「はい。近々後宮にて初夏の宴を催そうかと思いますの。毎日毎日こう雨ばかりでは、陛下にもさぞお気鬱なことと心が痛みます。ですから、舞や楽を用意いたしまして……」

「なぜ、淑妃がそのようなことを? 後宮の管理は皇后がしているはずだが」

 通常、後宮の催し物などを取り仕切るのは、龍宗が言ったように皇后がするべき役目だ。


「ええ、慣例に習えばそういたしますのが本筋でございましょう。ですが」

 言いよどむと、玉祥はさりげなく柳眉をひそめた。


「皇后様は、ひがな一日ご自分のお部屋に閉じこもられていて、お話をしようにも全くお会いできない状態でございます。呼ばれもしないのにお部屋を訪ねるのも失礼ですし……わたくしたち、本当に皇后様のお姿を心待ちにしておりますのに。今度の宴で親しくなれることを、心から願っておりますわ」

 緩やかに口元に指を添えるその仕草まで、見るものをうっとりとさせる洗練された仕草だった。

「ほう。皇后も宴の事は知ってるのだな?」

「もちろんでございます。宴のことは、当然皇后様がなされるだろうと思っておりましたのに、女官を通じて打診を図っても、わたくしに任せるの一点張りで。皇后様はまだ幼いゆえに、このような催しを成功させる自信がないのでしょうね。これから陛下の対となって国を導かれてゆかねばならぬ存在ですのに……」

 ちらり、と玉祥は龍宗に視線を流す。龍宗は、玉祥の話を面白そうに聞いていた。


「もちろんわたくしたちは、皇后様が積極的にお話をしてくださるなら快く協力致すつもりです。ですが嫌がる方に無理強いをおさせするつもりは毛頭ございませんので、こうしてわたくしが名代として陛下の元へと参じたのでございます。このような話ですので、皇后様の名誉のためにも他の方には聞かせられませんわ」

「なるほど、な」

 龍宗は、くつくつと楽しそうに笑った。その様子を見て、玉祥は気をよくしたのかさらに笑みを作る。


「まずは宴の日を決めるにあたって、陛下のご都合をお伺いしにまいりましたの」

「飛燕」

 龍宗は、黙って聞いていた飛燕に声をかける。飛燕がいくつか予定が入っている日を伝えると、満足そうに玉祥はうなずいた。

「かしこまりましたわ。わたくしを選んで任せると言っていただいた皇后様にも、恥ずかしくない宴にしてみせましょう。それで、陛下はどのような曲がお好きでしょう?」

 囁くように低くなった玉祥の声が、妖艶にかすれた。前かがみになった彼女の胸元が、龍宗の目の前に広がる。大きく襟の開いた衣の中で、重そうな胸がたわむのが見えた。


「飛燕、余揮を呼び戻せ」

 言外に出ていけと言われて、玉祥は意外そうに鼻白む。

「その宴とやらを、楽しみにしているぞ」

 しかし龍宗に言われると、玉祥は気を取り直して目を細めた。

「おまかせくださいませ。では、失礼いたします」

 そう言って優雅に礼をとると、執務室を出て行った。


 また手元の書類に目を落とした龍宗は、視線を感じて顔をあげる。飛燕が、じ、とみつめていた。

「なんだ」

「なぜ、あのように言わせておくのですか」

 つかつかと龍宗の机に歩み寄ると、未処理の書類の上にさらにどん、と書類をおく。

「……女とは、面白いな。どこまであの口が回るかと思ってしゃべらせておいた。正直、笑うのを我慢するのがつらかったぞ」

 思いがけない言葉に、飛燕は目を丸くする。


「では、淑妃様の言を信じたわけでは」

「あたりまえだ。璃鈴があの女が言うような態度、とるわけがないだろう」

 それを聞いて、飛燕は、ほ、とした。淑妃の言いようではあまりに璃鈴がかわいそうだと、やきもきしながら聞いていたのだ。


「後宮での宴の誘いは、璃鈴が持ってこない限りすべて予定が入っていると断れ。それより、お前こそ信じたのか? あれを」

「まさか。皇后様に限って、淑妃様の言ったような態度をとるなどありえません」

 はっきりと言い切った言葉に、龍宗は目を瞬いた。

 飛燕は、璃鈴と共に旅した一週間を思い出す。



 皇后となる身では、この先この広い輝加国をみることはあまりないだろう。そう思った飛燕は、思い切って璃鈴を街に連れ出したことがあった。


―――――――


 今日も璃鈴は、がたごとと馬車に揺られながらこっそりと窓の外を眺め続けていた。


 里から宮城のある首都、黎安までは馬車で七日はかかる距離だ。

 馬車に乗っているだけとはいえ疲れないわけではないが、見るものすべてが珍しい璃鈴にとっては疲れよりももの珍しさの方が先にたった。