから!」
必死に言う夏花に、璃鈴はあまり無理に言っても逆に夏花を追い詰めそうだとそれ以上聞くのをやめた。
「無理しないでね。そんな時に届けてくれてありがとう。それで、秋華は?」
「さ、さあ。私はこれを皇后様に届けてほしいと言われただけなので……」
それだけ言うと夏花は、ぺこりと頭をさげて急ぎ足で去っていった。その様子に気をつけて、と言う間もなく、廊下の角で夏花は転びそうになってあわてて姿勢を正す。
働き者でいい子なのだが、少しあわてんぼうなのが玉に瑕だ。本人もそれをよくわかっていて、璃鈴たちをよく笑わせてくれる。その夏花が疲れている様子だと、璃鈴も心配になる。
(あとで秋華に様子を聞いてみよう)
扉を閉めた璃鈴は、戸棚にしまう前に夏花の持ってきた缶を開けてみた。まだ若い緑の香りがふわりと立ち上る。
「……龍宗様に、気に入っていただけるといいのだけれど」
璃鈴は、ふたを戻すと茶器の隣にそれを置いて戸棚を閉めた。
だが、夕餉の時間を過ぎても、秋華はもどってこなかった。
「どうしたのかしら」
他の女官に聞いてもわからない、とのことで、璃鈴は気をもんでいた。かた、と扉の開く音に璃鈴が振り向く。
「秋華?」
だが、そこにいたのは龍宗だった。龍宗も、璃鈴の呼びかけに面食らったようだ。
「龍宗様! す、すみません。つい秋華かと……」
「あの女官は不在か?」
「はい。夕方から姿が見えなくて……」
長椅子に腰掛ける龍宗に、璃鈴はいつものようにお茶を入れる。
「今日はお早いのですね」
「ああ。件の女官から、今日は話があるから夕餉の後にくるように、と伝言をもらったのだ」
「秋華が、ですか?」
「実際に来たのは他の女官だったから本人ではなかったがな。お前がなにか用があるのかと思ったのだが」
尋ねた龍宗に、璃鈴は首を振る。
「いいえ、私は何も……もしかしたら、これかもしれません」
璃鈴は、夏花が持ってきたお茶の缶を見せた。
「秋華が、とても珍しいというお茶を用意してくれたのです。何でも南方の希少なものだとか」
璃鈴は丁寧にお茶をいれて龍宗の前に茶器を置く。だが龍宗はちらりとそれを見ただけで手を出そうとしない。
いつもと変わらないその様子を見て、璃鈴はもやもやと心に浮かんでいた疑問がしだいに形作られていくのを感じた。
(やっぱり……)
「それより、他の妃たちの様子はどうだ」
「様子、ですか」
璃鈴はため息をついた。
後宮内でも、他の妃たちに会うことはめったにない。ほとんどの時間を彼女たちは、自分たちの部屋に閉じこもっているのだ。たまに談話室や庭で見かけることもあるが、たいていは璃鈴の顔を見ると、声もかけずに離れていってしまう。
巫女の里も同じように女性ばかりだったが、里とは違うぎすぎすした雰囲気に、璃鈴は少しばかりまいっていた。
「まだ、あまりお話もいたしておりません。もう少し、お互いに分かり合えると良いのですけれど……」
龍宗の手前そうは言うが、それは必ずしも璃鈴の本音ではなかった。
あきらかに自分を疎んでいる彼女たちにどういう態度を取ったらいいのか、璃鈴自身もわからない。
「淑妃たちから、茶の誘いなどはないか?」
「いいえ。残念ながら」
璃鈴は、時々他の妃たちが庭で茶会など開いていることを知っていた。けれど、声を掛けようとすれば、すぐに彼女たちは部屋に戻ってしまう。最近では、妃たちが集まっているのを見てもなるべく姿を見せないようにしていた。
うなだれる璃鈴を見て、龍宗は独り言のようにつぶやく。
「やはり、そうだろうな」
淑妃の言っていた璃鈴の様子は、龍宗の知っている璃鈴の姿とは重ならなかった。
「あの、でもいずれきっと、仲良くなることはできると思います。ですから、龍宗様は何も心配しないでくださいましね」
けなげにもにこりと笑う璃鈴を見て、龍宗は目を細める。
璃鈴が後宮に来てから数か月になる。その間、淑妃がこぼしたような愚痴めいた苦言を、龍宗は彼女から聞いたことは一度もなかった。
強引に璃鈴を後宮へと迎えた自覚があった龍宗は、わずかな罪悪感と緊張を持って彼女を迎え入れた。当初は恨み言の一つも聞く覚悟だったが、そんな龍宗の不安など全く無意味だったことを、龍宗は璃鈴との日々で感じ取ることができた。
璃鈴は、ひたすらに純粋に、龍宗を慕ってくれた。
「龍宗様?」
自分をみつめてくる無垢な瞳は、今はもう、龍宗にとってなにより安らげる場所を作ってくれている。だから龍宗は、璃鈴が嘘をついているとは思わないし、璃鈴が嘘をついていない以上、違えた話をしているのは淑妃の方だとわかることができる。
そんな自分に、龍宗は自嘲した。
(なのに、俺はまだ……)
「いや、こっちの話だ。……あの女たちは、俺の子を産むためにこの後宮に入れられた」
「はい」
璃鈴は、表情をひきしめる。
「どの女たちも、誰かどうか官吏たちと縁戚関係にある。それが、どういうことかわかるか?」
面白がっている顔で、龍宗は璃鈴を見上げた。
「権力争い……」
「そうだな。その一言につきる」
重いため息をついて、龍宗は背を長椅子に預けた。
「俺を籠絡しろ、皇后に負けるな、と言われてここへ来たんだろう。どの女たちも、美貌、知性、どれをとっても国でも有数の素晴らしい女たちだ」
龍宗は、明貴たちの見事な舞を見た時のことを思い出す。舞も琵琶も、そして玉祥の指の先まで神経を使うような優雅な仕草も、以前の後宮を見たことのある龍宗の知る限りでも極上の女性達だった。
なのに、龍宗の気を引くことだけにしかその能力を発揮できない場所に追いやられた彼女たちを見て、龍宗はなんと哀れな、と思わずにはいられなかった。その憐れむような笑みを、玉祥は誤解したようだったが。
「場所を違えれば別の幸せが彼女たちにもあるだろうに、せっかくの花の盛りをこんな狭い宮で寵を競わせて……哀れなことだ」
璃鈴は、わずかに目を丸くする。龍宗がそんな風に思っているとは思わなかった。
「後宮の妃はそのすべてが、ただ一人、皇帝陛下のためだけにある存在です」
龍宗は顔をあげた。璃鈴が、わずかにまつげを震わせる。
「美貌も知性も、それが国で最高の方のためにささげられるものだからこそ、妃たちは競って自分を磨き上げるのです。皇帝陛下は、それほどに尊い存在なのですよ。そして選ばれた女性が陛下の皇子を産んで……後宮とは、そういう場所です」
「……そうだな。何より、俺が言うことではないな」
我に返った龍宗は、苦笑する。そして、あまりに他の女性を褒めすぎたことに気づいたが、璃鈴自身はそのことは気にしていないようだった。
龍宗は璃鈴の手をひいてその瞳をのぞきこむ。
「怒ったか?」
璃鈴は複雑な表情で口を開いた。
「そんなことはございません。龍宗様の言う通り、他の妃の方々は素晴らしい女性ばかりですもの。龍宗様に喜んでいただけるのでしたら、後宮の妃としてはこの上ない喜びでしょう。でも……」
口では否定しても、璃鈴は少しばかり機嫌を損ねていた。
「そんな素晴らしい妃様方の中において、私は美しさも知性も持ち合わせておりませんし……龍宗様があの方々の元へとお通いなさいましても文句なんて言えませんし……」
龍宗に直接文句も言えず横を向いて小さくつぶやき続ける璃鈴を見て、龍宗は笑いをこらえるのが精いっぱいだった。
自覚がないまま嫉妬している璃鈴に、龍宗は愛しさがつのる。
「本当にお前は、かわいいな。では、作るか?」
「作る?」
「俺の皇子だ。作り方を知らなければ手取り足取り教えてやるぞ」
いずれは皇帝の子を産むことも、皇后としての璃鈴の義務だ。特に今のように皇太子が存在しないこの国にとって、皇帝の子を産むことは最重要事項に位置する。後宮へきて数か月になるが、璃鈴には自分が身ごもっているという自覚はまだなかった。
同衾すれば子供ができると思っていたが、龍宗の言い方だと、子を授かる方法というものが何かあるらしい。
「作り方……陛下は知っているのですか?」
からかったつもりが真面目な目で聞かれて、龍宗は少しばかりひるむ。
「理屈は知っているが、まだ試したことはないな。だから、もしかしたら、お前が満足するようにはできないかもしれない」
「満足……? 私が、ですか? 龍宗様は、満足できるのですか?」
龍宗は、璃鈴の頬を人差し指でなぞった。はりのある白い肌が、龍宗の指をひかえめに押し返す。その感触で、ざわりと自分の奥に熱がうごめくのを、龍宗は感じた。
「想像でしかないが、おそらくできるような気がする。お前の身も心も自分のものになったと確信できた時を思うと、今ですら身震いするほど気分が高揚するのだからな」
「私のすべては、とっくに龍宗様のものです。それとも、今以上にもっと、私は龍宗様のものになることができるのですか?」
「やってみれば、きっとわかる」
話しているうちに、璃鈴は龍宗の目が熱を帯び始めていることに気が付いていた。そういう時はたいてい、龍宗が口づけを求めてくるときだ。この数か月で、璃鈴はそう理解していた。
龍宗は、璃鈴の頬に触れていた指を滑らせて、そのなめらかな髪の中にさしこむ。小さな頭を片手で包むと、龍宗は、ぐ、と璃鈴の頭を引き寄せた。
龍宗の熱を受け止めることに、璃鈴も慣れてきていた。初めての時は触れるだけだった口づけも、最近はその時間が長くなってきた。慣れてくれば、離れる時には寂しいとすら思ってしまう。時折唇を甘く噛まれれば、全身が震えて今まで吐いたこともないような甘い吐息が漏れた。早くなる自分の鼓動に息苦しさを感じても、璃鈴はその感覚すらも次第に気持ちいいと感じるようになってきていた。
(龍宗様……)
近づいて来る龍宗を待ちわびて、いつものように目を閉じようとした時だった。
「璃鈴」
「はい」
「俺は、一つだけお前に嘘をついた」
「え?」
ぱちりと目を開けると、龍宗が目を細めて璃鈴を見ている。
「俺は……」
「陛下!」
突然、先ぶれもなく扉がひらかれ大きな声がした。二人が振り向くと、そこにいたのは尚宮の伝雲だった。
「いけません、陛下! そのお茶を飲んでは!」
あまりの剣幕に、何が起きたのかわからないまま龍宗と璃鈴は、ぽかんとして彼女を見ていた。
「そのお茶には、毒が入っております!」
伝雲の指さした先には、先ほど璃鈴が入れた茶があった。
「その女は、皇后という立場を利用して龍宗様に害をなそうとしているのです」
伝雲の後ろから、周尚書が現れる。
「周尚書、何を言っている」
さすがに龍宗が眉をひそめるが、周は全く気にせず笑う。
「危なかったですな。その女は、功儀国の間者です。雨の巫女とは名ばかり。神族の里からこちらへ来る途中、本物の巫女とすり替わったのです」
「だが、璃鈴は雨を降らせることができたではないか。第一、神族の里へは飛燕が直接迎えに行って連れてきた。すり替わることなど……」
「雨など、待っていれば降るのは当然の事。そして、その来飛燕殿こそ功儀国と通じていたのですよ」
「な……!」